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Father 第4話 Bad morning call

その朝、僕は国際電話で父の急逝を知らされた。

電話を切った僕は、壁を思いっきり殴りつけた。
拳の皮膚が裂け血が滲み出た。

「何、勝手にくたばってんねん、クソ親父がぁ!」

僕はそう叫んでいた。

身体の中では怒りの炎が立ち上がっていた。
それは巨大な火柱となり激しくうねっていた。
まるで荒れ狂うの炎をまとった龍のように。

僕は何度も壁を殴った。

痛い・・・。
やがて拳の痛みが僕を冷静にさせた。

さて今、僕は何をすべきか?
そうだ、日本に帰らなくては。
母さんは僕を必要としている。
僕は電話帳を引っ張り出し、幾つかの航空会社に電話をかけてみた。
どこも今日の便は満席だったが、ダメもとで事情を話したところJALが一席確保してくれた。
ぐうぐう寝ていたナオミを叩き起こし、空港まで車で送ってもらった。
空港までの道、僕たちは一言も言葉を交わさなかった。

空港に着いてようやく彼女が言葉を発してくれた。
「飛行機が出るまで一緒にいようか?ひどい顔してるよ」
「いや・・・、今は一人のほうがいい」彼女の優しさが辛かった。
「わかった。帰りの日が決まったら連絡ちょうだい」
「ありがとう。行ってくる」

僕はJALのカウンターでチェックインして保安検査場をくぐった。
飛行機の搭乗時刻まで少し時間があったので、目に止まったバーに入り、ジントニックを注文した。一口含むとようやく少し気持ちが落ち着いた気がした。
何か食べようかとメニューを見たけど、何も頭に入ってこなかった。
そもそも食欲なんてこれっぽちもなかったのだ。

日本への機中、僕は父のことを考えていた。

僕は父とキャッチボールした記憶がない。
一緒に何かしたという思い出があまりない。
ゴロゴロと寝ている人。書斎に籠もっている人。それが父の記憶。
大学で教鞭を取るほど、外では偉い人だったようだが。

そんな父の僕への期待は当初は高かった。
幼い頃から高校は父の母校だった進学校へ進むことを強く望んだ。
「名のある大学へ進み、一流企業へ就職することが長男として当然の務めだ」と度々説諭された。
「それ以外の道は値打ちがない」とも。

しかし僕はその高校へは進めなかったし、大学も三流私立大学だった。
その頃から父は僕に関心を持たなくなった。
僕が何をしようとも口を出さなかった。
愛情の反対が無関心とはよく言ったものだ。
僕は父を失望させたんやな。
父の期待に応えることができなかったからやろな。
父にとって僕は価値がない。
そう感じていた。

一度、教育熱心だった祖母が父を罵倒しているを聞いた。
「お前に似たからあの子もダメなんだ」
「早く死ねばいいのに」と僕は呪詛を吐いた。

それ以降、会話らしい会話はほとんどなくなった。
何よりも僕は父のことを「父さん」と呼ばなくなった。

そして僕は力を求めた。地位と栄誉を欲した。
僕はまずは日本で大学院に進学し、優秀な成績で修士号を取った。
そこで実力者の教授に認められ、海外留学することになった。
「アメリカで博士号を取ればポジションは用意するよ」という口車に乗せられて。
1年後、見事ハワイの大学院に合格し、返還義務のない奨学金も得ることができた。
けど、僕はどんどん消耗していった。

僕は何を本当は求めていたのだ?

僕はようやく気づいた。

僕の人生の目的は、父に認めてもらうことだったのだ。

その事実に僕は愕然とした。

じゃあ一体、これから、どうすればいい?
そのことがずっと頭の中でぐるぐると回っていた。
日本までの間、僕は一睡もできなかった。

~~~~~~~~~~~~~

「失礼します」
その声で僕は我に返った。
スターバックスの店員が隣の机を消毒していた。
僕はふうーと長い息を吐き、空気を吸い込んだ。
店内に漂うコーヒーの良い香りがした。
胃をギュッと鷲掴みされた感覚は緩んでいたが、今度は胸が重苦しかった。
まるで漬物石でも載せられているようだった。

突然の過去との再会。
忘れ去っていた遠い昔の思い出。
それは心の奥底に封印した苦い苦い記憶。
古傷が開き血が流れ出る。

これから、どうすればいいんだ?

しばし考えた後、僕はあることを思いついた。
すっかり冷たくなったコーヒーを飲み干し、店を出た。
そして足早にある場所へ向かった。

〈最終話へ続く〉

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