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日曜日のひとりごと

好きして下さる方が増えてうれしいのと同時になんか緊張してきました(;'∀')
深呼吸深呼吸ふぅ。
緊張するということは、自分以上のものを出そうと思ってるんですね。さあ自然体でいよう。ただ自分であればいい(*^-^*)

実はnote を続けているモチベーションのベースになっている、ちょっと不思議な体験があるんですが、そのことを今日は書きます。
へんな人と思われたらどうしようという恐れがあったんですが・・・まあ軽く聞き流してください。

治療に通っていた時(かなり良くなっていた時)に、電車の中でぼーっと座っている時、突然ふと思ったんです。
「あっ」(思わず声がでました)「この病気、自分にとって必要だからおこったんだ!私の人生には必要なんだ!!!」というどこからともなく湧いてきた確信にも似た強い思い。

そしてふと窓を見ると、なんとなんと
今まで見たこともない美しい光景が私の目の中に飛び込んできました。
雲の間から無数の光が地上に降り注ぎ息を飲む美しさだったんです。
天からの返事のような気がしました。
(後でそれが「天使のはしご」と言われていることを知りました。)

そしてその時、「ああ、何か大いなる存在っているんだ、そしてこの電車に乗っている人みんな、生きているみんなに平等に注がれているんだ。気づけばいいんだ!」となんか心の深いところでそう思ったんです。

それまで、中村天風の言葉など読んでいたので、「宇宙霊」ってこういうことか!と思いました。
何か特定の宗教のかみさまとか、そういうのではないんです。とにかく「平等に注がれている」という感覚が湧いてきました。

その後、以前の記事にも書きましたが、「すべては導かれている」(田坂広志 PHP)を読んで、ああやっぱりそうなんだと思いました。

なにか自分にとって良くないことが起きると、それが深刻であればあるほど、「人生というドラマ」の「主人公」にどっぷりはまり込んで抜け出せなくなりますよね。でもその時、その「自分の人生ドラマ」の「脚本家目線」になってみると、見えてくる景色がまったく違うものになるんです。

私の場合は意図してそうしたわけではないのですが、その日以来、自分を客観的に見れるようになったんです。

脚本家目線になると、
「ああ、このことは、大いなる何かが自分を育てようとしている」んだという、超優秀な工学博士の田坂さんの言葉がしっくりきます。
そしてそう思うと(思うというよりもっと強い「信念」のようなものを持つと)なぜかその答えとなるような示唆的な本に出逢ったり・・・ということが増えてくるんです。

「自分」を持って生きている人生の先輩たちの中には、そういう自分を客観的にみることが自然にできている方がいますね。
でもこれは神谷美恵子の本によれば私たちの誰もができることのようなのです。人類であればできるんです(*^-^*)

良くないと思われるようなことが起きても、
「自分の人生こんなもんだ」とは思わずに、
「これは自分の魂の成長の糧になる」と思って、この難しい時代を一緒に生きて生きましょうね。

最後は熱くなってしまった(^^;

それではあなたの人生に光が差して、笑顔が増えていきますことを願って。

読んでくださって本当にありがとうございます。






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