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全ては野球で学んだ


村上春樹と受験勉強

 村上春樹は早稲田大学文学部の出身だが、「受験勉強というものは特別しなかった」というようなことを、エッセーのどこかに書いていた。

 英語は、大好きなアメリカの作家たちの小説を高校時代から原文で読み耽っていたし、もともと本を読むのが好きだったから国語は問題なかったし、社会は世界史を選択したが、堅苦しい教科書で勉強するようなかたちではなく、『世界の歴史』全集を、面白い物語として楽しんでいたからと。

 この文章を書くに当たって、正確を期すために、改めて本棚を探ってみたら、見つかりました。
『やがて哀しき外国語』(講談社)のなかの「ヒエラルキーの風景」という題名のエッセーでした。
 実際の文章を引用しておこう。


≪ 僕は本を読むのがとにかく好きだったから、暇さえあれば文学書を読んでいて、その結果としてとくに勉強しなくても国語の成績は悪くなかった。
英語に関して言えば、高校時代の初めから自己流で英語のペーパーバックを読み漁っていたので英文を読むことじたいには自信があった(中略)

 社会はなにしろ世界史が得意だった。どうしてかというと、中央公論社から出ていた『世界の歴史』という全集を、僕は中学校に入った頃からそれこそ十回も二十回も繰り返して読んでいたからである。
 たしか「小説より面白い」というのが広告コピーだったと記憶しているが、これは珍しく誇大広告ではなくて、実際に面白く楽しく読める本だった。
 だからこれを読んでいるうちに世界史についての大抵の事実は自然に覚えてしまって、とくにそれ以上の勉強をする必要がなかった。 ≫


 ・・・・ということなのでした。

 実際、英語に関しては、村上は数多くの米文学を翻訳してさえいる。
レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』や、J.D.サリンジャー『フラニーとズーイ』を始め、以下、作家名だけを並べると、フィッツジェラルド、ジョン・アーヴィング、レイモンド・カーヴァー、トルーマン・カポーティ等々。


 ちなみに、神戸の高校から大学に入るために上京してきた村上春樹は、神宮球場を本拠地とするサンケイ・アトムズ(現=ヤクルト・スワローズ)のファンになっている。

 早稲田の文系の学部の入試は、昔は基本的に3科目で、国語と外国語と社会(最近の言い方で地歴とか公民から1科目選択)だから、村上春樹の言うことも、ありうる話なのだ。(最近は数学や理科も必要らしいけれど)


◆僕の場合――全ては野球で学んだ

 実は僕も、学部は異なるが彼と同じ大学の出身。でも、それなりに一生懸命、いや、かなり一生懸命勉強した。
 そんな僕がここで書きたいのは、大学受験の話ではなく、もっとずっと幼い時代のことだ。つまり、小学校や中学校時代の勉強の話。
ちょっとカッコつけて、村上春樹風に言うと、子供の頃あまり勉強しなかったが、「全ては野球で学んだ」という話なのである。


◆漢字は選手名鑑で覚え、算数は打率計算で得意科目

 例えば、漢字はほとんど選手名鑑の名前で憶えた。

 算数・数学は年中、打率や防御率の計算をしていたから得意だった。
 そもそも野球は「数字のスポーツ」で、バッターが打席に入る度に打率は2割8分3厘で25ホーマーなどと表示され、今日の試合は4打数2安打3打点の活躍だったとか、投手なら7回3分の1投げて被安打4で奪三振9与四死球1で2失点で勝利投手・・・などと、選手の出来不出来も試合の様相も、全て数字で表現できる競技だ。

 もっと細かく言えば、試合の経過は、1球ごとに、ワンストライク・ツーボールなどと数字を追う形で進むし(昔はストライクの数を先に言った)、各イニングはアウトの数で進行し、そして結局、今日の試合は5対3でしたなどと表現される。
 チーム順位表も、打撃成績表や投手成績表も、数字のカタマリだ。

 ところで、あなたは1億円と書くとき、1の後ろにゼロがいくつ付くか、すぐに分りますか?
 答えは8個です。
 そんなことがすぐに分るのも、野球ファンだからこそ。1回の表に1点取っただけで、あとは得点ナシの「スミイチ」試合。
100 000 000
 年中眺めている、球場のスコアボードと同じだと気づけば、1億円も身近です。

