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株主という仲間を増やし、世の中に“自分が読みたい本”を届けたい——ひろのぶと株式会社代表・田中泰延が語る、人を巻き込み魅了する秘訣とは

ビジョンを掲げて会社を経営する上で、価値観に共感し、支えてくれる仲間の存在は欠かせません。一人、二人のみならず、数十人、数百人とその仲間を増やしていくには、求心力を高めるための工夫が必要です。

2020年3月に設立されたひろのぶと株式会社には、2024年5月時点で500人を超える株主が集まっています。どのようにしてこれほど多くの人を魅了し、ひろのぶと株式会社の活動に巻き込んでいるのでしょうか。

そこで今回は、ひろのぶと株式会社の出資者であり、FIRST DOMINO代表取締役である大塚雄三さん、FIRST DOMINOの支援を受け株式会社化を目指しているプロ阿波踊り団体「寶船」の米澤渉さんと、ひろのぶと株式会社 代表取締役の田中泰延さんにお話を伺いました。

<プロフィール>

田中泰延(たなか・ひろのぶ)さん
1969年大阪生まれ。株式会社電通でコピーライター/CMプランナーとして24年間勤務。2016年に退職し「青年失業家」と自称し執筆活動を開始。2019年、文章術を解説する初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。16万部突破。2020年、「印税2割」を掲げる出版社「ひろのぶと株式会社」を創業。2023年12月、実践的な文章指南書である『「書く力」の教室』(共著・直塚大成/SBクリエイティブ)が発売された。

米澤渉(よねざわ・わたる)さん
1985年東京都生まれ。阿波踊りと由縁の深い米澤家の長男として生まれ、4歳より阿波踊りを始める。1995年に父・米澤曜が「寶船」を設立し、所属。観客数120万人を超えるといわれる関東最大の阿波踊り大会「東京高円寺阿波おどり」では、個人賞を受賞。高校卒業後はバンド活動を行い、フロントマンとして全国ツアーを経験。2012年、寶船の運営として一般社団法人アプチーズ・エンタープライズの起業に携わり、プロメンバー『BONVO』のリーダーに就任。

儲からないけれど、真面目に、いい本を届けたい。

━━田中さんが大塚さんと知り合った経緯を教えてください。

田中さん:電通のクリエーティブ局にて大塚グループの担当となり、ビタミン炭酸「マッチ」のテレビCMを作ることになったんです。宣伝部長から「いいバンドの曲あるから聞いてみてくれない?」と言われたのが、「CHARCOAL FILTER」というバンドでした。

すごく良かったんですよね。「これをCMで流したいです」と言ったら、「実はこのバンド、大塚家の大塚雄三さんがボーカルを務めるバンドなんだよ」と教えていただいたんです。

CHARCOAL FILTERの曲を使ったCMは大ヒットして、その後ライブにも何度か足を運んでいました。実は一度、楽屋へ伺って大塚さんにご挨拶したこともあるんですよ。その時が、大塚さんに初めてお会いしたタイミングでした。といっても、大塚さんはそのことはぜったい覚えてはらへんと思いますけど。

その後、私がひろのぶと株式会社を設立することになり、資金面で誰か力を貸してくれる方はいないかと探していました。当社の取締役の加藤が「友人の大塚くんに相談してみよう」と紹介してくれて、そこで再会したんです。

忘れもしない、六本木にある老舗イタリアン料理店「CHIANTI」での出来事。食事をしながら私が「うちは本作りにこだわる会社なんです。そんなに儲からないかもしれないけれど、真面目に、いい本を出したい。印税も倍に設定しているので、さらに儲からないんですけど……」と言ったら、大塚さんが「それは僕の出番ですね」と応えてくださったんです。大塚さんの協力のおかげで、無事会社を立ち上げることができました。

大塚さん:加藤さんから話を聞いて、すごく興味を持ったんです。でも、田中さんがまさか、あのCMの制作担当者だったとは(笑)。

田中さんの活動は、X(旧Twitter)やネットの記事でも見かけていました。電通を退職されて「青年失業家」を名乗られていましたが、あのネーミングセンスも良いですよね。実際にお会いして、やはり面白い方だなと思いました。

━━電通時代からつながりがあったんですね。ひろのぶと株式会社について詳しく教えてください。

田中さん:ひろのぶと株式会社は「印税率で出版業界を変え、良い本を世の中に届け続けたい」という想いから、設立した出版社です。本を書いて、生活できる人を増やすために「累進印税(TM)」を取り入れています。

