中島らも『お父さんのバックドロップ』を読む

中島らもによる連作短編集。いずれも、10歳前後のこどもと父親との関係を描いた児童文学/ジュブナイルである。「お父さんのバックドロップ」「お父さんのカッパ落語」「お父さんのペット戦争」「お父さんのロックンロール」の四編からなり、それぞれの「お父さん」は、悪役プロレスラーや売れない落語家などだ。

児童文学というと、「こどもむけのおはなし」というイメージが強い。しかし、それは誤りである。河合隼雄がいうように、児童文学とは、「こどもの目を通して見た世界を描いた物語」である。必ずしも、こどもだけに向けて書かれたものではない。そのため、優れた児童文学はおとなが読んでも十分におもしろいのである。

本作の四編も、こどもの目を通して見た世界が描写されている。いずれも三人称で書かれてはいるが、視点、視座はあくまで子どもの高さにある。こどもが読めば深い共感をもつことだろう。そして、おとなが読んでも、十分に楽しめるものとなっている。

なかでも傑出しているのが表題作「お父さんのバックドロップ」だ。悪役プロレスラーの父親と、それを恥ずかしく思う息子との葛藤が描かれている。その父親が一念発起して、著名な空手家と「真剣勝負」をする、という内容だ。

ストーリーがとてもよくできていて、感動的である。だが、それだけではない。おとなの視点で物語をさらに俯瞰してみると、「これはもしかしたら、真剣勝負のふりをしたプロレスではないか?」という疑問が浮かんでくる(現実のプロレスでもたまにあることだ)。そして、「かりにそうだとしても、それでよい」と思わせる。小説全体が、「プロレス的構造」になっているのだ。プロレスを深く愛する中島らもの真骨頂といえるだろう。

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