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夏の思いで 熱中症と羊文学

 2023年7月19日、午後7時30分ごろ。リキッドルームのステージに向かって右側の、整理番号120番台で無理なく入れた5列目あたりで、僕は自分の体と対話していた。
 選ぶべきは塩塚モエカか、健康か。

 きっかけはアジカンの「触れたい 確かめたい」だった。パシフィコ横浜でゲスト出演の出番が終わったあとも会場の端っこで踊る姿(たぶん)に惚れ、初めての羊文学はOOPARTSの追加公演である。遅めのスタートかもしれない。
 過去の曲をほぼすべて聴き、ファンクラブ会員になり、リキッドルームは2年連続だ。遅めとはいえ、世間より早く見つけたと思っているが、そんなことはどうでもよい。もっともっと売れてほしい。そうすれば救われる人が増えるからだ。

 僕は熱中症という割と身体的な病から救われた。
 渋谷から恵比寿へ歩く道中、地元の田舎街とは違う暑さを感じた。太陽と高気圧の仕業ではなく、ビルと機械の無機質な暑さ。グッズを買った後、公園の木陰に避難しスポーツドリンクを飲んだことで回復したと思ったが、甘かった。
 トミーさんのDJで気を紛らわせ、開場から30分経ったころ、視界が徐々に暗くなり、まずいと思った。本当に真っ暗になった刹那、汗を一気にはき出し視界は戻った。僕は風邪でも何でも汗を出して治す。だからこれで大丈夫という思い込みと、明日の仕事や周囲への迷惑を憂う理性とが交差する。
 自分との対話の結果ぶっ倒れることはないと言われたので、そのままそこにいた。

 新しい衣装に目を奪われ、予感の後半部分からのハイウェイでいきなり耳から潤い、1時間後には「そっちはどう?」なんて叫んでいた。
 今回身をもって実感した。病は気から。程度の問題はあるが、迷ったら塩塚モエカを選んでおけば健康も手に入る。
 そう信じさせる強さと包容力が羊文学の音楽にはある。
 帰りはどの電車でも座れたという稀に見るラッキーも重なり、何事もなく家にたどり着いた。怠さは残っているが、明日はどうしたってやってくるので、また頑張ろうと思った。

 羊文学が売れてほしいのは、売れても変わらないであろう強さを感じるからだ。
 鋼の硬さとも、柳に風とも違う、形容しがたい彼女たちなりの強さ。
 僕は音楽的なことは詳しくないので、シューゲイザーかロックかは知らない。
 ただ羊文学がそこにあることが貴いと感じた夜だった。

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