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【離婚後共同親権】世論はどのように操作されるのか(10)人気棋士の「幸せ」を誰が本当に心配しているのか

※前記事

早速国会でも取り上げられた「手際の良さ」

胸を塞ぐような記事です。

 突然の引退表明から1週間経った週末。東京・新橋駅前の広場でマイクを握り、道ゆく人々に呼びかける橋本氏の姿があった。
「子供の連れ去りは誘拐、犯罪です。法改正までもうあと一歩です。未来を変えていきましょう。この声が上川(陽子)法務大臣に届くように、みなさまどうか応援をどうぞよろしくお願いします!」
 約100人の聴衆たちから沸き起こる万雷の拍手。その大半が橋本氏と同じ「連れ去り被害者」たちだ。いま橋本氏は“勝負師”から一転、「連れ去り被害」たちが担ぎ上げる“ヒーロー”のような存在となっているのだ。
(記事より)

2000年前後から、拉致被害者の家族会など、問題そのものより、愛国主義者の政治的利権のために問題の当事者を利用する、右派政治家の露骨な政治的策動を見せつけられ続けておりますが、新たな犠牲者が誕生しました。

橋本崇載(たかのり)氏、2021年4月2日に引退を表明したばかりの元プロ棋士です。

橋本氏が引退に”追い込まれた”理由が、またしても「子の連れ去り」。
上記記事のように、その週末には早くも街頭演説にデビュー。

そればかりではありません。
週が明けると早くも国会審議に取り上げられました。

〇嘉田由紀子
実は先日も申し上げましたけれども、将棋の橋本8段、突然プロ棋士の引退を表明し、その理由がある日突然妻に子供を連れ去られたこと、ということでした。
実は昨日、直接に橋本さんとお会いをいたしました。そして、橋本さんにこの本日資料1として出させていただいておりますこのカラーの資料、これは、子育て改革のための共同親権プロジェクトの皆さんが自分たちで作ったもので、346名の方の賛同を顔を出しておりますけれども、これを橋本さんにお見せしたら、本当にこういう自分が直接被害者になるまで、子供の連れ去りなんてあるのを知らなかったと。でもこんなにたくさんの方が被害を受けているんですねということで、橋本さん自身も、これから生きる力をいただきましたと言っておられました。
上川大臣、橋本棋士のように、突然子供を連れ去られた、事案を聞いてどのようにお感じになられるでしょうか?

【注】上記発言は、公開されている国会審議の動画から、foresight1974の文責によって文字起こししたものであり、個人の及ぶ限りの誠実さをもって再現に努めていますが、公式の議事録と比べ、正確性に欠ける場合があります。

わずか1週間前の”突然”の引退表明から、会期中で多忙なはずの国会議員のスケジュールがタイミング良く合い、法務委員会での質問通告までこぎつけられた事情と手際の良さについて、今さら詮索してもせんないことではありますが、漏れるのはただただため息ばかりであります。

逆効果にしかならない「連れ去り」批判攻撃

誰にそそのかされたのかはわかりませんが、橋本元棋士は、youtube上で次のような活動をなさっているそうです。

その理由が「連れ去り」だったと明かされたのは4月2日のことである。
「これは本当に社会問題となっている事象で、いま私は被害者として巻き込まれている。この事実を一人でも多く知ってほしいと思い、このチャンネルで告発することを決意致しました」
自身のYouTubeチャンネルでこう語り出した橋本氏は、現在も1日1回のペースで、連れ去り問題について私見を述べる動画をアップし続けている。
(記事より)

沈痛な気持ちになりますが、以前、note上でこのような判例をご紹介してかと思います。
虚偽DV訴訟の二審・名古屋高等裁判所の判決です。

この裁判も、原告(父親)と被告(母親)との間には、激しい紛争状態があったことを次のように認定しています。

一審原告と一審被告Yとの間には、本件支援措置申出の当時、離婚訴訟のほか、Aについての面会交流、面会交流の不履行に関する間接強制の申立て、子の監護者の指定、子の引渡し等多数の法的手続が係属しており、紛争が長期にわたり継続した状態にあったことが認められる。
(中略)
このような一連の事実経過に鑑みれば、一審原告と一審被告Yは、平成28年3月31日にされた本件支援措置申出の当時、子Aの監護権及び面会交流権を巡って激しい紛争状態にあったというべきであり、その結果として、一審原告の行動により、Aの当時の心身の状況は不安定となり、入院を要する等心身に有害な影響を及ぼしていたということができる。Aがこのような状況であったことにより、監護していた一審Yも心労が重なり、心身が不調で、このままでは限界であると感じていたことが認められる。
(名古屋高判平成31年1月31日)

