スナック忘れな草~殺人狂時代・2023神戸新聞杯~
当小説について
この小説では実際にあった殺人事件に言及していますが、それは小説上の演出であり、被害者や関係者など、特定の人物を誹謗中傷するものではございません
トップ画像 引用元:Wikipedia 殺人狂時代
■ 朝の呼び出し
2023年9月23日(土)午前9時
-東京都某区 袴田バネ工場-
袴田バネ工場の3代目社長であるタコ社長こと袴田大作は、念のため工場を見回りに来た。今週、今月で一番の大口の納品を完了させさたので、土日は全工員に休みを与えていた。工場内が綺麗に整理整頓されているのを確認すると、戸締りをして外へ出た。
「最近はみんな綺麗に後片付けをしてくれるから、小言を言う機会がなくなっちまったぜ。ま、いいことなんだがな・・」
そう独り言を言いながら、足はスナック忘れな草へ向かっていた。朝早く、マスターから神戸新聞杯の見解を聞いてくれないかと電話があったのだ。ギョニ子やしんちゃんがいない時間帯に呼び出したということは、何か訳ありなのだろう。
永遠に続くのではないかと思われた今年の暑さも、秋の彼岸を迎えさすがに落ち着いてきた。爽やかな風を感じながら、タコ社長は店へと向かった。
■ 3本のナイフ
スナック忘れな草の扉を開けると、マスターはカウンター内で刃物を研いでいた。ペティナイフ、三徳包丁、氷包丁の三本だ。
「あ、失礼しました。社長さんが来る前には終わらせる予定だったのですが」
マスターはそう言って、最後の一本をタコ社長の前で仕上げた。
「マスター、俺に対して嘘は言いっこなしだぜ。俺が来るのをわかってて刃物を研いでいた・・・だろ?」
「いやあ、これは一本取られましたね。その通りです。今週の神戸新聞杯は、3本のナイフが鍵を握っていると考えています」
「3本のナイフが?そりゃ物騒じゃあねえか」
「3つの殺人事件と言い換えてもいいでしょう。内容を聞いてもらえば、今日子ちゃんやしんちゃんが来る前にお話ししたことがわかってもらえると思います」
マスターはそう言いながら、タコ社長の眞露のボトルを右手に持ち、タコ社長のほうをうかがった。
「いや、さすがにちょっと早いかな?コーヒーが飲みてえや」
「かしこまりました」
マスターはコーヒーを二人分用意すると、タコ社長のひとつ右に座った。カウンターにはパソコンが用意されている。これから始まるプレゼンの内容が書き込まれているのだろう。
■ 藤川と2頭のジョージ
「ひとつめの殺人事件に触れる前に、今週のキーワードを説明します。『藤川』と『37』です」
そう言ってマスターは、今週アップされた新しい即パット宣伝動画を流した。4本あるうちの「御一行篇」だ。
「俺もその動画は一通り見たんだけどよう、なんだかよくわからなかったぜ」
動画を見終わってタコ社長が言った。マスターが説明する。
「『藤川』という具体的な宿場町の名前はわかりますよね。そして江戸から『37』番目であることもテロップに書かれています。この動画ですが、サムネで見るとちょうど『37』秒になっているのです」
「本当だ!『37』を強調しているわけだな?」
「そうなんです。そうなると当然、今週の2重賞の第37回がどういう結果だったか気になりますよね?」
第37回 オールカマー
[地]ジョージモナーク
第37回 神戸新聞杯
オサイチジョージ
「なんじゃこりゃ!ジョージモナークとオサイチジョージ。いずれもジョージってわけかい?」
「偶然にしてはできすぎですよね。そして、これはくろたんからの情報で知ったのですが、スプリンターズSのCMに出てくるデュランダル。あの馬が勝ったスプリンターズSも、
第37回なんです」
「へえー。俄然興味がわいてきたぜ!続けてくんねえ!」
■ 女装と刃物
「デュランダルの馬名意味を調べてみました。デュランダルは、中世の叙事詩『ローランの歌』で、主人公の英雄ローランが使う聖剣の名からきているそうです。つまり刃物です」
