真にまともな人、世の中にどれくらいいるのか

ク、クレカって怖いメウ…

みなさん、日常生活でよく、「まともだ」とか「まともじゃない」という言葉を使うと思う。
今回なんとなく風邪を引いた頭で考えてたら止まらなくなったので書いとこうと思う。

「まともな人」を考えるとこれが案外むつかしい。
だから「まともじゃない人」を考えていこう

まず色狂い。恋とか愛に絡まれている人間ってのは大抵おかしい。側から見たら明らかに離れた方がいい人間と一緒に居続けたりする。あとは普通の人は他人の前で服を脱がない。まともじゃない

音楽をやっている人間。より詳しく言えば音楽で生計を立てようとしている人間。まともじゃない。冷静に考えたら、もっと確実に生きていける方法が山のようにあるはずだ。これは音楽が楽しすぎるのが悪い

自分は悪くないとずっと思ってる奴。これもなかなかまともじゃない。普通に考えたら人とうまくやっていく方法ってのはどこかでどちらかが折れる、という作業を無限に繰り返すことだとわかるはずだ。要は機嫌を取れよってこと。そして稀に、「自分は全く悪くない」、といって「ちょっとは悪いかも」という思考にマジで行きつかない人間がいる。そういう奴はこっちが折れても気づかないし、謝りもしない。甘やかされてきたんだろうなと感じる

とまあ色々いる。この多くの像を取り除いていく中で、真にまともな人間とはどういう人間なのだろうか。適度に音楽をやり、適度に交友関係を持ち、適度に運動をする。

考えていて、なんてつまらない人間なんだと思ってしまった。

厄介なのはここに、「隠す」というベールがかかってくることだ。「会社には内緒で音楽をやってる」「誰にも言ってないけどセフレが20ダースいる」「借金まみれだけどお金持ちのふりする」等々

まともな人間は他人の前で服を脱がない。まともな人間は他人に言えないことなどない。まともな人間は過激な思想など持ち合わせていない。多分だけど、あなたが思う社会偶像的な「まともな」人間っていうのは、意外と身の回りに少ない

結局社会と人生の中におけるステータスの引き算な上、隠し事がない人なんて中々いない。こうなると、「皆が感じるまともな人」とは「まともに見せてる人」だと思うんだ、僕は

このクソつまらない話にどういうオチをつけるかっていうと、あらゆる場面で呟かれる「お前まともじゃないよ」っていうのはそんなことないよ、ってこと。人と恋に落ちた時点でもうまともじゃない。人と違う道を進んでもそれはまともじゃない

皆偶像、理想像として「まともな人」っていうのを持っているのだろうけど、そんなものはこれっぽっちも役に立たない。本当に、人と同じ人、っていうのはいないんだと思う

そうやって過去の自分を肯定しようと思いましたが無理でした。おれがわるい。Mr.マングースの曲に「まともじゃない」っていうめちゃくちゃいい曲があるので、みなさんもこれを機に色々考えながら聴いてください。あと20ダースは多すぎた


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