finalvent読書会『ゴリオ爺さん』 ゴリオは「爺さん」なのか?

『ゴリオ爺さん』のオリジナル・タイトルは ”Le Père Goriot” であり、Père は「父」という意味なので、そうであれば、このタイトルは『ゴリオ父さん』と翻訳できないでもないということがわかる。そしてその含みは、第一章の次の部分から明らかになっている。レストー夫人(ゴリオの長女)の家ラスティニャック(ウジェーヌ)が切り出す会話から。なお、人物紹介を引用に補足する。

「それよりもっと驚くことがあるんです」ウジェーヌは小声で囁いた。
「なにかしら?」彼女(レストー夫人=ゴリオの長女)はすぐに聞き返した。
「それがですね」学生(ウジェーヌ・ラスティニャック)は言った。「ぼくはさっき、こちらのお宅から同じ下宿で隣に住んでいるひとが出ていくのを見かけたんです。老(ペール)ゴリオというのですが」
「父(ペール)」という語を伴ってその名前が出た途端、炉を掻きまわしていた伯爵が、火傷でもしたように手から火鋏を落とした。そして立ち上がった。
「どうしてでしょうね、ゴリオさんとも言えたでしょうに!」彼は叫んだ。

光文社訳

ここでは、pèreが「老」と「父」とに訳し分けられている。手元のLe Dicoを引くと、5番目の意味に、「爺さん」とあり、「年配の人の名前につける」として Le père Louisの例が載っている。なので、『ゴリオ爺さん』という訳は意訳ではない。ちなみに、le père Noëlはサンタクロースである。

文法的に重要なのは、Le Père Goriotの定冠詞の用法で、Bartleby, the Scrivenerと類似の構文で英語的にすれば、Goriot, Le Père(ゴリオその爺さん)であろうか。

ちなみに、原文と試訳を添えておく。

– Plus que vous ne le croyez, dit à voix basse Eugène.
– Comment ? dit-elle vivement.
– Mais, reprit l’étudiant, je viens de voir sortir de chez vous un monsieur avec lequel je suis porte à porte dans la même pension, le père Goriot.
 À ce nom enjolivé du mot père, le comte, qui tisonnait, jeta les pincettes dans le feu, comme si elles lui eussent brûlé les mains, et se leva.
– Monsieur, vous auriez pu dire monsieur Goriot ! s’écria-t-il.
「あなたが思っている以上にね」とユージンは低い声で言った。
「どうしてですか」と彼女は勢いよく言った。
「いえね」、学生は続けた、「私はちょうどあなたの家から出る紳士に会ったところだったのですよ。で、その紳士は、同じ下宿の別室で暮らしている、ゴリオの親父さんですよ」
 この「親父さん」という言葉で飾られた名前に、火をかき回していた伯爵は、まるで手を焼いたかように、火鋏を火の中に放り、そして立ち上がった。
「あなたね、あなたは、『ゴリオさん』と言えたでしょうね!」彼はどなった。

いかにも最適なシーンで、「爺さん」と「父親」という意味を原文が重ねているのがわかる。

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