見出し画像

スナック忘れな草~伝説のレース・2024ニュージーランドトロフィー注目馬

トップ画像引用:第3回中山競馬イベント


■ 逃がした魚

2024年4月2日(火)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-

「死んだ子の年を数えるようで情けねえが、ローシャムパークからの馬連を押さえてなかったのは痛恨だよなあ・・・」

タコ社長はそう言って、右手人差し指でカウンターをコツコツと叩いた。ひとつ叩くたびにメダカは金魚に、金魚はフナにと大きくなっていくようだ。逃がした魚とはそういうものなのかもしれない。

「せめてローシャムパークが頭だったら・・・ですね?」

マスターがタコ社長に同情するような視線を向けて言った。タコ社長は黙って頷いた。

タコ社長は日曜日、発走直前にローシャムパークの単勝をたんまりと買い増ししていた。一時は一番人気だった同馬の単勝オッズが、締め切り直前には3番人気へとなり、妙味を増していたからだ。

ローシャムパークは3着ルージュエヴァイユとはハナ差だったが、勝ち馬ベラジオオペラともクビ差の接戦だった。展開ひとつでどうにかならなかったかと、恨み節が出ようというものだ。

■ 時を戻す

「あらあら、なんだか生臭いわね、この店は」

顔の前で手をひらひらと振りながら、入って来たのは立ち飲み処UEGOMORIのキャロラインママだった。

「タラだとかレバだとか、どうせそんな話をしてたんでしょ?」

生臭いとは食べ物のタラとレバーのことを言っているらしい。タコ社長はキャロラインママのほうを向き、口を開き何かを言いかけたがやめた。確かにタラレバの話をしていたという自覚があるのだろう。

「ずいぶん惜しかったらしいじゃない、大阪杯?」

キャロラインママはマスターのほうを見て言った。買い方ひとつでなんとかなったレースですと、マスターが力なく応じた。

ソールオリエンスを対抗に据えたまではよしとして、本命馬ローシャムパークから印馬への馬連を押さえておかなかったのは確かにまずかった。ベラジオオペラもルージュエヴァイユも、しっかり印を回していただけに、だ。

「だいたいは風の噂で聞いたんだけど、レモンポップからの推理が入ってたようね?」

ギョニ子の左に座ったキャロラインママは、ギョニ子と真一郎のほうを見て言った。ギョニ子が右隣りを見たので、真一郎が代表して答えることになった。

「昨年のフェブラリーステークス覇者レモンポップ。鞍上だった坂井瑠星が高松宮記念を勝ちました。そこから、今度はレモンポップを管理する田中博康、つまりローシャムパークが勝つのではないか。そこがスタートでした」

なるほどねえとキャロラインママは軽く頷き、ドラゴン桜の部分なども説明しようとする真一郎を手で制した。左手の指先を右の脇に挟み、右手は顎を支えるようにしている。そして、左右のハイヒールで交互に床を蹴りながら、座っている椅子で回転を始めた。

コツン、コツンという音の間隔が次第に短くなり、回転するスピードも速くなっていく。回転の方向が反時計回りなのは、時を戻すということを暗示しているのだろう。これ以上スピードを早めたら溶けてバターになってしまうのではないかというところで、床を蹴る足がピタリと止まった。

椅子は惰性で10秒ほど回転し、キャロラインママがちょうどタコ社長を見るような位置で止まった。

「悪く思わないでね・・・戸崎のほうは2着でよかったのかもよ」

タコ社長がローシャムパークの単勝をしこたま買っていたことを知っていれば、さすがにタコ社長のほうを見てそうは言わなかったであろう。しかし、一旦出された言葉はそのままタコ社長の顔面を直撃した。タコ社長の顔がみるみる赤くなっていく。両手は拳固のかたちになり、怒りをにじませている。