◆地理は高校野球とメジャー球団で

 地理は高校野球で憶えた。
 山口県代表・尾道商業、鳥取県・米子東・・・とかとか。
 広島県に府中市というのがあることを知ったのも、市立府中東高校の名を、甲子園大会の地方予選「今日の結果」を報じる一覧記事で目にしたから。
 その高校が、昔は私立北川工業だったことまで、僕は知っていた。
 東京時代の日本ハム・ファイターズが初優勝、いや唯一のリーグ優勝を果たした時のエース格、高橋一三投手がその北川工の出身だったのだ。元巨人のエースで、張本勲選手との交換トレードで日ハム入りしていた左腕。
 そんな縁もゆかりもない、遠い地の高校の歴史まで、高校野球の熱心なファンであることで、知識に入っていた。


 アメリカの都市だってメジャーの球団名で知った。
 デトロイト・タイガース、シンシナティ・レッズ、ミネソタ・ツインズ、オークランド・アスレチックス、フィラデルフィア・フィリーズ、アナハイム・エンゼルス等々。

◆野球用語は、そもそも英語だし

 英語については、そもそも野球はセーフ・アウトからファースト・セカンドなど用語が全部横文字だし、レギュラー選手、イレギュラー・バウンドなどという表現にも年中、出会うから、自然と親しんだ。
(ナイターとかランニング・ホーマーなんて和製英語にも染まってしまったけれど)

 チームの愛称も、ドラゴンズとかスワローズとかホークスなどみんな英語だ。もちろんメジャー球団の愛称も。


◆企業名や工場の所在地まで知っていた小学生

 選手名鑑で知ったことには、企業名もある。
 社会人野球出身の選手の経歴欄で。小中学生なのに、製鉄会社や自動車会社の社名だけでなく、工場名まで言うことが出来た。社会人野球は工場単位や支社ごとにチームを持っていたから。
 新日鉄室蘭とか広畑とか、日本鋼管福山、三菱自動車水島、三菱重工長崎、電電九州・・・・とかとか。

 まだまだ学んだことは色々たくさんあるけれど、それはおいおい述べるとして、漢字の話から、もう少し詳しく書いてみたい。


■難しい漢字も熟語も野球の記事が教えてくれた

 僕は小学校の低学年の頃から、現在は北海道日本ハム・ファイターズとなっているチームの熱心なファンだった。当時はまだ東京の球団だった時代。
 毎年春先に刊行される、野球雑誌の「12球団選手名鑑」の号を親に買ってもらい、それを隅々まで眺めていたものだ。学校の教科書を手にしている時間よりずっと長かったかもしれない。いや、「かもしれない」は不要だ。

 分かりやすく現在の選手を例に説明すると、小学校では習わない「西川遥輝」(ファイターズ外野手)の「遙」や「輝」も書いていたし、その字が「はる(か)」や「き」であることや、「よう」「かがやく」とも読むことも、その名鑑や野球の実況中継をきっかけに学んだ。
 今なら、大谷翔平や中田翔の「翔」は「とぶ」「かける」とも読むことを、野球をきっかけに知る子供がいるにちがいない。

 読むだけでなく、選手名を漢字で書いてもいた。
 ファンの楽しみは、贔屓チームの自分なりの打順を考えること。学校の授業中、僕は密かにノートの巻末の方のページに、いつも、1番から9番まで選手名を並べていたものだ。

 野球に付きものの「殊勲打」なんて難しい文字も、(うちではスポーツ新聞は取っていなかったから)全国紙の中の1ページ程度のスポーツ面を読み漁って憶えた。
「勲」が人名になると「いさお」と読むことも。よく知られた例を挙げれば、“喝・あっぱれオジサン”の張本勲さん。

「起死回生」、「逆転」、「完封」などという言葉も新聞の野球記事で親しんだ。
 加えて、野球用語には「併殺」、「犠打」、「遊撃手」、「左翼手」、「中堅手」、「満塁」、「三振奪取」など、とっても漢字の勉強になる用語が多い。
 読み方も書き方も意味も自然に身についた。
 キャッチャーへのファールフライなども、新聞は字数を節約するために「捕邪飛」なんて書いてあるから、「正と邪」(フェアとファール)の違いも理解した。


 ストーブリーグでは、新聞の「○○監督、更迭」「解任」や、「□□選手、入団内定」「契約更改」などという記事を目にしては、その意味が知りたくて、周囲の大人に尋ねたものだ。
 地理とも絡んでくるが、「指宿」はロッテの愛称がオリオンズだった時代のキャンプ地。それが鹿児島にあって、「いぶすき」と読むことを知っていたので、「子供なのによく知ってるね」と、同市出身の人に褒められたこともある。

