カノンを脱ぎ捨てて: 「君がサヨナラ言えたって・・・」MV雑感

※敬称略
※筆者は流れ弾新規の山﨑天推しです。あしからず。


小林由依がここまで運んできた欅坂→櫻坂の「本流」、あるいは正史=カノンの終点として「隙間風よ」を眺めた後、このMVを見るとなんだかあとがきを読んだような気がしてくる。MVは過去作のオマージュをチラ見せしながら小林由依が布きれを振りほどいて真っ白な服で微笑むに至る様を写す。布きれとは彼女が経験してきた活動の集積だろうけど、それを脱ぎ捨てて一心に踊る彼女の姿はとても雄弁だ。グループの状況が背負うことを要請してきたありとあらゆる文脈の断片は、別に緑色をしている訳ですらない。8:21の時計、アコースティックギター、花束を持って「お迎え」に来た3人は欅坂亡霊ファンのように見えつつ、正直今のファンを表現しているようにも思う。


はじめに触れておくけれど、MV終盤で足だけが見える7人を改名以降に卒業した1期生と見立てて、対するハット3人組をグループに残っている3人という推測があるらしい。そう見ればそうかもと理解ができる分残酷な見方だなと思う。特に小池は今卒業時期を自由に決められる状況にはないだろうから。というわけで私はこの解釈は採用しないし、7人組が何を表すかについても何も書かない。

「隙間風よ」を提示されてから卒業が発表されると、卒コンでどの欅坂楽曲を披露するかという想像はいっそうはかどるものだ。これまでの1期の卒業では必ず欅坂楽曲を披露したし、選択肢が多い分小林由依の選択は個人の選択以上の意味合いを帯びてしまう。そんな考えを持っていた私はMVを見て、彼女の卒コンをカノンに記載される重大イベントとしての側面から見過ぎているのかなと思わされた。卒コンを前にしてあなたは小林由依の前にスーツを着て現れ、3点セットを持ってこれを回収してねと伝えるファンになっていませんかと、そしてそれが受け取られることをほぼ無条件に信じるファンになっていませんかと、言われているわけだ。そもそも小林由依が最後の1期生になると予想した人間は多かったし、私もその一人。そんななかでのこのMVは、(主に小林由依1推しでないであろう)そういうファンたちを刺しに来ているようですらある。

はじめにも書いたが、振りほどかれる布きれが主に櫻色なのがなにより印象的だ。もちろん、さくらの布きれが積もるまで櫻坂の期間が長くなってきたということでもあるし、緑だけだったらそれはそれでおかしいしあり得ないものの、櫻坂に改名してからも小林由依は欅云々と関係ない部分でも、グループの流れやそこでの「一期生の人気メンバー」が果たすべき役割に忠実であったことを再確認させる。そして積もった布を脱ぎ捨てることに抵抗もするハット3人組=ファンを尻目に、小林由依本人は「グループで出来る活動はし尽くした」と取材に答え、MVの最後には一人の芸能人としての彼女が立ち現れてくる。もっと時間がたってから振り返ればグループの在籍期間も芸能人としてのキャリアの一部でしかないのだと、この時点ではっきり示しているように思う。卒業曲ではっきりとそれをやるのは意外と珍しいのではないか。グループの状態に左右されず、鍛練を重ねて自らのキャリアを歩んできた小林由依だからこそ出せるMVに思えてならない。

もちろん私はここでグループでの活動とか文脈とかが大事じゃないと書きたい訳ではない。あれだけ丁寧な踊りを見れば、余計な言葉は不要だろう。また、ゆいちゃんずの曲が全部で何曲あるのかも分からないような新規も結構増えたであろうこの段階で、時計と並べてギターを配置するのは小林由依のキャリアにおけるそのウェイトをはっきり伝えるものだ。時計の方を欅坂本体そのものとして解釈することだってできるのだから。MVの主題を崩さずに織り込めるリスペクトの示し方としてこれ以上のものはないだろう。

新規たる筆者は調べないと分かりませんでした。パッと出たのは渋谷川とゼンマイ仕掛けの夢(リアルタイムでなぜかMVをみたため覚えていた)のみ。面目ない。

ここまで書いておいて、私は卒コンで誰鐘の再演を普通に期待している(今の天ちゃんの口をつぐんでは見たいし)。それでも、その中心にはこのMVを撮った小林由依が、卒コンをきれいに閉じる以上のソロ曲を出す立場に至った小林由依がいることを、私は忘れないだろう。

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