「なるほど」
「そして、神戸新聞杯の裏メインがオールカマー。よく言われることですがオールカマーには『オカマ』があります。まあ、今はいろいろうるさいので『オカマ』という言葉は使いにくいですがね」
「まったくだぜ。差別は確かによくねえが、いきすぎた言葉狩りもどうなんだかって思うよなあ」
タコ社長はそう言って腕を組んだ。
「さて、社長さん。さっき『ジョージ』が出てきましたが、オカマ・・・つまり女装が似合うジョージといえば誰を思い出しますか?」
「女装が似合うジョージ・・・ボウイジョージか!ええっとあれは、カーマカマカマカマなんちゃらーって歌があったなぁ」
「カルチャークラブのボウイジョージ。歌は『カーマは気まぐれ』です。エリモジョージの愛称が気まぐれジョージというのも面白いですね」
「春天の逃げ切りにはしびれたぜ!鞍上は福永洋一だったよなあ」
タコ社長が目を細めた。
「さて話を戻します。即パットの動画とスプリンターズSのCMから浮上した『女装』と『刃物』・・・このふたつが結びつく事件がありましたね」
「札幌の事件か!女装が趣味の男性の首なし死体・・・確かあれはススキノだったよなあ」
「そうです。そして記憶に新しい札幌記念。社長さんと私とで、まさかやってこないよなあと思った馬が2着に来ましたね」
「トップナイフ!やりやがったなって思ったよなあ。この馬が1本目のナイフってわけだな?」
「ご名答です」
■ 刺す剣
「さて、二つ目の事件。それが今週の神戸新聞杯です。刃物を思わせる馬がいますね」
「こりゃあすぐにわかるぜ。サスツルギだろう?登録の馬名順でも上から二番目にいたから気になってたんだ。サスツルギってきくと『刺す剣』と思いきや、そうじゃねえんだろ?」
「そうなんです。馬名の意味は『強風が吹く雪面上に形成される模様』。とてもサスツルギという音の響きからは連想できない意味です」
「そうだよなあ・・・で、神戸にまつわる事件ってのはなんだい?」
「紹介する3つの事件の中で、唯一少年法が適用された事件です」
「おお!あれか・・酒・・・酒鬼薔薇とかいうやつ」
「その通りです。神戸連続児童殺傷事件と呼ばれてるものです」
「札幌記念でトップナイフ。神戸新聞杯ではサスツルギ。2本の刃物ってわけか。鞍上は・・・北村宏司・・・馬主がサンデーと来れば侮れねえなあ」
■ テイエムオペラオー
「さすがは社長さん。今年、サンデーの北村宏司は要注意ですよ」
そう言って店に入って来たのはくろたんだった。マスターが席を立ち、くろたんはタコ社長の右に座った。
「コーヒーでよろしいでしょうか?」
「お願いします。さて、社長さん。スプリンターズSのCMに、デュランダル以外にもう一頭出てきますよね?」
「ええっと、テイエムオペラオーだよな?セントウルSでテイエムスパーダが激走したとき、あちゃーって思ったぜ」
「確かにテイエムオペラオーの意味は、テイエムスパーダを教える意味もあったかもしれません。ですが、CMに使われている2000年の天皇賞秋。この2000年を紐解くことで、テイエムオペラオー起用の真の意味が見えてきます」
そう言ってくろたんはマスターのパソコンを操作した。くろたんとマスターのやり取りの中で、すでにテイエムオペラオーの意味は解析済みなのだろう。
<2000 北村宏司 重賞勝ち>
【東京新聞杯】ダイワカーリアン
関屋記念 ダイワテキサス
新潟記念 ダイワテキサス ★
新潟3歳S ダイワルージュ ★
★=2週連続V
全て【大和商事】
ダイワテキサスで2勝
<2023 北村宏司 重賞勝ち>
新潟2歳S アスコリピチェーノ(サンデー)★
新潟記念 ノッキングポイント(サンデー)★
【神戸新聞杯】サスツルギ(サンデー)?
菊花賞 サスツルギ(サンデー)?
★=2週連続V
全て【サンデー】
サスツルギで2勝?