静かに首を振り余計なことはするなというマスターの動きがなければ、タコ社長はキャロラインママに掴みかかっていたかもしれない。

ドアを開ける瞬間、後ろを振り返りキャロラインママは言った。

「桜花賞だけが重賞じゃないでしょ?」

■ キャロラインママの挑発

ドアが完全に閉まったのを見て、タコ社長は両方のこぶしを力任せにカウンターに叩きつけた。ドスンという音がし、もう少しで眞露の水割りが入ったグラスが倒れるところだった。

「あのオ〇マ野郎!!何が戸崎は2着でよかっただ!!こちとら虎の子の金はたいて勝負してたんだ!・・・っくしょうっ!!」

麗子ママやマスターがなだめたがタコ社長の怒りは収まらず、今日は先に帰るぜと店を出て行ってしまった。

タコ社長のグラスを片付けながら、マスターが言った。

「キャロラインママが何の考えもなしにあんなことを言うとは思えません。戸崎は2着でよかった。桜花賞だけが重賞じゃない・・・何か掴んでいるのでしょうね」

タコ社長が激高した直後ということもあり、検討する雰囲気にはならず、その後は軽い雑談タイムが30分ほど続きお開きとなった。

■ 611号室のほうは

2024年4月3日(水)午前8時30分
-東京都某区 真一郎が勤務する病院-

時計が8時半を差したのを確認し、リハビリ科の科長が今日の注意事項を述べ始めた。最近寝不足気味である真一郎は、言われている患者が自分の担当ではないこともあり、しっかりと聞いてはいなかった。

「・・・・・では、今日も一日事故がないようにお願いします」

その言葉を聞いて、ふとデジャブのような感覚に襲われた。とっさに、隣にいたスタッフに今科長がなんと言ったかを確認した。

「え?聞いてなかったのかよ?・・611号室の患者は今日からリハビリしていいそうだよ」

真一郎の病院では、先週のなかばからコロナ陽性患者が2名発生していた。そのうちのひとりは、症状が治まったので今日からリハビリを再開してよいという知らせだったようだ。

「いや、それはだいたいわかったんだけど、科長が言った言葉そのものを詳しく知りたくて・・」

問われたリハビリスタッフは、質問の意図するところが不明なため怪訝そうな顔をしたが、なんとか科長の言葉を思い出し再現してくれた。

「ええと、『611号の患者のほうはリハビリ開始の許可が出ました』・・だったかな?ぴったり同じじゃないとしても、だいたいそんなところだよ」

そう言い残すとリハビリスタッフは去っていった。真一郎は、デジャブと感じた場面を必死に頭の中で手繰り寄せた。キャロラインママだ。最初の患者のリハビリ開始まで時間があまりないので、とりあえず付箋に片仮名で「キャ」と書いて丸で囲み、上着のポケットに入れてあったスマホに貼った。

スマホは、男子更衣室の自分のロッカーにしまう。先月から、業務時間中のスマホ操作が厳禁となり、昼休み以外はロッカーに入れておくことが言い渡されていたのだ。

■ 戸崎のほうは

午後12時45分、真一郎の昼休みが始まった。業務規程上は12時半からが昼休みだが、嚥下障害がある患者をみることが多い真一郎は、10分から20分ほど昼休みが削られることが多かった。

ロッカーからスマホを取り出し職員休憩室へと行く。適当な席に座りスマホを見ると付箋が貼ってある。朝礼の際に感じたデジャブのことはすっかり忘れていた。

ええと、「マルキャ」ってなんだ?・・・そうか朝礼のときの科長の言葉が、キャロラインママが昨日言った言葉を思い出させたのだった。

611号室の患者のほうは・・・だったな」

細かいようだがここが重要だ。「611号室の患者」ではなく、「611号室の患者の”ほう”は」なのだ。

「戸崎の”ほう”は・・」

そうだ。確かにキャロラインママはそう言った。「戸崎は」ではなく「戸崎の”ほう”は」だ。キャロラインママが出て行ったあと、興奮していたタコ社長が「何が戸崎は2着でよかっただ」と言った。そのことが、水性ペンで書いた文字が水でにじむように、記憶を少し曖昧にさせていたのだろう。