◆野球は数字のスポーツだから

さて、本来文系の人間である僕が、むしろ算数・数学が得意になったのは、既に触れたように、すべて野球のおかげだ。
 そもそも野球は数字で表現する、記録のスポーツ。柔道やサッカーは、試合を実際に目にしたりニュースの映像がないと、勝負の内容がどんなだったかは把握しづらいが、野球は違う。
 ある試合の成績表(スコア表)、つまり出場した各選手の打撃成績が並んだ表、

        打安点
1番(中)西川310
2番(DH)近藤431
3番(三)野村421
4番(一)中田413
(以下略)
本塁打=中田30号、大田16号、盗塁=西川2

を“読んで”いけば、どんな試合だったかの輪郭は掴める。


投手についても同様だ。
  回安振四点
上沢74931
宮西10200
杉浦10110

 現在はパソコンでもスポーツ紙でも、もっと詳しい成績表や試合経過の情報が簡単に得られるが、僕が小中学生当時は、新聞(一般紙)のスポーツ面だけ。それを僕は貪るように読んでいた。
 各リーグの打者の細かい成績が打率順に並んだ「打撃10傑」表など数字のカタマリを、1日眺めていても飽きなかった。


 で、ここが大事なポイントなのですが、野球はとにかく算数の基礎を身につけるには最適なのです。
 なぜなら、好きな打者の成績を追っていると、自然と「割合」や「分数」の最も基本的な勉強を毎日毎日、積み重ねることになるから。
 昨日は3打数1安打(で目下打率.333)、今日は5打数1安打だから通算8打数2安打になって、打率.250。
 毎日そんな最も小単位の基礎的な計算を喜んでしていた少年時代。最も基本的な学習の反復。

 今と違って電卓も一般化普及していなかった時代。手書きで、鉛筆と紙で一生懸命、選手たちの成績を計算していました。
 野球のゲームソフトなどもないなか、紙の上の自作ゲームで毎日試合をしていた。好きなチームを勝手に紅白に分けて、打順を組んで。ここで代打誰々などと監督にもなって。
 勉強机でサイコロ振るわけにもいかないから、2本の鉛筆を転がし、その六角形を利用しての自作ゲーム。6×6=36通りの組合わせで進行させるゲームです(例えば金文字面と金文字面が出たらホームランとか表を作っておいて)。
 毎日のように自分主催のペナントレースを展開し、各選手の架空の個人成績をコツコツせっせと計算していた。
(机に向って鉛筆を握っているのだから、親も安心していただろう。サイコロ代わりとは知らずに)


 打率計算は、分数を学ぶことにも繋がっていた。
3打数1安打、打率「.333」とは、3分の1のことだし、日々の試合は4分の2、5分の1といった最小単位の分数の繰り替えし。

 いつもそんなふうに打率を計算していたので、例えば7打数2安打は、「.2857・・・」(2割8分5厘7毛)、8打数3安打なら「.375」などと暗記してしまっていた。だから、21分の6という分数を比率に直せという問題を出されても、すぐに「.2857・・・」だと答えられた(約せば7分の2だから)。


 そんな僕だから、「数学上の法則発見」(?)さえしてしまったものだ。
 10打数3安打(つまり10分の3)なら3割ちょうど、2安打なら2割、1安打なら1割・・・・というのは誰でもすぐ分かること。
 では、9打数3安打は? 2安打なら? 1安打では?
 答えは順に、「.3333・・・」「.2222・・・」「.1111・・・」です。
 分母が9の場合は、こういうことになることに気づいたのは、少学何年生のことだったろう。

 では、11分の1を比率で表わしたら、どのくらいになるか?
 こんな問題も、すぐ解ける。
 野球思考で行けばいいのです。
次の打席に凡退したならば、ヒットを打ったならば、打率はどうなるかと。

 10打数1安打が「.100」だから、その次の打席で凡退したら、打率は当然「.100」より少し下がると考えればいいのです。
 で、11打数1安打は、実際には「.0909090・・・」となる。一方、ヒットを打って11打数2安打になった場合は「.181818・・・」。

 こんな計算ばかりしているうちに、またまた「法則を発見」してしまった。
 分母が11の場合は、前記の例のように、足して9になる数字の繰り替えしになることを(前記の例なら、0と9の組合わせ。1と8の組合わせ)。
 10打数3安打(.300)だった打者が次に凡退して11打数3安打になったら3割を切って2割台に下がるはずだから、2と足して9になる組合わせの数字を持って来ればいい。つまり、「.272727・・・」だと暗算で答えられる。

 ついでに言うと、何割何分何厘の下の単位は毛(もう)で、さらにその下が糸(し)だなんてことまで、「打率」に関心を持ったおかげで勉強してしまった。


◆僕の数学の原点――防御率って、どうやって計算するの?