日本の著者印税は、慣習として本の価格の1割程度で固定されていましたが、ひろのぶと株式会社では初版印税2割からスタート。10万部以上売れると印税3割、50万部以上で印税4割、100万部を突破すれば売り上げの半分が印税となる、本が売れれば売れるほど著者が儲かる仕組みを構築しています。

私たちは、会社の上場も売却も目指していないんです。それでも、私たちの理念や想いに共感してくださる方々が株主になってくださっています。2024年5月時点で540人の株主がいます。

──500人以上もいらっしゃるんですね……! 上場や売却を目指していないにも関わらず、500人以上の株主を集められる会社は滅多にないと思います。株主を集めるために意識していたことはあるのでしょうか。

田中さん:周りから見て楽しそうな活動をし続けることですね。出版社だからといって部屋にこもって執筆していても、周囲の人からすると全然面白くないと思うんです。

先日、当社主催の株主優待イベントとして、当社の著者である落語家の立川談笑師匠と、その一番弟子の立川吉笑さんによる「親子会」を開催しました。FIRST DOMINOさんにも、スポンサーとして入っていただいています。人が集まって笑う。それがみんなにとって一番幸せだと思っているので、積極的に笑顔になれるようなイベントを企画し、仕掛ける意識をしています。

大塚さん:田中さんの活動が楽しそうだから、社員である加納さんはもちろん、他にも、一流のデザイナーや編集者も参画してくださって、面白い本や企画が生み出されているんだと思います。

田中さん:人目を引くにはどうすればいいのかは常に考えていますね。

──米澤さんは阿波踊りをエンタメとして広めていく活動をされています。「観客を集めて魅了する」という点で、阿波踊りも共通項がありそうですね。

米澤さん:まさに阿波踊りも、目の前のお客さんを楽しませることを大切にしています。ライブパフォーマンスだからこそ、ただ練習した成果を発表すれば良いものではないんです。「また会いましょう」という空気感を作ることで、数年後にふらっと来てくれたり、海外のお客さんが年に一度、見に来てくれたりします。

「Hironobu & Co.」で、株主と共に会社を創り上げる

大塚さん:田中さんの社名にも、株主とコミュニケーションを取る姿勢が現れていますよね。

田中さん:「ひろのぶと株式会社」は、英語の社名が元となっています。「Tiffany & Co.(ティファニー・アンド・カンパニー)」や「Mckinsey & Company(マッキンゼー・アンド・カンパニー)」のように欧米では、創業者とコーポレーション(協力者)の社名が多いんです。

ひろのぶと株式会社の英文表記は「Hironobu & Co.」です。私と、仲間である株主と共に本を創り続ける会社を目指しています。

──株主になってもらうために、イベントから社名まで様々な工夫をされているのですね。ただ、500人以上の株主がいたら、プレッシャーも大きいのではないかと想像します。

田中さん:プレッシャーはありますね。上場は目指さないけれども、本を売るなどのビジネスを通じて黒字化し、配当を出すことは約束していますから。とはいえ、株主になってくださる方々はみんな仲間であり、私たちの応援団なので心強いです。

──大塚さんは、株主の一人として経営についてアドバイスされるのでしょうか?

大塚さん:いえ、基本は見守っていることが多いです。株主になるということは、相撲でいう砂が飛んでくるほど土俵に近い「砂かぶり席」を買っているようなものです。田中さんを信じて間近で見守ることが、田中さんの創りたい会社を実現することに近づくだろうと出資した時から感じていました。

田中さん:大塚さんが「思いっきりバットを振ってくれ」とドーンと構えてくださったからこそ、全力でチャレンジすることができました。きっと間違っていたら、それは違うよと指摘してくれるだろうし、いい感じに進んでいるのであれば、応援してくれる。安心感がありますね。

──米澤さんがリーダーを務められている寶船も、大塚さんからサポートを受けて、田中さんと同じような安心感があったのではないでしょうか?

米澤さん:阿波踊りも、ビジネスになりづらい領域です。2012年に日本初のプロ阿波踊り集団として法人化しましたが、阿波踊りという業界では前例がありません。成長性も不明の中、大塚さんが「思いっきりやってごらん」と声をかけてくれて。そのおかげで、堂々といろんな活動ができるようになりましたし、私たちの活動を肯定してくれている嬉しさもあります。大塚さんの存在は、想像以上に大きいですね。

──大塚さんがいろんな企業や団体の活動に強く共感し応援してくれることで、シナジーがどんどん生まれていますね。

田中さん:そうなんです! 2023年の年末に、FIRST DOMINOさんが出資する企業や団体のメンバーが集まる忘年会が開かれました。みなさん仲間意識が強くて。名刺交換をしたらあっという間に仲良くなってしまったんです!

