雪を背にして

※FF14の自キャラクター二次創作です。
© SQUARE ENIX

 極寒のイシュガルド、の復興を象徴する蒼天街、のアパルトメントの一室、の書庫に見せかけた隠し回転扉の先に、その隠しバーはある。アパルトメントの一室をさらに半分に割った狭い空間に、パチパチと優しい音を立てて爆ぜる暖炉と、酒のバリエーションに乏しいバーカウンターが無理やり押し込められている。
 【薄暮の乾杯亭】
 むろん、快適に酒を啜る場などではありえない。
「依頼かい」
 バーカウンターに立つのはピンクに染め抜いたメイド服に身を包む、小柄なミコッテの女性。しかしよく見ればけして華奢ではなく、腕も足もしなやかな強さを湛えている。クリーム色の髪をゆるくクルクルと両サイドに落とし、頬にはハートマークのペイント。彼女を見た目で侮った敵はみな葬ってきた。対帝国戦争の前線にて槍一本で武勇を轟かせた冒険者。
 ”血化粧”のラベン。
 一方隠し扉から入ってきたのは老齢のララフェル男性。砂蠍衆まで「あと少し」と言われ続けてきた大商人。宝石が編み込まれた悪趣味で分厚いコートをいかにも大儀そうにコート掛けにかける。彼ほどの本物の富豪ともなれば、誰一人として部下を連れず、一人で身の回りのことをなさねばならない秘密の時がある。そして今がそうだ。
 アラミ・ソソネミ。ロロリトが100億ギルの男ならば、彼はさしずめ90億ギルの男と言ったところか。
「酒を飲むだけと言ったら、歓迎するかい」
「たまにはそんな酔狂も悪くないね」
「そりゃいい、ただここのワインは……」
「好みに合わないかい、そうだろう、復興職人たちの余りだからね」
 全く生粋の商人だからね、あなたは。と言いながらオーケストリオンのボタンを押す。遅いテンポのピアノ曲がかすかに流れる。
「まあ、依頼なわけだが」
「そうだろう」
 冒険者ギルドを通せない、あるいはあえて通さないような依頼を、超一流の冒険者に直接依頼する。それがこの酒場の用途である。
「……私自身、どのような依頼を出せばいいのか思い悩んでいるのだ」
「おいおい、いくら私が凄腕だからと言って、ない依頼を完遂はできないぞ」
「まあ、聞いてくれたまえよ」
 ラベンが肩をすくめる。どのみちお得意様だ。一見なら蹴りだすところだが。