 勉強になるのは、打者ばかりではありません。
 投手の「防御率」って、どうやって計算するの?
 ある時、ふとそう思って、考え始めました。

 防御率は、ある投手が試合で投げた時、どのくらいの点数で抑えるかのバロメーター。打率とは逆で、数字が小さいほうが成績優秀。A投手の4.15より、B投手の2.58のほうが上。
 そして、この数字は、その投手が1試合投げたら何点取られるかを示している。
 1試合とは、つまり9回(イニングス)。A投手は9回投げたら4点ちょっと点を取られる。B投手は3点未満ということ。

 で、結論を先に言うと、防御率のことを知りたいと思ったおかげで、僕は、算数における「比」に関しては、自発的に、本当に、しっかり、理解することができたのです。 
 つまり、1シーズンで合計180イニングス投げて51点取られた投手の防御率を算出するには・・・・・、
「180:9=51:X」 と考えればいいのだから、X=2.55
これは、

《問題》
「180回投げて51点取られた投手は、9回につき何点取られるでしょう?」

という「比」の問題ですね。
(ここ試験に出ますよ。笑)


◆球団の愛称は英語学習の宝庫

 さて、中学生になって英語の授業が始まったが、例えば複数形の発音や綴りも、球団名で慣れ親しんでいたので、興味が持てました。
 タイガース、ドラゴンズ、ジャイアンツーーー同じ複数のSを付けても、発音は「ス」だったり「ズ」だったり「ツ」になったり。
 語尾が「o」の場合、複数形にするには「s」だけでなく「es」を付けることなども近鉄バファローズ(Buffalloes)のユニフォームの胸文字で覚えました。
 Carp(鯉)は群だから複数形はなく、Carpsとはしないことなども。

 名詞や動詞に「er」を付けると「人」を表わすことも、ピッチャーやキャッチャー、ランナー、バッターで、すんなり理解できました。


 メジャーの球団名に興味を持ったことで、楽しみながら調べて知った英単語も少なくありません(大人になってからの話も含まれますが)。
 今、ダルビッシュ有投手がいるサンディエゴ・パドレス。この街は神父(パドレ=padre)が多いから、あるいは町の発祥に神父が関わっているから、それが愛称になったとか。

 ロサンゼルス・ドジャースは古くから日本には馴染みのあるメジャー球団でしたが、Dodgersという名称は、本拠地がニューヨークのブルックリン地区にあった時に付けられたもので、多くの路面電車を素早くよけながら通行する住民たちを表わした言葉だとか。
ということを知って、我々が子供時代によく遊んだドッジボールって、そういう意味だったのかと納得した記憶があります。ドッジボールの「dodge」って、「(ボールを当てられないように)素早く身をかわす」という意味なんだと。

◆球団の変遷で知る日本経済

 ところで、日本のプロ野球球団も最近は地名を重視していますね。
 わが北海道日本ハム・ファイターズとか千葉ロッテ、埼玉西武、東北楽天、福岡ソフトバンク、広島東洋、横浜DeNA、東京ヤクルトとか。
 昔は、メジャーやサッカーのJリーグとは異なり、完全に親会社の存在が上位でしたね。
 球団は親会社の宣伝材料であり、それゆえ球団運営資金も独立採算ではなく、赤字は親会社が補塡。企業名だけが球団名だったことは、昔からのプロ野球ファンならよく知っていること。

 でも、そんな企業優位の形態のおかげで、僕は日本の産業構造の大枠、変遷も、ちょっぴり知ることさえ出来たのです。というか、僕なりの勝手な分析ですが。

 どういうことかと言うと・・・日本のプロ野球の親会社には、当初、新聞社や鉄道会社が多いのが特徴でした。
(読売、中日、サンケイや、南海、西鉄→西武、阪神、阪急、東急、国鉄)。
 それは試合結果を知りたいファンが新聞の購読者になることを狙ったり、自社の沿線に立地する球場にファンを運ぶことで鉄道会社としての運賃を稼ぐ目的だったりしたから。