その時に、寶船さんの阿波踊りパフォーマンスを見させていただいて。企業だけでなく、文化の継承を担う団体にも出資するのだと驚きました。

米澤さん:その忘年会では、集まった各団体につき1分の自己紹介をプレゼンテーションしたのですが、田中さんの自己紹介がすごく印象的で。全力アタックでとにかく面白いんです。すごく笑って、それでいてプレゼンテーションが終わってみたら、ひろのぶと株式会社の目指しているものもしっかり頭に入ってきているという。

田中さん:ありがとうございます。大阪人なので、とにかく笑ってもらいたい一心なんですよね。米澤さんにそうおっしゃっていただけて、嬉しいです。実は、今度のひろのぶと株式会社の株主総会・ミーティングでは、寶船さんに阿波踊りを披露いただく予定なんですよ。今から本当に楽しみです!

米澤さん:僕たちも、チームみんなでとても楽しみにしています!

大塚さん:FIRST DOMINOの周りには個性的なストーリーを持っている人が多いですよね。そういった人たちと関わりが増えて、ひろのぶと株式会社で書籍化出来たら嬉しいなと考えています。

本を売って暮らせる人を増やしたい

──田中さんは、電通でコピーライティングやCM制作の仕事を経て、現在はご自身の会社で本作りをされています。モノづくりの仕方に、何か変化はあったのでしょうか?

田中さん:ありますね。広告はマーケティングを起点に考えることがほとんどでした。「今こういう表現が流行っているから取り入れよう」「この年代には、あのタレントが刺さるから起用しましょう」とトレンドやデータに基づいて作ることが多かったです。ただ、自分の会社を設立してからは、まず「自分が読みたいか」を基準に本のテーマを選ぶようになりました。

自分が読みたい本を書くほうが、自分も楽しい。それに、自分で書いた文章を誰かが読んでくれて、何かしらの感想を持ったとします。そうすると自分のために書いていた文章が、結果的に人のためにもなったりするんですよね。

せっかく私の活動を面白いと思って応援して大塚さんが出資してくださっているのにマーケティングを意識したつまらない本を作ってしまったら、大塚さんに顔向けできません。「田中さんは、本当にこれがやりたかったことですか」と言われるのが嫌なんです。だからこそ、自分が読みたい本を作り、それらが売れることが理想ですね。

──田中さんが今後やってみたいと思っていることは何かありますか?

田中さん:「ブックカレーカフェ」ですね! 店内でカレーを提供しながら、本も読めるカフェのオーナーになること。実は、事務所にたくさんの本を置いているのですが、倉庫にも1万冊くらい本があって。オープンしたら並べようと思っているんです。

大塚さん:本を読むのが好きなんですね。ちょっと唐突かもしれないですが、実は、田中さんに一つ提案があるんです。「ひろのぶの」という新しい会社を創りませんか? 部屋を借りて、ひろのぶさんが今までに読んできた本や好きな本を並べて、わがままな空間を作る。その場で読んでも良いし、買って帰っても良いんです。

田中さん:お〜、面白いですね! これは「ブックカレーカフェ」も一緒に実現できるかも……?! ぜひ、また詳しく相談させてください!

──ひろのぶさんの本棚、気になります! 最後に、田中さんの今後の展望について教えてください。

田中さん:著者の方が本を書いて生活できるように支援していきたいです。私も数年かけて本を書いてたくさん売れたのに「印税はこんなもんか……」と悲しい気持ちになったことがあります。ひろのぶと株式会社が儲からなくても、著者が大ヒット作を生み出したら売上の最大50%を還元する仕組みの実現を目指しています。うちで本を出版したいと思ってくれる人が増えたら嬉しいですね。

──出版の民主化ですね!

田中さん:そうです! これからも株主と一緒にいい本を作り、新人作家でも本を書いて生活できる仕組みを整えていきたいです!

※本取材は、ひろのぶと株式会社の2024年度株主ミーティングの前に行いました。5月18日に開催された株主ミーティングでは、寶船のパフォーマンスによって、約100名の参加者全員が立ち上がって踊るほどの大盛況となったそうです。

ひろのぶと株式会社 株主ミーティングでの寶船パフォーマンスの様子