意識低い系転職ジャケ絵

vol.1 意識低い系転職のススメ~これが資本家成りに続く偉大なる道の第一歩目となる~

ヤコバシくん サウザーの白熱教室
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※試聴版。オリジナル版(01:01:02)は購入後に視聴可能。

第一話(全五話)

今を遡ることおよそ10年前。日本…いや世界は、大不況の真っ只中にあった。サブプライムローン、リーマンショック…世界金融危機という単語は記憶に新しい。2019年には日経平均株価が24,000円を超えている中、当時(2009年)は8,000円台まで落ち込んだ。

バブル崩壊から続く平成不況、いわゆる「失われた10年」から、ようやく脱出の兆しを見せていた日本経済は、その数字を「20年」に延長することになった。

その2年ほど前、青春を謳歌していた若者達がいた。日本経済は長き平成不況から持ち直しつつあり、また団塊世代の引退が近いことから、売り手市場になると言われていた。事実、2006年、2007年は有効求人倍率が1.06、1.02を記録し、バブル初期並みの水準となった。有効求人倍率とは、求職者1人に対して、求人が何件あるかという数字である。

1990年代のいわゆる就職氷河期には0.49~0.72だったことを鑑みれば、いかに好景気であったかがわかる。ゆえに彼らは「僕らが就職活動する2010年ごろは楽勝だね!」と、楽観視していた。忍び寄る経済危機など露知らず。

そして2008年9月、負債総額約6,000億ドル(約64兆円)という史上最大額で、投資銀行リーマン・ブラザーズが倒産する。ここから世界経済全体は大きな後退を余儀なくされる。

2009年卒の大卒者達は既に就職活動を終えていたが、この景気後退を受け「内定取り消し」という憂き目に遭い、大きな社会問題となった。好景気の時に多くの学生を囲い込んだ企業が、業績悪化により内定取り消しをする―――これが非難されることは当然であろう。ゆえに企業は、次年度から新卒採用枠を大きく減らさざるを得なくなった。翌年2009年の有効求人倍率は0.45。翌々の2010年は0.56。これらは90年代の氷河期並みの数字だ。

ーーーこの真っ只中に、ヤコバシくんは就職活動を迎えた。

それまで、就職は余裕だと油断して平々凡々と過ごしていた彼は、バイトは飲食店・塾講師、テニスサークルで遊んでいただけ、資格は普通免許のみという「特徴が無いことが特徴」の、まさに量産型の文系大学生であった。

そんな彼が、急速に厳しくなった就職環境に恐れ慄くことは容易に想像できよう。しかしながら、彼が手を打つ時間は残されていなかった。同時に彼の身の回りにも、不景気の波は押し寄せてきていた。親族や近所の人々が、早期退職や子会社への出向を、せざるを得なくなっている。

「力なき者は、容赦なく切り捨てられてしまうんだ」

一種の強迫観念に衝き動かされた彼は、自分に力をつけなくては生き残れないと結論付けた。同時に、資格も経験もない文系の大半は「営業職」にならざるを得ないということにも気が付いた。ならば「営業力」を身に付けて、会社から必要とされる人材になればいいーーーいや、なるしかないんだと、彼は覚悟を決めた。

彼は不景気の現況と、戦乱の時代を重ね合わせていた。弱き会社、弱き者が淘汰されていく状況を、古代中国や三国志、日本の戦国時代になぞらえたのである。「営業力」という力でもって、会社という君主に忠義を尽くす。武功を挙げれば、君主に褒められ認められ、重用されるーーー勲功を重ねれば、最後には大将軍になれる!