「ひえーーー!すげえなこれ。北村宏司がサスツルギで神戸新聞杯と菊花賞を連勝すれば、ドンズバ2000年の再現ってわけかい?」
「そういうことです。北村宏司がノッキングポイントで勝ったとき、2000年との一致は気づいていたのですが、サスツルギで北村宏司がテン乗りとなれば、これは完全に仕込みがあると言っていいでしょう。ジョージモナークとオサイチジョージの説明は聞いたでしょうが、ダイワテキサスとサスツルギにも馬名の一致があります」
ダイワテキサス
サスツルギ
くろたんの説明にタコ社長はうんうんと頷いた。
「2000年との一致を示唆するために、スプリンターズSなのにテイエムオペラオーを起用したってわけだな?しかしなぜ2000年なんだろうか?」
タコ社長のその疑問には、くろたんにコーヒーを配り終えたマスターが答えた。
「おそらく、テイエムオペラオーの2000年の戦歴からでしょう。8戦全勝。すべて重賞勝ち。この『8』という数字にまつわる、ある大記録が達成されようとしていますよね?」
「藤井聡太か!王座戦を奪取すれば史上初の将棋タイトル八冠独占!」
タコ社長の言葉にマスターとくろたんが頷いた。
「さて、私はこれで失礼しますよ。マスター、あとはよろしくお願いします」
コーヒーを一口だけすすり、くろたんは店を出て行った。
■ キ・タムラ
「社長さん、休憩を挟まなくても大丈夫でしょうか?」
くろたんのコーヒーカップを片付けながら、マスターが訊いた。
「いや、このまま続けてくんねえ!早く3本目のナイフが知りたいぜ!」
「3本目のナイフを説明する前に、北村宏司起用の理由をもうひとつお話します。これまでに紹介したふたつの事件の加害者をみてください」
札幌ススキノ事件 田村親子
神戸連続児童殺傷事件 酒鬼薔薇
鬼・田村=キ・タムラ=北村
「うわああああ!ざわざわって鳥肌がたったぜ。これが北村宏司起用のわけかい!」
「サスツルギが真犯人であれば・・・ですけどね」
■ 1995年の牡馬三冠
「さて、いよいよ3本目のナイフです。それを説明するには、ある名馬をまず紹介しないといけません。社長さん、今年のダービーはどういう結果だったでしょうか?」
「どういうって・・・えーと、タスティエーラとソールオリエンスだったよなあ。つまり、皐月賞の1着馬と2着馬がそっくり入れ替わったわけだ?」
「その通りです。それと同じことが、今から28年前の1995年にありました」
1995 皐月賞
1着:ジェニュイン
2着:タヤスツヨシ
1995 ダービー
1着:タヤスツヨシ
2着:ジェニュイン
2023 皐月賞
1着:ソールオリエンス
2着:タスティエーラ
2023 ダービー
1着:タスティエーラ
2着:ソールオリエンス
「なるほどなあ。皐月賞の1.2着馬が入れ替わるなんて、もっとありそうだけど意外と少ねえんだなあ」
■ マヤノトップガンの戦歴
「さて、この1995年の菊花賞を勝ったのがマヤノトップガン。鞍上は誰でしたでしょうか?」
「田原成貴!華のあるいいジョッキーだったが、いろいろ世間を騒がせ・・・おお!銃刀法違反で逮捕されたことがあるよなあ?」
「そうなんです。日本刀所持で逮捕されています。刃物がキーワードの今週、『ガン』と『日本刀』を暗示する馬はぴったりでしょう。しかもこのマヤノトップガン。『37』という数字も持っているのです」
「ええと待てよ。情報量が多くてこんがらがってきたぜ。即パットのところで出てきた37だな?」
「そうです。マヤノは冠名、トップガンは映画名なのはご存じでしょうが、この映画『トップガン』がなんと・・・」
「みなまで言うな!『37年前』ってわけかい?」
「ご名答です。1986年公開ですから、ちょうど『37年前』に当たります。スプリンターズSのCMに出てきたテイエムオペラオー。同世代の菊花賞馬がナリタトップロードでした」
トップナイフ
マヤノトップガン
ナリタトップロード
「トップの一致か・・・ジョージモナークとオサイチジョージ。ダイワテキサスとサスツルギ・・・ここでも馬名の一致があるわけだ・・・さあさあ、マスター!それでトップガンが示唆する3本目のナイフってのはなんだい?」
「マヤノトップガンは神戸新聞杯と京都新聞杯を両方2着し、本番の菊花賞を制しました。神戸新聞杯の前走をみてください」
1995/7/9 やまゆりステークス
マヤノトップガン 1着
「やまゆりステークス・・・わからねえなあ。もちっとヒントをくれや」
