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vol.5 成功する地方移住と田舎暮らしについて語る決定版~イノシシを捕まえて報奨金で儲ける方法~

太田製作所さま サウザーの白熱教室
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※試聴版。オリジナル版(53:13)は購入後に視聴可能。

第五話(全六話)
早朝の冷えた爽気を掻き分けながら、獣道を踏み入っていく。針葉樹の巨木が空を切り取り、鬱蒼とした茂みは薄暗い。枝を踏み折る音、下草を擦過する音だけがささめいていた。
その音に呼応するように、「ガシャン」と、硬質な金属が打ち鳴らされる音がした。
人の手が届かぬ原生林の中ではおよそ聞くことのない音を、鼓膜が拾う。

「かかったか」

おもわず口角が僅かに持ち上がる。男はその胸の内に歓喜が湧き上がってくるのを感じていたーー

ここは佐賀県、嬉野市。
その昔、古墳時代(3世紀)に神功皇后(じんぐうこうごう)が征西からの帰途にて、傷を負った白鶴が湯浴みをして元気に去っていくのを見て「あな、うれしや」と述べたのが転訛して嬉野になったとされる。九州地方でも屈指の名泉と名高い嬉野温泉と、室町時代から続く名産の嬉野茶で知られる、山々に囲まれた盆地である。

獲物が罠にかかったことを察知し思わず口元が緩んだ男であったが、しかし次の瞬間には狩人の顔に変わっていた。

自身の足音が近づくにつれて、聴き慣れた金属音が激しくなっていく。

「大きいな」

湧き上がる期待と同時に、緊張感もまた膨れ上がっていくのを感じる。何度繰り返しても無くなることはない、野生動物との命の遣り取りで弾ける火花の予感に総身が構える。

かくして仕掛けた鋼製の箱罠には、自分と同じほどの大きさの、筋肉の塊がいた。
大型のオスのイノシシである。

自分の運命を悟っているのだろうか。
最後の抵抗を試みようと暴れ狂い、爆発するその怒気の放射を、男は肌で感じた。

その巨躯から繰り出される凶暴なる一撃は、虚しくも男に届くことはない。
鉄ワイヤーを特殊工法により強化したスクリューメッシュ製、総重量60kgの特製の箱罠ーーこの「マトリョーシカ」を破壊することは叶わない。

男は昂る気持ちを抑えようとしたが、これは動物としての闘争本能であろう。溢れ出る脳内物質の奔流を感じながら、彼は次の動作に入っていた。

握り締める両手には硬質の感触ーー「電気止め刺し機」。
大型のイノシシも一撃で屠る、必殺の電気槍である。

バッテリーの残量を確認する。青いランプの点灯は3つ、満充電。バッテリーと本体部分のソケットを繋ぎスイッチを入れる。ランプが赤から緑に変わる。接続完了の印だ。
電気槍の末端からはコードが伸び、その先端にはプラグ。これを胴体部分のコンセントに挿し込む。感電防止のアースを設置し、いざ準備は整った。

イノシシは「フッ、フッ」と荒い鼻息のまま、男を睨み続ける。命の遣り取りをする相手に向ける尋常ならざる闘志の眼差しである。

その眼差しを受け止め、彼もまた闘志で応える。スイッチを入れ槍に電流を流し込む。
次の刹那には槍の穂先が、正確にイノシシの脇腹を捉えていた。

「ブギィッ!!」ズガァン!

一際大きな絶叫と、電気槍による感電のショックで巨体が激しく箱罠に打ちつけられる。

痙攣し動かなくなったことを確認して、男は速やかに電気槍のスイッチを切り、長柄のナイフを取り出した。
油断なく躊躇なくイノシシの首、頸動脈に刃先を滑り込ませる。
引き抜くと同時に大量の血が流れ出る。放血と呼ばれる、血抜きの作業である。

命の遣り取りに白く染まっていた男の思考回路が、色を取り戻し始める。
戦いは終わった。

「ふう…」

獲物の血が抜けるのを、そして上がった心拍数が下がるのを待っている間、ふと自らの半生を振り返っていたーー

男の名は、太田。ここ嬉野の農家の息子として生まれ、育った。
彼は中学生の頃から自力で稼ぐことをしていた。乳酸菌飲料の配達、カブトムシの販売、トレーディングカードの転売などなど…もちろんアルバイトもした。
その中でも大きな成果を挙げたのが、安いもしくはタダで落ちているものを、然るべき値段が設定されている場所へ売りにいくことであった。いわゆるアービトラージ、サヤ抜きという商売の基本を身につけていったのである。
高校卒業を控えた太田青年は、やりたいこともなく、進路に迷っていた。しかし実家の農家が大変そうだったのを見ていたこともあり、公務員を目指すことにした。
そんな中、自衛隊のスカウトと出会う。
かくして自衛隊に入隊した彼を待っていたのは、理不尽渦巻く自衛隊生活であった。

自ら商売をしてきた太田は、合理性を追求する性格となっていたのだ。
現代の戦闘においては射撃技術や戦車の運転の方が実戦的なのに、時代錯誤な銃剣道と格闘、遠距離走の訓練。またそれらが得意な者が肩で風切る風潮ーー

「何の役に立つんだ?」

太田青年には理解できないことばかりであった。その最中にも、彼は電子機器の輸入転売を続けお金を稼ぎ続けていた。
入隊後1年が経った頃に祖父が他界。これをきっかけに実家に戻り就農することにした。

静岡県の茶農家での修行1年を経て、実家に戻った彼を待っていたものは、またしても非合理的な境遇であった。
実家の両親は、手間暇かけて無農薬で生産をしていたのに、定価で販売をしていた。それがゆえに収入は少なく、自身も小遣い4万円/月の生活を余儀なくされる。そして週6日、10時間の労働は正直、自衛隊よりもつらいものだった。これは農業というビジネスではなく、もはや趣味の延長ーーいや、単なる奉仕、奴隷だなと率直に思った。商売のセンスが抜け落ちていると、こうまで困窮できるのかと痛感した太田青年はやはりその卓越した嗅覚でもって、次なる稼ぎ方を見つけ出した。

それがイノシシ狩りであった。

当時、イノシシ一頭で五千円という報奨金であったが、大金を得るチャンスと踏んだ太田青年はすぐさま箱罠を手に入れようとした。しかし、買うと8万円する。さすがに手が出ず、致し方なく自作を始めるのであった。3万円で材料を揃え、自宅にあった溶接機で見よう見まねで箱罠を作った。このガッツである。

こうして初年度は10頭のイノシシを捕獲することができた。

続く年も56頭を捕獲し、タイミング良く報奨金も1.8万円/頭と増額される。こうして軌道に乗った太田青年は結婚を機に実家から離れ独立することを決意。そこから色々あって罠の製作・販売の太田製作所の立ち上げとなってゆくのだが…その道程は本編に譲ろう。

ーーさて、血抜きも大方済んだようだ。
男はイノシシの巨体をプラ舟に乗せて、曳き始めた。
つづく

ヤコバシ著

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