熱き闘志と、理想(ユメ)を胸の中で燃やしながら、彼は営業力が付けられそうな会社を探した。友人達が大手とはいかないまでも中堅の就職先を決めていく中で、彼だけは誰も知らない、小さな会社に就職を決めた。周りは、彼を憐れんだり心配したものだが、当の本人は修行の場を見つけたと鼻息荒く、気炎を巻き上げていた。水平線の彼方から、曙光の最初の一筋が指し込む。まだ見ぬ「社会」という大海へ漕ぎ出す、22歳の若武者がそこにいた。

ーーー3年後、彼は退職することになる。

彼が信じていた希望は哀しくも儚い理想(ユメ)だった。努力と幸運で成果も出した。力も付いた。しかしながら、それを捧げるべき君主は、それに値する人物ではなかったのだ。

その時、彼は気が付いた。この資本主義の世界において、忠義や武功というものは、かつての世と同じくは存在していない、ということに。300万円台の年収と、年間休日80日、拘束時間14時間が意味することをよくわかっていなかった。

自分がただの奴隷だと気が付いたのは、片道分の燃料が切れかけた2年9ヶ月目だった。過酷な労働を「成長のため」と意味付けし、散らばりそうになる精神(こころ)を気合で束ね直すーーーそんな自分に酔っていた。この苦痛は成長のための尊い犠牲だと、自分に麻酔をかけていた。

様々な人と偶然に助けられて、彼は転職に成功する。そうして漂着した「化学」という業界は、古き良き昭和の雰囲気が残るユートピアであった。年収、休日、拘束時間、仕事の強度…それらが全て改善した彼は、人生の味ーーー睡眠、遊興、そして恋ーーーを取り戻すことができた。ヒトとして欠損していたパーツを一つずつ、拾い直していった。

そこで確信する。この資本主義経済、特にサラリーマンという勤め人である以上、ヒト一人の力など微小であり「ビジネスモデル」が勝負の趨勢を握っているのだと。どんな会社に所属するか、どんな社長をご主人様とするかによって待遇は変わるのだと。

かつて彼があると信じていた「営業力」というものは「ビジネスモデル」という仕組みを相手にしては竹槍も同然の、取るに足らない力であった。彼はずっと、ありもしないマボロシを追いかけていたことに気が付いた。成長とか自己実現とか、やりがいというのは労働者を騙すための誤魔化し―――オモチャの勲章だったんだ。

僕は「意識高い系」だった―――ヤコバシくんは気が付いた。

後悔と慚愧が、胃の底から込み上げてくる。しかし同時に、別の感情に総身が包まれていることにも気が付いた。それは爽やかな達観だった。

勤め人なんて…「意識低い系」で、十分だったんだ―――。

ビジネスモデルの完成度が高ければ、ヒトが頑張らずとも利益は出る。ヒトが頑張らなければならない時点で、それは粗悪なビジネスモデルではないか。ならば、ビジネスモデルの完成度が高いところに所属すればラクができる。

そう結論を得た彼は、自分の労働力を時給換算で高く売ることに成功する。余暇時間と多少のお金を手に入れた。最初は、それらを謳歌し消費した。これぞ人間らしい生活!と喜ぶ彼であったが、その中で新たな「限界」に気付きつつあった。

それは勤め人としての限界だった。そこからの脱却を目指して研究を重ねる彼だが、独学では確たる答えが見つからない。やはり、サラリーマンを続けていくしかないのかなーーーそう諦めかけ、袋小路で立ち止まるヤコバシくんに、一条の光が差し込む。

『サウザーラジオ、青雲の誓いをお送りしていきたいと思います。』

つづく

著・ヤコバシ



【オーディオブックの正しい使い方を伝授する】
1.集中して聴かない。オーディオを聴くための時間をわざわざ取らない。スキマ時間や作業時間に『ながら』で聴くのが正しい使い方である。
2.ぼけーっと繰り返し聴く。聴き返すたびに毎回聴こえ方が違うぞ、とか、刺さる言葉が違うぞ、と思ったならそれは良い聴き方。一回で全部吸収してやろう、と言うのは悪い聴き方。
3.PCのnote.muサイトからMP3ファイルをダウンロードする。itunesその他で、スマホに同期する。電車や車での移動中、家事の最中に聴くのが良いと思う。ストリーミング再生で聴くのはあんまりおすすめしないかな。

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