「相模原障害者施設殺傷事件といえばおわかりでしょうか?」
「おお!あれか、背筋が寒くなるひでえ事件だったぜ!・・・やまゆり・・・施設の名前かい?」
「そうです。津久井やまゆり園・・・19名の入所者が命を奪われました」
■ 背番号は「22」
「社長さん、即パットの動画に出てきた、宿場町の名前を憶えていますか?」
「ええと、確か藤・・・藤岡・・・いや、藤川だったかな?」
「そうです。阪神タイガースが2005年以来18年振りに優勝。藤川球児を暗示しているのでしょう。これは説明に加えるか迷ったのですが、あまりにも奇遇な一致なので説明します。藤川球児といえば、背番号で最も有名なのは阪神タイガース時代の『22』ですよね?これまでに紹介した3つの事件で亡くなった方の人数を合計すると・・・」
札幌ススキノ事件 1名
神戸連続児童殺傷事件 2名
相模原障害者施設殺傷事件 19名
合計 22名
「なんだかなあ・・・偶然とはいえできすぎだぜ・・・」
タコ社長はそう言って目を閉じて腕を組んだ。
■ 4本目のナイフ
「・・・と、ここまでが水曜日の時点で考えていたものです。しかし、JRAは4本目のナイフも出してきました」
「まだあるのかい?悲惨な事件はもうこりごりだぜ」
眉根を寄せるタコ社長に対し、マスターが説明を続けた。
「JRAのニュースで珍しく、Facebookの記事を紹介していました。『あなたのゲン担ぎを大募集!』というものです」
「ダルマの画像に違和感を覚えます。まあ、ゲン担ぎという言葉が、もともとは縁起担ぎから来ているので、上毛カルタの『縁起ダルマ』を示唆しているのでしょう・・・表向きは・・・」
「表向きは・・・か。裏の意味ってえのは?」
「ダルマということばがつく、高校野球の名将がいましたよね。徳島県の・・・」
「おお!攻めダルマこと蔦文也監督かい!」
「その通りです。巨人で活躍した水野雄仁選手らがいましたね。さて、高校名は・・・」
「池田高校!・・・・・・・そうか、池田小学校か!」
4本目のナイフの意味がわかったタコ社長は、そう言って再び目を閉じた。マスターも沈黙し、しばらく店内は静寂が支配した。
■ JFK
「さあ、社長さん。締めに入りますよ。相手にも人気がないところを1頭選びました」
マスターの言葉でタコ社長が目を開いた。
「もうお腹いっぱいだぜ、マスター。サスツルギの単勝でいいんじゃねえか?」
「それもそうなんですが、『藤川』という単語が出てきた以上、久保田厩舎は無視できません。これを見てください」
2005/9/29 阪神優勝(対巨人戦)
下柳-【藤川】-ウィリアムス―久保田
「当時、藤川球児はまだストッパーではなく中継ぎでした。優勝した試合は、下柳が先発し、藤川、ウィリアムス、久保田という、いわゆるJFKで締めています。先週、日曜の中山メインで、ウィリアムスが勝っているのです」
9/17(日)中山11R ラジオ日本賞
(ウィリアム)バロー(ズ)
「なるほどなあ!ってことは今週、ウィリアムスのあとだから久保田ってわけだ!」
「その通りです。神戸新聞杯に久保田貴士厩舎の馬がいます」
7-11 シーズンリッチ
(角田大河=タイガ≒タイガース・久保田貴士)
「タイガに久保田か!こりゃ買うっきゃあねえな!」
タコ社長がそう言って、今週の勝負馬券が決まった。
神戸新聞杯
スナック忘れな草 勝負馬券
単複:サスツルギ
馬連・ワイド:1-11
■ 殺人狂時代
「しかしなあ、こんな物騒な事件を複数示唆してまで、JRAが伝えたいことってえのはなんなんだろうか?」
タコ社長が疑問を呈した。マスターが答える。
「おそらくですが、『刃物』を誤った使い方をするものは、ヒーローにはできない、そういうことなのでしょう。2年連続最優秀短距離馬に選出されたデュランダルですが、意外にもヒーロー列伝には名を連ねていないのです」
「そりゃあ確かに意外だ」
「社長さん、チャップリンの『殺人狂時代』を覚えていますでしょうか?」
「ああ、覚えているぜ。ヒトラーを笑いものにするブラックコメディだよな?」
「こんなセリフがありました」
「競馬における切れ味するどい末脚はファンを魅了しますが、道具としての刃物で人をあやめてはいけない・・そういうことなのでしょう」
マスターの言葉に、タコ社長は深く頷いた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?