「君にもわかると思うが、エオルゼアのほとんどの人間が、ガレマール帝国に何らかの不利益を及ぼされてきた……政治的な持って廻った言葉遣いは、君にはやめよう。殺されたり、家族を奪われたり、兵役に取られたり、家を焼かれたりしてきた。だから、グランドカンパニーが他国と合同で進めるイルサバード派遣団事業に納得する人間は、ほとんどいない」
「そうだろうね」
「君もそうだろう」
「そうさ。ドマとアラミゴとボズヤとウェルリトを見てきたんだぞ、私は」
「だがね、結局のところ、だ…………ガレアンを一人残らず北の果てまで追い詰めて皆殺しにすることなど、出来はしないのだよ」
「そうかな」
「そうさ。誰もがそれをわかっているから、結局はどこかで手打ちにせざるをえない。今の手打ちをひっくり返すほどの大義も利益もありはしないということだ」
「もう一つあるだろう」
「そりゃある」
「光の戦士だ」
「彼の――――いや、彼を抱える”暁”の――――意向に逆らいうる武力などグランドカンパニーどころか、この世のどこにもないよ」
「飯に毒、月夜の闇討ち、湯に弓矢。全て酷い結果に終わったらしいね?」
「君ならどうだ」
「お断りだ。戦場で何度か肩を並べたことがあるがね――――彼はバケモノだよ。エーテルが人間の形をしていない」
「……だろうな」
「それが依頼だって言うんなら――――」
「まあ待て、そんな無茶を君に頼むわけがないだろう。ウルダハの商人にだって血も涙もある。長年の付き合いがある君を死なせちゃあ目覚めが悪い」
「そして寝入りはぐっすりだ」
「茶化してくれるなよ。どのみちそんな無理をして、コトがバレれば仲良くザル神の御許だ」
「そうだろうね」
「まあそして最初に戻るわけだ。私個人としても、ここで帝国にこう、キツイお灸でも据えなければ気が済まないわけだ」
「個人としても?」
「……わかるだろう。私ぐらいになれば大勢の部下がいる」
「ロロリトの十分の一ぐらいね」
「そうだ。彼ら彼女らも……内心心穏やかではいられない」
「でも大商人殿の本当の懸念はそこじゃあない」
「………………君にはかなわないな」
「革命は起きないよ」
「そうだ、起きない」
「難民キャンプは随分と小さくなった。アラミゴへの帰還事業も順調。ロロリトを筆頭とする共和派は女王様と共存路線を打ち出してる」
「だからこそ――――」
「紛れが起きうる。革命近し、となれば銀冑団も警戒する。仕掛ける側も組織化されてかかる。だからかえって察知しやすい。そうなれば流石に貧民の群れが王家に勝てるわけがない。しかし、そうはならないという絶望があれば」
「個人が暴発しうる」
「絶望で偽神獣が生まれたように」
「わからないな、君だってウルダハの大商人で、要は共和派だろう。なんたってあの女王を気にかけるんだい」
「大事なのはねえ、これから、なんだよ」
「まるで暁の賢者たちみたいなことを言うじゃないか」
「これまでの商売なんて、これからを考えたらちっぽけなものだよ。輸送ルート、人員、資源……何もかも帝国の侵攻という制限の元で細々とやっていた。グランドカンパニーどうしも一部、アウトロー戦区などで対立していたし、イシュガルドは鎖国していて、アラミゴは占領されていて、ひんがしの国とは交流が乏しかった……すべてだ。帝国が消滅することで全ての制限が取り払われた。これからの――――戦後の経済発展は凄まじい速度になる。このせいぜい100ギルのワインが――――」
「おいおい、このワインの定価は一瓶300ギルだよ」
「300ギルのワインが3千ギルになる―――そのぐらいの経済活性化が起きる。その時に、ウルダハがこれまで築いてきたリードなどごくわずかなものにすぎない。だから国内で対立、混乱を少しでも起こすわけにはいかない」「ウルダハ中の小銭を拾うかのごとく、全てのチャンスを掴むために」
「そうだ」
「それで私にどうしてほしいんだ。私はせいぜい形あるものを壊す殺すしかできん冒険者だよ。形もない絶望を何とかするというのは分を超えている」
「君に頼みたいのは足止めなんだよ」
「何の」
「イルサバード派遣団が撤退した後、帝国に残って残党どもを統治するのはどの国かわかるかい」
「そりゃあイシュガルドだろう」
「まだ外には出してない情報のはずだがね」
