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アメリカ人の物語4 建国の父 ジョージ・ワシントン(上) 連載1号

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第1章 西方のキンキナートゥス

物語の舞台

独立戦争終結後、ワシントンはポトマック川の畔の一市民に戻り、静かな生活を送る。そして、アメリカを発展させるために新時代の計画を練り始める。それはフロンティアと沿岸部を結ぶ運河の建設計画である。どのような想いを抱いてワシントンは運河の建設を推進したのか。

独立を達成したアメリカは、国造りの舵を取るべき連邦政府が弱体なせいで新たな進路を見いだせないでいた。このままアメリカは混乱の淵に陥って衰退してしまうのか。アメリカをヨーロッパ列強に対抗できる国家にするためにはどうすればよいか。ワシントンは憂国の情を抱く。新生国家アメリカの青写真が示される。


篤農家

総司令官の大任を終えた後、ワシントンは平穏な暮らしに入る。青春期はすでに過ぎ去ってしまったが、老年期はまだ訪れて来ないという希望に似た哀惜の時期である。これから多くの余暇を楽しめるとワシントンは考えたようだ。この頃の帳簿を見ると、大量の書籍購入が記録されている。その中には旅行記が含まれている。どうやらラファイエットの勧めに従って各地を訪問しようと思い描いていたらしい。

世人はマウント・ヴァーノンの農園主に戻ったワシントンを「西方のキンキナートゥス」と親しみをこめて呼んだ。後にイギリスのロマン派詩人であるバイロン卿は「ナポレオン・ボナパルトに捧げる抒情詩」で次のように歌っている。

いずこでこの疲れし目を憩わせようか。偉大な者を見つめた時、罪深い栄光が輝くことなく、卑しむべきではない国家などどこかにあろうか。否、一つだけある。最初にして最後、そして、最高の西方のキンキナートゥスたる者、悪意ですら敢えて憎むことがなかった者。後世まで伝えよ、ワシントンの名を。彼の者を赤面させる唯一の存在なのだから。

ここで言う「西方」とは、ヨーロッパ世界から見て西方、すなわち新大陸を指す。そして、キンキナートゥスはローマに迫る外敵を撃退した後、すぐに権力を手放した古代ローマ人である。バイロンは皇帝に登極したナポレオンを非難するためにこの詩を書いた。最後に出てくる「彼の者」とはナポレオンのことだ。したがって、王になることを拒んだワシントンの功績を語り継ぐことで、自らの野心を叶えるために皇帝になったナポレオンを糾弾せよということである。後に自らもギリシア独立戦争に身を投じることになるバイロン卿は、詩作でしばしばワシントンの「曇りなき栄光」を賞賛している。バイロン卿にとってワシントンは理想的な自由の擁護者であった。

「西方のキンキナートゥス」と呼ばれた男は古代のキンキナートゥスと同じく自分の農園に帰った。喫緊の課題はマウント・ヴァーノンの立て直しであった。戦争中、マウント・ヴァーノンは遠縁のルンド・ワシントンの手に預けられていたが、管理が十分に行き届いていなかった。ワシントンは「わが家に滞在していれば避けられたかもしれない損失を補填するのに一万ポンド[一億二、〇〇〇万円相当]でも足りないかもしれない」と嘆いている。

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