【トレ録3】白い花と少女たちのおはなし

ふわりと、花の香りがした。

夜、森の中。月明りとわずかな手元の照明が照らすだけのその道は、酷く暗い。

年長のケイが片手で懐中電灯を持ち、もう片手で相棒のピチュー…ライトを抱えている。
ケイの隣に並んだダンケは楽し気で、先から笑顔を崩さずしっかりと前を向いていた。しかししっかりと相棒のトイを抱きしめている腕は力んでいるのか、緊張しているようにも見える。
その後ろを歩くマイカはというと。足元にくっついてばかりいた相棒をしっかりと抱きしめ、彼の毛に顔をうずめていた。そうしてなるべく視界を広げないように、先導する二人の後ろを歩いていく。
怖くはない、怖くはないのだ。そう己に言い聞かせながら、彼女は眼帯で隠れていない右目で視線を走らせた。

先ほどから視界の端を駆け抜ける黒い影。おそらく森に生息するゴーストタイプのポケモンだろう。
くす、くすと笑みを零しているさまは、愛らしいものなのかもしれない。
しかしそれは常の話であって、暗闇や未知の場所、少人数といったこの状況では恐怖を助長するのに十分すぎるものだ。

かさり、と足元の葉が音を立てる。それに思わずマイカは「ひぃっ」と情けない声を上げてしまった。

「大丈夫?」
マイカの声に気が付いたのだろう。ダンケが明かりに照った黒髪を揺らし、後ろを振り向く。
ケイも声こそかけなかったものの、心配そうに視線を向けていた。
見られている。そのことに気付いた瞬間、マイカの顔に熱が集まった。

「だ、大丈夫だ。未来のあくの帝王だぞ、これしきの闇に脅かされるような器はしていないとも」
「そう?ならいいのだけれど」

言葉を交わした瞬間、がさりと一際大きな音が頭上から降ってきた。
木の上の鳥ポケモンでも羽ばたいたらしい。そのことに検討をつけてケイが視線をおろせば、腕の中で震えるライトと地面に蹲ったマイカの姿があった。
同じように震える二人の姿に、思わずケイは苦笑を零す。蹲った拍子に腕から抜けたのだろうマルムもまた、ケイと同じように苦笑しているように見えた。

「…無理は、よくないよ?」
「ぐう……」

半泣きで唸るマイカだったが、何かを思いついたのか、ふいに勢い良く立ち上がる。
それにケイとダンケがきょとんとしていると、マイカは二人の手をそれぞれ空いた自身の手で掴まえた。とはいえ、ケイの手は懐中電灯を持っているので、邪魔にならないよう腕に触れるしかないのだが。

「い、い、いいか。僕は怖くないぞ。みんなが怖くないように守るんだ!帝王たるもの、しもべは守らねばならないからな」

震える手で二人の手をぎゅっと掴めば、小さく笑む気配がこぼれる。

「そうね、手をつなぐのは心強いわ。不思議だけど素敵よね!」

朗らかな声とともに握り返された手のひらの感触に、ほっと緊張が解ける。

「ああ、これぞ仲間のちからだ。このまま闇に埋もれし白き花を見つけようじゃないか!」
「ええ!みんなで見つけましょう!」
「ふふ、うん。これなら迷子にならないから安心だもんね」

互いを安心させるような言葉と微笑みが、闇の中からでも伝わる。
そのことに安堵し、彼女たちは夜の森を再び進みだした。


開けた視界と、広がる夜空。
潮風にまぎれて、ふわりと、花の香りがした。

森を抜ければ、そこには月に照らされた白い花々が目の前いっぱいに広がっている。
この情景を言葉に表すのならば、

「……綺麗」
ぽつりと呟いたのは、おそらくケイだろう。しかしダンケもマイカも同じ心境だったに違いない。
三人と三匹。顔を見合わせると、ふわりと笑顔を零す。そうして手をつないだままに、白い絨毯に足を踏み出していった。
きらきら輝く星空の下、白い花とともに彼女らが語り合った言葉がどんなものだったのか。それを知るのは、彼女たちとそのパートナーたちだけなのだろう。



白い花を摘み、帰る道すがら。
ルリリとコリンクを連れたトレーナーたちとすれ違う。
怯える少年と、そんな彼を先導する少女。どうやら彼らもこれからあの花畑を目指すらしい。

「君たち、肝試し終わったところかな?どうだろう、仕掛け怖かったかい?」
「ええ、とっても。でも楽しかったわ!」
「それは楽しみだな。ね、アヅチ」
「え、」

互いに手を振りあったのちに、些細なやり取りながらそんな言葉をかけあう。
怖かった、と告げた時に少年の顔がこわばったのが背の高いケイには見えていたのだが、指摘するのも野暮というものだろう。
励ましをこめたケイの「頑張ってね」という言葉を最後に、彼らと再び手を振り合い歩を進める。

「あの眼鏡の子、すごく怖がってるみたいだったね」
「でもひとりじゃないもの、きっと大丈夫よ」
「うむ、我々と同じく手を取り合う同胞が3人そろっていたのだ。きっと大丈夫さ」

マイカの言葉に、ケイとダンケが小さく首を傾げた。

「今の子たち、2人だけじゃなかった?」

眼帯少女の悲鳴が響いたことは、言うまでもない。


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