2021.07.19 おじさん化現象

昨日、日付が変わってすでに7月が20日近くも過ぎていることに焦った。どんどん時が過ぎていく。


アルバイトの21歳ぐらいの子のことを考えた時に、俺はこの子より20年近くも早く死ぬんだなとふと思った。このままいけば、その子が30になる頃には俺は54だから多分同じ未来を別々の未来で体感することにはなるけど、俺が死んだ後にあと20年も生きるその間に俺はいないわけで、同じ未来を歩むことは難しそうな気がする。(勿論同じ年齢で死ぬと仮定して)

そうなると、今同じ価値観でいろんなことを共有することは果たして出来るのだろうか。例えばお互いがまだ共に生きてるであろう来週ぐらいの価値観を共有することが出来たとしても。

過去を振り返ってもそうだ。この時代に21歳の子の価値観を俺が21歳の時はこうだったと話したところで、全く説得力は無い。そんな話を偉そうに酒を呑みながら話してるなんてクソダサ過ぎて話にならん。精々、あくまで参考として聞いてくださいぐらいの謙虚さは必要だろう。

つまり俺とその子が出来ることは今を共に生きるしかなくて、お互いが別の時間軸で今を振り返った時に良い時間だったと思えるように生きるしかないのかもしれない。

例えば10年後に起こりうる気候変動の問題は同じ時間軸でディスカッション出来るが50年後に起こるかもしれない問題を共有するには先に逝く人間の方にもある程度の興味と愛と情が必要になってくる。あと罪悪感っぽいものとか。残念ながら人間のほとんどは自身に降り掛かるものにしか本当の意味で向き合えないだろうな。そういう意味では政治家のほとんどが年寄りだらけなのも気候変動などの環境破壊の対策などがイマイチ進まないのもそりゃそうだと思う。

結局、声を上げているのは若者と呼ばれる世代だ。


意識高い系の番組とかである程度、年齢とキャリアを重ねた成功者が若者を理解しているような顔で話しているのを当事者の若者はどんな気持ちの見ているのだろうか。というか実際、その討論番組を観てもいないだろうに。



いずれにせよ、キミの未来に俺は居ないという事をしっかりと受け入れたうえで互いに尊重しあって別の人生軸で生きるしかない。

死ぬ時は誰だってひとりだ。

と、どんどんおじさん化は進んでいく。

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