朝の科長の言葉に戻る。「611号室の患者ほうは・・・」という表現は、「〇〇〇号室の患者はまだリハビリしてはいけないが」という前提があってのものだ。

「Aはこうだが、Bの“ほうは”こうだ」。ふたつ以上のものを明確に区別したいという意図が感じられる。

ならば、キャロラインママの「戸崎の“ほうは”2着でいい」という表現も、「坂井瑠星は1着でいいが」という比較対象があり成立するものとなる。

坂井瑠星は1着でいいが、戸崎のほうは2着でいい。そして、桜花賞だけが重賞じゃない・・・今週、桜花賞以外の重賞はニュージーランドトロフィーと阪神牝馬ステークス。いずれも土曜日だ。

真一郎は、どんどん残り少なくなっていく時間を気にしながら、スマホを操作して高松宮記念と大阪杯の結果を調べなおした。坂井瑠星と戸崎が重要なのだろうか?

待てよ、坂井瑠星のマッドクールは外国産馬。一方戸崎圭太は地方競馬の南関出身だ。外国馬、地方・・・ニュージーランド・・・

その時、暗闇の中でかすかに細く長い糸が見えたような気がした。真一郎は、その糸が切れないように、慎重に慎重にゆっくりと手繰り寄せた。

外国馬、地方出身馬、馬番・・・

・・・・・・・・!!!

これだ!と腑に落ちるものがあり、真一郎は思わず椅子から立ち上がっていた。勢いがつき過ぎて、椅子がガタンという音を立てて後ろに倒れた。テーブルに突っ伏して仮眠を取っていたスタッフが何事かと顔を上げ、真一郎のほうを向いてチッと舌を鳴らした。

顔の前で手刀を切りながら軽く会釈し、真一郎は詫びた。そして、急いで自分専用のマグカップに、濃いブラックコーヒーを3分の1ほどの量にして作り、すぐに飲めるよう水で薄めた。グビリグビリと3口ほどで飲み干すと、急いでパソコンがある部屋へと向かう。午前中のリハビリ記録を入力するためだ。昼休みなど取っている場合ではない。業務終了後すぐにスナック忘れな草へ向かわなかければ―

■ 伝説のレース

2024年4月3日(水)午後6時20分
-東京都某区 スナック忘れな草-

真一郎がマスターにあらかじめメールしていたこともあり、スナック忘れな草にはいつもの常連がすでに揃っていた。軽く息を弾ませながら座った真一郎を見て、みんなは彼が急いできてくれたことを理解した。

「ええと、キャロラインママの言葉を覚えていますか?」

真一郎はさっそく本題に入った。

「『戸崎の“ほうは”2着でいい』・・こう言ったんです。『戸崎は2着でいい』ではなく、『戸崎の“ほうは”2着でいい』。ここが重要です」

そして、坂井瑠星と戸崎をセットで考えることが大事だと自論を展開した。

高松宮記念
(外)マッドクール 1着
(坂井瑠星)

大阪杯
ローシャムパーク 2着
(戸崎圭太→地方競馬出身・田中博康)