この裁判でも、原告は、本来、冷静に落ち着いた法的手続きを適切に取るべきところ、感情に任せた報復的な法的手続きを乱発した結果、裁判所に不利な事情として認定されています。

橋本氏のネットやリアルでの街宣活動も同じことがいえます。
曲がりなりにも独立した司法権が保障されている日本において、街宣活動や国会質疑で、裁判所の判断が覆される可能性はほとんどありません。

むしろ、離婚後に続いて設定されるであろう面会交流の調停において、このような事情は、元夫婦間の葛藤度が高い事情として考慮され、面会交流の回数や方法が制限される方向に判断されるはずです。
つまり、橋本氏の得になることは一つもない。

百歩譲って、このような運動で、会えていない息子に会えたとしても、大きくなったら、息子からどのように思われるか、考えるべきではないでしょうか?

あなたは政治的に利用されているだけだ

橋本氏は、このように考えているそうです。

連れ去りを防止するために必要なのは、夫婦関係に関わる民法の見直しである。今年2月に上川法務大臣は法制審議会に対し、離婚後の養育をめぐる課題解消に向けた制度見直しを諮問した。現在、議論が積み重ねられている最中だ。
「何としても、上川大臣に私たちのこの怒りを届けて、法を変えてもらいたい。もしそれが難しいならば、私自身が政治家になって法律を変えるくらいの覚悟でやっていく所存です」
(前掲デイリー新潮記事より)

でも悲しいかな、現在進められている離婚後共同親権の検討は、別れたカップルの非監護親が、子を取り戻す権利は何ら保障しません。

親権とは、①子の養育②財産管理について、「あくまで子のための利他的な権限であり、その行使をするか否かについての自由がない特殊な法的な地位」を有するに過ぎないというのが裁判所の考えです。(東京地判令和3年2月17日 単独親権違憲訴訟一審判決)

橋本氏が子どもに自由に会えるとか、子を取り戻すといった権利内容は、現行法でも、親権は一切保障していなかったのです。

これを現在検討が進められている法改正で「離婚後共同親権」にしても、橋本氏には子の福祉にかなうよう、最大限行使する義務が課せられるだけです。
ということは、橋本氏が記事で吐露しているように精神的に不安定ならば、裁判所は面会自体を制約する可能性すらあります。

こうした正確な法的リスクを、誰も橋本氏に伝えていないのではないでしょうか?

あなたが向かい合うべきは政治家でも裁判所でもない

橋本氏はいったいどうすればいいのでしょうか。

もし解決したいならば、方法は1つだけです。
離婚した元妻の言っていることと、もう1度真摯に向かい合う以外の方法はありません。
時間はかかっても、子どもに会えるもっとも確実な方法でもあります。

記事の中では、妻を非難するばかりで、自省の言葉がほとんどみられませんが、本当にそれは正しかったのか。
私は、橋本氏がDVをしたか否かについて、一切の判断も偏見も持っていません。ただ、私も含め、人間は誰しも、知らずに大切な人間を傷つけてしまうことはあります。
その可能性を絶対に否定してはいけません。

誤解を恐れずいえば、それをDVと呼ぶかどうかは言葉の問題です。人間は誰もが簡単に人を傷つけ、そのことに気づきすらしないことも往々にしてある、ということにもっと謙虚であるべきです。

普通のカップルならば、非監護親に何らの非もないのに、「妻がある日、突然子どもを連れ去った」などということは絶対に起きません。
橋本氏が向かい合うべきは、ご自身の良心を欺こうとしている、不自然な思い込みです。

(この連載つづく)



【分野】経済・金融、憲法、労働、家族、歴史認識、法哲学など。著名な判例、標準的な学説等に基づき、信頼性の高い記事を執筆します。