画像1

vol.3 ラーメン屋オープン前に店舗を燃やした支那そば軍曹の人生語り

支那そば軍曹 サウザーの白熱教室
00:00 | 00:00

※試聴版。オリジナル版(56:36)は購入後に視聴可能。

第三話(全四話)

支那そば軍曹殿の人生編の最重要テーマは「転生」である。

特殊な才能や技能がなくても、立派な学歴や職歴がなくても、ラーメン屋になれば経営者になれる。勤め人をしなくても生きていけるし、経済的自由も得られるということ。そのことを軍曹殿は、その身を以て証明してくれた。それも奴隷のような環境からのスタートというハンデ戦で。この実例は、勇気を与えてくれる。その体験談を、本人の声で”聴く”ことは、リスナーの脳を変形させる力がある。

「自分には才能も技能もないし…」と自分を卑下し、独立を諦める人は多い。しかし本作を聞けば、その考えは言い訳だったと気付く。本当に何も持っていない、純粋なる奴隷階級から転生した人がここに実在していると、知ったのだから。

本作はそれだけでは終わらない。メインテーマである「転生」。”普通の人間”がいかにして”支那そば軍曹”へ転生したのか。この「転生」に注目していこう。

勤め人卒業について、数々の実例を聞いて勇気づけられたものの、なかなか行動に起こせない人も多い。「あの人にもできたんだから、自分にもできるはずだ」と、アタマで理解してはいても、手が動かない。ついつい先送りにしてしまう。勤め人卒業ワナビーあるあるであろう。

実は若き日の軍曹殿にもこの時期があった。それも、退職して無職になってからである。この頃、まだ彼は”普通の人”、ジェロニモだった。確かに勤め人という身分ではなくなってはいたものの、取り組む姿勢が”普通の人”レベルでしか、できていなかったのだ。

しかしこれは致し方ないことであろう。独立自営ということは、株主も社長も作業員も、全て自分ひとりだ。目標を決めるのも自分、監督するのも自分。手を動かすのも自分ひとりだ。ゆえに自らに課す基準が甘くなってしまうのは”普通の人”にとっては致し方のないことなのだ。

だからこそ”普通の人”から脱却することは難しい。

既に自律と克己の強い力があり、バリバリ作業できる人は、それだけで既に「超人」と言える。勤め人を卒業して自力で稼ぐことに、超人的な才能は必要ないという「実例」は確かにある。そして成果を出すには、自らを律していく精神力がカギになってくることがわかった。その精神力の源泉はまず、「自分で決める」ことから始まる。これはラーメン屋開業編Vol.5紹介文で述べた通りだが、実はこれだけでは足りない。

さらなるステージに進むには「転生」が必要になる。

いかに自分で決めて自営の道に踏み出したとしても、先述の通り、自分を厳しく律し続けることは難しい。誰にも叱られず怒られず、監督もされない自由な身分。そして成果の責任を負うのは自分ひとりとなればーーー”普通の人間”には自ずと限界ができてしまう。「今日はここまででいいや」と自分を見逃してしまう。そういう”甘さ”の天井ができて、ストイックになりきれない。この習性ために”普通の人”から脱することは、繰り返すが、とても難しいことなのだ。

「自分で決める」ことは確かにロケットエンジンの1段目にはなる。ただしこれは期限付きだ。点火してから燃え上がった闘志は、時間経過でいずれ尽きる。その推進力が尽きて、大気圏を突破できなかったロケットは、糸の切れた凧になる。すると徐々に降下して、風に吹かれて―――稼げない自営業として低空を彷徨うことになる。

この運命から逃れるためには2段目のロケットエンジンが必要になる。そう、これが「転生」だ。言い換えれば、人が変わる契機。まさしく常人から超人に生まれ変わることを指す。これは言葉で書くほど簡単なことではない。人ひとりの人生観が”変わる”には、とてつもなく大きな力が必要だからだ。

この「転生」には様々なパターンがある。激しい怒り、強い恐怖、臨死体験、立ち直れぬ挫折、身近な人の死ーーー明確に「これ」とは一般化はできない。人それぞれに、スイッチとなる出来事は違う。それまでの価値観を全てひっくり返すような、自分にとっての”何か”。強烈すぎる出来事や、規格外の体験をしたときに、ヒトは生まれ変わることがある。うまくいっている人には、何かそういう「転生」のきっかけがある。

軍曹殿の話に戻ろう。自営で生きていこうと決めた時、彼はまさしく1段目のロケットエンジンに点火して、勢いよく地表を飛び立った。法人を作って資金調達し、立地条件を満たす物件を探した。内装をリフォームして、機材を格安で手に入れた。それを自力で運び、磨いた。

ここまでで8ヶ月ーー約240日が経過する。しかし、肝心のラーメンのレシピはできていなかった。家賃の支払いが始まる中、ラーメンの試作をこれから始めていく段階にあった。

この悠長なペースは1段目エンジンのみの惰性だったと言わざるを得ない。この時なお彼は、”普通の人”のままだったのだ。そんな彼は、足許の落とし穴にあっさりと落ちる。

タイトルの通り、ラーメン屋オープン前に店舗を燃やしたのである。

巻き上がる黒煙、肌に伝わってくる熱波、鳴り響くサイレンーーーその壮絶な光景は、普通に生きていたらまず遭遇しない大事故だった。

しかしながら、この火事それ自体が彼を転生させたわけではない。煙も熱も、強烈な体験だった。消防署と警察の取り調べも鮮烈だったし、保険未加入の絶望感も、かつてない感覚だった。その出来事はあまりにも苛烈すぎてーーー彼の心をも、焼き尽くしてしまった。

彼の心は完全に折れていた。自腹での全額弁償と、これから始まる借金返済の日々を想像して、未来を諦めた。重い足取りで、物件の大家さん宅へ謝罪に向かう。

烈火の如き怒りを覚悟した。

何年かかっても弁償すると、約束するつもりだった。そうして、大家さんと対面した。



叱責も、罵倒もなかった。逆にあまりにも不意打ちな対応が彼を待っていた。

寛大なる許容の態度。

心からの応援と期待。



わけがわからなかった。熱い何かがこみ上げてきて、こらえきれなかった。感情の奔流が、多くのものを押し流す。恐怖も不安も甘えも―――すべて。

すべて押し流された。

そうして空白になった心に、不思議な力が湧き上がってくる。これまで感じたことのない種類の、新たな力だった。

今まで自分を駆り立ててきたのは、自分の食い扶持という名目だった。自分ひとりを食わせていくため―――自分のためだけの戦いだった。だから甘えもあった。ゆるみもあった。しかしこれより先は、自分だけの戦いではなくなった。

期待してくれる人がいる。

応援してくれる人がいる。

必ず開店すると誓った。

守るべき約束ができた。

オーナー夫妻からの応援と期待の言葉。それらを、重く受け止めた。

「やるっきゃない。」

かつてもよく口にしていた言葉だったがーーーその重みは、変わっていた。

それは彼がジェロニモであった日々の終わり。

こうして彼は「支那そば軍曹」へ転生した。

つづく。

著・ヤコバシ

ここから先は

¥ 1,280

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?