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横溝正史『貸しボート十三号』とアガサ・クリスティ『ヒッコリー・ロードの殺人』を読みました

 ※ご注意
『貸しボート十三号』ならびに『墜ちたる天女』のネタバレがあります。ほんの少し『マギンティ夫人は死んだ』の筋書きにもふれています。『ヒッコリー・ロードの殺人』についてはトリックや犯人に関する記述はしていません。

  以前、なにもわからずに図書館で『金田一耕助の帰還』(『貸しボート十三号』等の原形の作品が掲載された短編集)を読んでいたので、あらすじやトリックは大雑把に覚えているから楽しめるかなぁ、と不安になりつつ読みました。杞憂でした。なんなら私の記憶力が大したことなかったということまでもが暴かれてしまいました!金田一先生!本人も気づかないふりをしていた事実まで明らかにするのはご勘弁ください!この調子なら同じ理由で手を出しあぐねていた『壺中美人』なども問題なさそうです。近日中に書店か図書館に走ろう。
  最悪なピタゴラスイッチだな、というのが全体を通して読んだ感想です。なんもかんも悪い方に転がってしまって。真犯人(この表現が妥当かは一考の余地あり)の駿河くんだって被害者ですよねこれ。大木夫人に強引に関係を迫られたわけで、これは夫人による駿河くんへの性的暴行と言っても過言ではないのでは。そして無茶苦茶を言う夫人に矢沢くんが意見しても「意見すればするほど相手がいきり立つ」のは想像に難くない。そういう人いますよねヒステリックな。まだ若い大学生にそんな人の説得は荷が重いよ。しかもほぼ初対面で。まぁ諸悪の根元は汚職に浮気に好き勝手して家庭を顧みなかったおっさんですが。なぜ彼は被害者ヅラをしているのか。役所における金銭絡みの汚職ってことは納税者全員被害者ですからね。とりあえずこの家庭に一人残された娘さん(しかも受験生!)に適切なケアがあることを祈ってます。
  それから神門貫太郎氏が金田一先生のパトロンになるきっかけの事件の筋書きっておおよそアガサ・クリスティの『マギンティ夫人は死んだ』ですよね?横溝版アガサ・クリスティ!読んでみたいなぁ!『金田一耕助語辞典』(木魚庵)によるとこれは語られざる事件の一つだそうです。ということはどなたかがパスティーシュなさらないと読めない訳ですね。とりあえずムッシュ・ポアロには我慢ならなかったカオスな民宿も、金田一先生なら平気のへいざで適応しちゃいそうだなぁと。横溝正史版アガサ・クリスティといえば先述の『金田一耕助語辞典』によると『女の墓を洗え』という『杉の柩』に着想を得た作品の構想もあったそうで、非常に興味深いですね。
  それから、『堕ちたる天女』の犯人はまことに悪いやつでしたね。犯人はみんな悪いやつですけど。被害者たちの気持ち(愛情や信頼など)が虚仮にされていていたましい。せめて動機が被害者への怨恨とかならまだ腑に落ちないでもないですが(ダメだけどさ)、それでもなく金銭目的なのですよね。被害者の人格をお金で踏みにじっているわけですから……。貴様ァ!責任から逃げるなァ!悪鬼!って私の内なる炭治郎くんが叫んでますよ。(アニメ『鬼滅の刃「刀鍛冶の里編」』大変素晴らしかったですね。)そりゃ流石の金田一耕助も(せっかく等々力、磯川両警部がそろっているのに)お酒あおって寝たくなりますよね、やりきれないもの。

  アガサ・クリスティ『ヒッコリー・ロードの殺人』も読みました。アフリカ出身の留学生アキボンボさんの知的で優しい人柄が好きです。彼の登場シーンでは、親切心で警部にお祖父さんが使っていた呪術をダメ元で試しにやってみましょうかと提案するくだりが特に気に入りました。母国の文化を蔑ろにしない姿勢に好感がもてます。まぁ警部が内心で国の威信をかけて解決する羽目になっていて苦笑しましたけど。『動物のお医者さん』(佐藤倫子)の漆原教授に呪具目的で追い回されそうな人だなぁ……。あの教授返してくれないだろうから渡しちゃダメだよ~。
  冒頭のポアロの生活に関する記述も楽しく読みました。完璧な召使ジョージと完璧な秘書のミス・レモンに囲まれて、最高に秩序だった暮らしができて嬉しい!までは理解できるんです。ただ、「いまやホットケーキ(クランペット)は丸くも四角にも焼かれて、彼は何一つ苦情を言うべきことがなかった。」というくだりを読んで、四角いホットケーキってなんだよ~大袈裟だなぁ~几帳面も度を越してるよ~とニヤニヤしたんです。が直後、いや、私が知らないだけで訳者さんがフリガナでクランペットとわざわざ示してくれたということはイギリスには四角いホットケーキ様のお菓子「クランペット」とやらがあるのかもしれない。無知を棚上げして笑っちゃいかん、とクランペットを画像検索すると、どんなにスクロールしてもみーーーんな気持ちいいくらいまんまるで、誰もいない部屋で「丸いやないかい!」と思わず口走ってしまいました。よかった、この描写は筆者の遊び心であってた。ムッシュ・ポアロ、やっぱり几帳面が過ぎます。


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