「考えればわかる。第一に、エオルゼア三国やアラミゴやドマに統治させては”現場判断で”苛烈に偏る危険がある。イシュガルドは派遣団の中じゃ一番帝国の被害が少ない国だ。第二に、雪中での生活ノウハウにも長けている。第三に、派遣団の中で一番青燐水や魔動機の取り扱いに慣れている。第四に、国内に蛮族……いま蛮族って言うの禁止なんだっけか。蛮族を抱えていない上に竜詩戦争による軍拡で余剰兵力を抱えている。これでイシュガルドがお世話係じゃなきゃ嘘だ」
「……君はどうして、頭のほうも回るようだね?」
「無理やっこ回してる……回るようにしてるのさ。なんせ森の生まれなんでね、まずは書き取りからヒイヒイってなもんだ。表の本はまるっきり飾りってわけでもない」
「なるほど。まあともかく、このままいけばイシュガルドは帝国の技術と資源を丸ごと飲みこむことになる」
「そうなれば逆転されると思っているのかい。この雪国に」
「そうだ。不毛さでいえばウルダハと変わらんよ。雪が砂になるぐらいのことだ。人がいて、技術があって、資源がある。十年後にはイシュガルドがウルダハを抜く……十二分にあり得ることだ」
「まあ言いたいことはわかるよ。そして各国首脳たちは平和ムードで利権の切り分けや勢力均衡なんて何も考えてないと」
「そうだ」
「それでウルダハ国内は共和派がなんとか治めると?」
「そうするさ。結局のところ、平和の配当を得る時期が来たということだ」
「……わからないな」
「何がわからないんだい」
「あのロロリトが、君の言う程度のことを考えていないわけがないだろう」
「ロロリトは困らないのさ。どの国が栄えたってそこが彼の草刈り場になる。我々のような中小商人はそうはいかない」
「そういうものか」
「そういうものさ」
「まあ言いたいことはわかった。しかし足止めって言うのはどういうことだい。イシュガルドに槍を向けるなんてことは流石にお断りだよ」
「要は、イシュガルドが帝国の資源か技術を吸収できないようにすればいいのさ」
「青燐湖に火でもかけるかい」
「そんなことをすれば目立ちすぎる。それに青燐水は他所でも採れるからね」
「じゃあ人のほうかい」
「そうだ、人のほうさ」
「誘拐かい」
「最初はそのつもりだったさ。しかし現地に足を運んでみれば、思ったよりも生き残りが少なかった。あれでは知らない人間が現地入りすれば目立つどころの話じゃないだろう。それにどこからともなく現れた英雄サマに嗅ぎつかれちゃコトだ」
「ふむ」
「だから、納得づくでのご招待さ。御大層な愛国心も、皇帝ゾンビやら同士討ちやらで随分傷ついたと見える。女を美しい時だけ愛する都合のいい男のように、やつらは母国が調子いい時だけ愛国者なのか確かめてやろうじゃないか。我々は暖かい国での酒、金、女、娯楽、なんでも約束する。家族連れももちろん許そう。研究に必要な金だっていくらでも出してやる。その代わりに一日に八時間、ウルダハに魔導技術を根付かせるために働いてもらい――――ウルダハを出ることなく一生を終えてもらうがね」
「ゴールドソーサーぐらいは許してやりなよ」
「君がガレアンに慈悲をかけるとは、明日はいったい何が起きるんだい? ともかく、我々は彼らを誘惑するつもりさ」
「ヴォイドゲートからチラチラ見えるサキュバスの尻尾のようにかい」
「そうだ。そして君は我々を護衛さえしてくれればいい。獣や主を失った魔導機械、あるいは諦めの悪い残党の分派からな」
「なんだ、依頼がまとまったじゃないか」
「そうだ……結局のところ、必要なのはそれだけだったな」
「いいことじゃないか。私のような、人を壊すしか能のない冒険者なんて、手持無沙汰なぐらいがちょうどいい。死んでいった仲間たちに見せたかった、というほど情に厚いわけじゃないけどね」
「……そうだな。君はどうする。この酒場を通す依頼は、間違いなく減るだろう。もし――――」
「なくなりはしないさ。人が人である限りね。尻尾があろうがなかろうが、背が高かろうが低かろうが、男だろうが女だろうが、人の手は剣を握れる形をしているのだから」
「……そうだな。じゃあ、そろそろお暇させてもらうよ。依頼の具体的な報酬や内容、日程は追って――――」
「いつもの執事さんから受け取ればいいね」
「そうだ。それじゃあまた」
「ご来店ありがとうございました」

 書庫に見せかけた回転ドアがバタンと閉じる。
そうだな、もしこの酒場に平和という名の閑古鳥が鳴くようなら――――かえって普通の店にするのも悪くないかもしれない。


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