冬の海

 家の前の坂道に出ると遠くに海が見える。車だと10分少々で一番近くの海沿いに出る距離だが、ここは山に近く海まで高層の建築物がないので遠くまでよく見渡せる。朝のごみ出しの際にいつも見る景色なので殊更に感動はないが、雨上がりの今朝は海が白く煙ったように輝いて見えていた。

 夜半は雨音が気になって何度か目が覚めた。早朝に出勤した夫も同じだったらしい。夫が家を出る頃には雨が上がっており、傘も持たずに家を出て行った。
珍しく時間通りに登校した子供たちの後を追うように急いでごみをまとめて家を出た。12月とは思えないぬるく湿った空気が辺りに満ちていた。今日は場所によっては20度を超えるらしい。クリスマスを間近に控えているとは思えない気温で、人によっては上着を着ずに出勤しているだろう。

 海は坂道の両側に植えてある桜の木々をフレームとして絵のように収まっていた。雨上がりの為雲が分厚く幾重にも重なっており、海上には靄が出て朝日が乱反射していた。淡く黄色に輝く太陽が乳白色の雲の向こうから照らして海がいちめんに光をたたえて、湾から少し離れて浮かんでいる巨大な船や人工島に建つ大きな工場が亡霊のように黒っぽく浮かび上がって、影絵を見ているようだった。

 濡れ落ち葉を踏みしめながらごみ置き場まで坂を下り、鴉に荒らされないよう注意深くネットにごみ袋をしまう。顔をあげて海を少し眺める。すぐ脇を登校中の小学生たちが駆け抜けていく。軽く手をはたいて、また元の坂道を登った。昨日までの頭痛は朝には治まっており、あれだけ苛々していた昨日までとは自分が全く違う生き物のように感じられた。久々にゆっくりと自分の朝食でもとるかと家の扉を開けると、忘れ去られた子供の名前入りの水筒が1本ぽつんと残っていた。


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