「レモンポップで繋がれる坂井瑠星マッドクールとローシャムパーク田中博康。マッドクールは外国産馬、ローシャムパークの戸崎圭太は地方競馬出身。これを・・・」

みんなが口を挟まず真剣に聞いている。真一郎は続ける。

外国馬が1着、マル地、つまり地方競馬出身馬が2着と変換します」

みんながうんうんと頷いた。

「さあみなさん。マッドクールと先週の戸崎の2重賞、馬番を覚えていますか?」

即答したのはやはりマスターだった。真一郎が言わんとしていることを理解し、口元には笑みをたたえている。

すべて2番・・・でしたね?」

高松宮記念
1-(02)(外)マッドクール 1着

ダービー卿CT
1-(02)パラレルヴィジョン 1着

大阪杯
1-(02)ローシャムパーク 2着

真一郎とマスター以外の3名があっと声を挙げた。タコ社長が叫ぶ。

2分22秒2!!ホーリックスとオグリキャップのジャパンカップだな!」

ギョニ子が、声の大きさでは負けないとばかりに続いた。

「しかも枠連の2-2だったわね!!凄いわ、しんちゃん!!」

麗子ママも続いた。

「そして1着ホーリックスはニュージーランド調教馬。2着オグリキャップはニュージーランドトロフィーの勝ち馬。つながったわね?」

1989/11/26(日)ジャパンカップ
1着:2-02  [外]  ホーリックス 2分22秒2
2着:2-03(地)オグリキャップ

1988 NZT4歳S
オグリキャップ

■ ベゴニア賞

「さあしんちゃん、こっからどう料理するんでい!?」

タコ社長が興奮した様子で言った。いつもくろたんが座る右隣の席あたりまで身を乗り出している。

「オグリキャップのニュージーランドトロフィーも要注意でしょうが、ジャパンカップの日付に注目しました。実は、ホーリックスのジャパンカップと、昨年のジャパンカップ。日付が同じなんです」

1989/11/26(日)ジャパンカップ
1着:2-(02)ホーリ(ックス
2着:2-03 オグリキャップ

2023/11/26(日)ジャパンカップ
1着:1-(02)イクイノ(ックス
2着:1-01 リバティアイランド

みんながおおという歓声を挙げた。

「ホーリックスのときは2-2のゾロ目。イクイノックスのは1-1のゾロ目。勝ち馬が2番で末尾が『ックス』。符号するところが多いです」

「ニュージーランドトロフィーは3歳馬限定戦。登録馬の何頭かは、昨年のジャパンカップ当日に出走している可能性がありますね?」

マスターが尋ねると、真一郎が大きく頷いた。

「さすがです、マスター。イクイノックスのジャパンカップ当日に走った馬が2頭います」

ニュージーランドトロフィー登録馬

11/26(日)※JC当日
東京02R
ユキノロイヤル 4着

東京08R ベゴニア賞
オーサムストローク 1着

「なるほどなあ。4着馬と1着馬なら、断然1着馬のオーサムストロークだな?」

タコ社長が言った。ギョニ子が続く。

「それだけじゃないわ!レース名がいいじゃない?ベゴニアべゴ・・・牛があるわ!もう終わったイベントだけど、中山競馬場で牛乳を配るイベントがあったわよね?」

第3回 中山競馬イベント

タコ社長がそう言えばと膝を叩いて言った。

「ええと、先週のアリエスステークス。意味は確か牡羊座だったよな?牡羊座の次は牡牛座・・・なんてことはねえか?」

自信なさげな一言だったが、麗子ママが即答した。

「ビンゴよ、社長さん!牡羊座の次は牡牛座!。アリエスステークスがあり、牡羊座の横山和生騎乗のベラジオオペラが勝った翌週に牛・・・いいかもしれないわね」

ここで、それまで黙っていたマスターがとどめを刺した。

「しんちゃん!ホーリックスとオグリキャップのジャパンカップ。このレースこそが『牛』を示唆していますよ!」

1989/11/26(日)ジャパンカップ
1着:2-02 ホーリ(ックス
2着:2-03()グリキャップ

「オグリキャップの頭文字『』とホーリックスの末尾文字『ックス』で『オックス』・・・『オックス』はズバリ『牡牛』という意味です!!」

みんながおおという歓声を挙げた。真一郎がダメを押す。

「ニュージーランドの『ニュー』と『牛』で『牛ニュー』ですね!」

みんなはまずマスターに対し、そして次には真一郎に対し拍手を送った。満場一致で、スナック忘れな草のニュージーランドトロフィー注目馬が決まった。

スナック忘れな草
NZT 注目馬
オーサムストローク
ベゴ)ニア賞 勝ち馬

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?