「貯金箱」(小道具掌編集)


 彩香と誠司は二人それぞれ定期預金の口座は持っているが、地道な500円玉貯金もしている。貯金箱はモノトーンの円筒の缶を、リビングのテレビ台の端に置いている。
 貯まったら二人で思い出になることをする。何に使おうかと話し合うのも楽しくて、まだ決まってはいないけれど、日々のモチベーションの上がりそうな目的にしたい。
 こういう時に、貯金の用途について具体的な案を思い浮かべるのは誠司の方が得意なようだ。ちょっといいレストランに行ったりとか。揃いの品を記念に買うのもいい。普段食べるには少し値の張るものを、好きにお取り寄せしてみるのも。初心者でも手ぶらで行けるキャンプ場ってあるじゃない、星のきれいな季節に休みを合わせて行こうよ。
 さまざま先の楽しみを取りそろえては口に出してみる誠司はとても楽しそうで、彩香はややまぶしいような気持ちでその表情を眺めながら聞いている。
「あーやは? 何がしたい?」
「うーん」
 彩香は正直、誠司ほどにはバリエーション豊かに思いつかない。
「……温泉、とか?」
「いいねえ!」
 何となくの思いつきを口に出したら、予想外の食いつきだった。
「露天風呂付きの客室がいいなあ。食事は部屋に持ってきてもらって。お酒もおいしいとこで……」
「待った待った。あんまり至れり尽くせりだと予算が膨らむ」
 あまり欲張るといつまで経っても貯まらなくて行けないよ、と冷静に彩香がいう。
「でも、見たいなあ。浴衣のあーや……」
「……急に不埒だな、目的が」
 不埒じゃなきゃ男じゃないよ、と居直られて閉口して。度数の高い地酒で早々につぶしてやるよと酒に弱い誠司をおどしたら、それはご勘弁くださいと平身低頭された。ざるの彩香はそれで笑った。

 ちゃらん、ちゃらんと硬貨のぶつかり合う景気のいい音がたびたび響いた。彩香も思い出した時は一日の終わりに長財布を開いてみるが、誠司は一度に二枚も三枚も貯金箱に投じていることがざらにある。大丈夫かなと彩香が思っていたある夜に。
「……躍起になってお釣りに五百円玉がくるように買い物してたら」
 千円札なくなっちゃった。ぼやく誠司に、案の定がんばりすぎだ、と彩香が呆れる。
 だって、と子供みたいに誠司が言い募る。あーやの浴衣見たいじゃないか、と言い張った。いつの間に温泉で決定になったのだ、と彩香は更に呆れた。

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