エリノア・パーカーと愛し合うために必要な『渡るべき多くの河』
まず、わたしの書いた物語のあらすじから。
風来坊で毛皮猟師のブッシュロッド(ロバート・テイラー)はやさ男で女にモテモテ。しかし彼は北西部の安住地を求めてさすらい歩く根無し草の身で、結婚して身を固めて定住する気など毛頭ない。今日も先住民のショーニー族に襲われた娘を救ったものの、彼女の恋人と揉め事になって退散した。
ところがそのショーニー族に追撃され、あわやこれまでかと思ったその時、メアリー(エリノア・パーカー)という娘に間一髪のところで救われた。メアリーは7人家族で、気のいい父カドモス(V・マクラグレン)は、傷の手当をしてしばらく滞在するよう薦めてくれた。
ところがメアリーも彼に一目惚れしてしまい、許婚がいるにも関わらずブッシュロッドと結婚したいと言い出した。困ったブッシュロッドはこっそり夜明け前に逃げ出したものの、後を追ってきたメアリーにつかまってしまった!
ロバート・テイラーは“ハンサムだけど女嫌い"というぴったりの役を演じ、まさにはまり役。お相手のエリノア・パーカーは男勝りのじゃじゃ馬娘役で、男を相手に大立ち回りも見せてくれる。この二人の恋の行方を軸に、登場人物たちとのユーモア溢れる騒動を生き生きと描いたこの古き良きウエスタンを監督したのは、『悪徳警官』(55年)でもロバート・テイラーと組んだロイ・ローランド。
本作のような作風を「ユーモア・ウエスタン」とでもいうのでしょうか。コメディ西部劇ではないんです。ユーモア溢れる西部劇、という印象です。復刻シネマライブラリーを担当するようになってかなり最初の頃にリリースした作品なので、思い入れがあります。
そしてこの映画のエリノア・パーカーがすごくチャーミングで大好きになりました。「サウンド・オブ・ミュージック」とか印象が無いんですよね。ロバート・テイラーもエリノア・パーカーに惚れられたんならそこで定住しろよと思ってしまいました。この1作前の「王家の谷」でも共演していて、美男美女というのはどうしてこうも絵になるんだろうと思いました。今は容姿のことに言及するのも引け目を感じてしまいますが。
エリノア・パーカー出演作では、復刻シネマライブラリーで復刻できた、ロバート・ミッチャムの「肉体の遺産」も良かったです。もうこの頃はエリノアは熟女の雰囲気で、堂々とした女優になっていました。デヴィッド・ジャンセンの「消えた拳銃」も復刻しましたがもうエリノアの印象はうっすら、登場場面も少なくなっていましたね。
もうひとつ、この西部劇の時代に「メガネの到来」をしっかり描いているのも面白かったです。(エリノアのお父さん、ビクター・マクラレンが目が悪くなって、狩猟の時、命中率が下がっていた)
確かにバンバンとネイティブアメリカンを撃つシーンはいただけませんが、表面的な演出に過ぎないとも思えました。血も流れませんし。それがテーマではないし、「絶対悪」の存在として出てくるわけではありません。昨今はこうしたかつての表現やポリティカル・コレクトネスにうるさくなって、「ネイティブアメリカンを白人が抵抗なく射殺する場面のある映画はすべてけしからん」と言われかねないのでこのへんでやめておきます。
わたしは、登場人物が全員白人でも、全員黒人でも、全くアジア人が登場しなくても何も思わない人間です。むしろ画面上まんべんなく人種がそろっている方が違和感を感じるくらいです。誰かが「西部劇の時代にはもっと多くの黒人のカウボーイがいた」と言って、ハリウッドの白人偏重の映画製作を批判していました。マリオ・ヴァン・ピープルズでしたっけ。93年に自身が主演監督した「黒豹のバラード」でその思いのたけを表現していましたが、「おれはこれを表現したい!」という思いで制作するにはいいと思います。しかし商業映画で、この現代にまたヘイズコードのようなものを作るのは、自分たちで自分たちの首を絞めているようなもんじゃありませんか。
それはさておいて、本作と、さらにもう1本ロバート・テイラーと共演した『王家の谷』でのエリノア・パーカーの可愛らしさ、素晴らしさといったら筆舌に尽くしがたいです。こちらではやんちゃな娘、『王家』では考古学者のお嬢様、異なるタイプの、かつ魅力にあふれる女性を演じていました。
わたしはすっかりこの人に参ってしまって、他の作品も観たのですが、川本三郎先生が指摘されていたように「女優は寝取られる役をやると、それからダメになる」との言葉通り、『サウンド・オブ・ミュージック』でジュリー・アンドリュースにクリストファー・プラマーを盗られてから、すっかり伸び悩んでしまいました。
それでもわたしは重箱の隅からエリノア・パーカーを見つけ出し、『消えた拳銃』や『肉体の遺産』を復刻させました。
『消えた拳銃』ではアル中のやさぐれ中年女の汚れ役。デヴィッド・ジャンセンの刑事がいつも困った顔をしていました。観ている方も困った。
『肉体の遺産』では、ロバート・ミッチャムの妻役で、ジョージ・ペパードとのラストシーンが素晴らしかったです。ヴィンセント・ミネリの骨太演出も見事で、「久々にガツンとくる映画を観たなあ~」という感想でした。
ちなみにこちらは『サウンド・オブ・ミュージック』よりも前の作品なので、やっぱり寝取られる前は良いんですね。
以下、無用のことながら。
エリノア・パーカーの声の吹き替えを担当した声優陣がまたすごいんです。戸田恵子、増井江威子、武藤令子といった豪華声優たちが吹き込みました。戸田恵子さんはアンパンマンの声で有名ですが、他にもシガニー・ウィーヴァーやジョデイ・フォスターも担当しています。エリノアは『サウンド・オブ・ミュージック』のソフトで担当していました。増井江威子さんといえば峰不二子やバカボンのママ、あと、リー・レミックの声ですよね。武藤令子さんはエリザベス・テイラーの声で有名です。
わたしは復刻で、日本語吹き替え制作は不採算となるのでやりませんでした。ただ、『ベン・ケーシー』と『警察署長』だけは吹き替えを採録しました。『ベン・ケーシー』の吹き替えの二次使用料は、もう絶対回収できないような金額でした。今思えばもっともっと慎重に検討すればよかったです。『警察署長』の方は、チャールトン・ヘストンの声を小林昭二さんが演じておられて、これが絶品なのでした。
ところが、この吹き替えはNHKの放送時に使用したアナログのマスタテープしかなく、最終的にはそのテープをマスターとして復刻しました。画質はSDなので良くはありませんが、80年代のあの何とも言えない雰囲気がよみがえってきて、これはこれで映像遺産として価値があったなと思います。