価値観の断絶を感じる

そこそこショックを受けた話。

先日とあるイベントに参加した時の事。性格診断的なコーナーを見つけたので、何気なしに入ってみた。

種類がいくつかあるようで、何枚かシートを渡されてそれぞれチェックリストを埋めていって……という、まあ普通に性格診断っぽいやつだ。

とりあえず一枚目は性格診断という響きから連想される一般的なものだったのだが。

余談だが、私は滅茶苦茶高い論理性を駆使して周囲に過剰な気遣いを振りまく割に、自分は何をされても全然怒らずかつ圧倒的に内向的という結果だった。

こんなだから対人関係で余計な心配事ばかりして勝手に擦り切れては自爆するのだろう。

脱線したが、問題は次。自身の恋愛観に対する診断が出てきた。

リストの内容としては「関係が終わっても友人でいたい」「向こうの気持ちが弱いと不安」「相思相愛だと実感する」とか、そういう感じ。

プロフィールにもある通り、一応私は現在アロマンティック・アセクシュアルを自認しているので、勿論真面目にやったらチェックリストが埋まる訳がない。だって恋愛に興味ないんだから。

とはいえ、だからといって放り出すのもどうかと思ったので、別に心の底からそう感じている訳ではないとしてもやるだけやってみようかと思ったのだが。

びっくりするくらい手が進まない。というか思考が追い付かない。

大方この手の診断で困った時は、自分の理想とか消去法とかで上手い事やり過ごすのだが、これに関してはそういう次元ではない。例えば見たこともない数学の問題を解こうとするような感覚。

正直自分でも驚いた。というのも、人と話すならここまでの過剰反応は示さないからだ。

相手が人ならこちらが湾曲した表現を使ったり、向こうもこちらに気を遣ってくれたりするからすんなり話が進む事が多いのだが、表現が固定された文章に明確なアンサーを出す必要がある場合の経験は無かったから、自身の感覚に戸惑ってしまったのかもしれない。

結局その場で感じたのは、このチェックリストに迷う事なく答えを出せる人の思考回路を私は今後も理解する事が出来ないだろう、という事だった。

一応誤解のないように書いておくが、「配慮が足りていない!」みたいな主張がしたい訳ではない。衝突事故みたいなものなので企画した方に非があるとは全く思っていない。あくまで私はこう感じたというだけの話である。念の為。

ひとまずはそのまま帰ったのだが、落ち着いて思考を整理しているうちに一つ思いついた事がある。

上記の「理解する事が出来ないだろう」という思考パターンそのものがマジョリティがマイノリティへ向ける感情ではないのか?

マイノリティが理解されない場合というのは、相手にとってそれまでは常識だった概念に全く当て嵌まらない例外が目の前にいるから、経験則的な常識を押し付けてしまうという事だと考えていたのだが、丁度私の感じた「理解出来ない」という感情はまさしくこれではないだろうか?

私がマジョリティでチェックリストがマイノリティならこれは立派な差別的思考という事になるような気がする。

最近自認したとはいえ、仮にもマイノリティ側である私がこう感じてしまった上に、即座にその思考が適切でない事に気付けなかったのだから、マジョリティからマイノリティを見た時に理解出来ないと感じる人がいるのは当然だという、ある種の諦観を覚えてしまった。

同時に他ならぬ私自身がそういう自分だけを基準にした自己中心的な考えを無意識的にしてしまうという事への自己嫌悪的な感情がまあまあきつい。

これは私が潔癖過ぎるというだけの話なのだろうか?他のマイノリティの方はこのような考えにどう折り合いを付けているのだろう。

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