 あるいはTVが出現する前の娯楽の王様だった映画界(東映、大映、松竹)が、潤沢な資金を持つ産業として球団オーナーだった時代ももありました。
捕鯨が盛んだった時代は、捕鯨会社も好調で、大洋漁業は大洋ホエールズ(鯨)を持っていたし(現・横浜DeNA)。

 その後、時代は移り斜陽の映画会社は撤退し、日本ハムとかロッテとかヤクルトとかダイエーなど、消費者に直結する小売業が球界進出。
 オリックスなんていう新業態(リース会社)が球団買収したり。
 さらに近年は、ソフトバンク、楽天、DeNAと、IT産業が新興勢力として参入してますね。

 こんなふうに親会社の身売り・球団買収の歴史を眺めては、日本社会の変遷を感じてきたのも、野球ファンだったからこそです。

◆野球で人生勉強まで

 以上のような学問的(?)なことばかりではなく、野球は「人生」も教えてくれました。

 球界を代表する存在のON、長嶋茂雄選手や王貞治選手のデビューが、4打席4三振だったり(N)、10試合26打席連続ノーヒット (O) だったことを知れば、「人生、焦ることはない」と思えるし、鳴り物入りでプロ入りした大物がキャンプで張り切りすぎて故障し、結局パッとしないまま消えてしまったケースを見てはマイペースも大切だと自分に言い聞かせたり。

 近年の例でも、イチローだって最初の2年は独特な「振り子打法」を監督やコーチに理解されず、2軍暮らし。仰木さんというサバけた新監督と出会えたからこそ、その才能も日の目を見たわけです。

 ダルビッシュ有も、大物と注目された新人の年(高卒)のキャンプでパチンコ・喫煙が見つかって、謹慎で1軍登板に出遅れたけれど、結果的にはそれが自主トレで痛めていた膝の回復にも幸いし、6月に1軍に昇格するや初登板初先発初勝利。
 以後の活躍はご存知の通りです。「人間万事塞翁が馬」。

 大谷翔平も二刀流で活躍しだした開幕後間もなく、新人の春に、足首捻挫で半月超を離脱。夏には試合前の外野ランニング中にフリー打撃の打球が顔面を直撃し「右頬骨不全骨折」なんて災難にも遭っている。

 みんな順調なばかりではないんだよね。

 才能がありながら練習態度や私生活に問題があって、成績が頭打ちと評される選手がいれば、もったいないと思い、他方、トレードされて開花した選手、あるいは選手としては華々しい成績は残していなくても指導者として球団に求められる生き方・・・等々から、なんとなく人生の教訓を得た部分もある気がする。


 名監督やコーチの言葉から人心掌握術や指導法、組織統括術が語られていることは、既によく知られているとおりです。

◆野球とはカバーする競技

 ついでに言えば、僕は、野球とは「数字のスポーツ」であると同時に「カバーする競技」だとも思っています。

 三塁ゴロが飛んだら、ショートが必ず三塁手の後方にカバーに入る。二塁手は、(ゴロを捕った三塁手が一塁に悪送球した場合に備えて)一塁方向にカバーに走る。これは常識。

 投手が一塁に牽制球を投げた場合は――それがとんでもない暴投で、球は一塁側のファールグランドを転々なんてことに備えて、投手が投げたと同時にライトは前進を開始しておく。
牽制球は問題なかったとしても、受けた一塁手が投手に返球するとき、それが悪送球になるかもしれない。そう考えるから、三塁手は通常の守備位置からやや右前方に移動する(つまり一塁→投手の延長線上に入る)。

 あるいは、相手方ランナーが三塁にいる時。投手が打者に投球し(打者は見送りあるいは空振り)、それを捕手が投手に返球する時も、セカンドとショートが交代交代に、二塁ベース方向に走り寄る。
 なぜなら、捕手から投手への返球が悪送球だったら、三塁走者にホームインされてしまうからだ。
 そのリスクに備えて、悪送球がセンターに抜けないように、1球ごとに、二塁ベース方向(つまり投手後方)に駆け寄る。二塁手あるいは遊撃手が。

 外野から走者を刺すためにバックホームされる時は、投手は打球が外野に飛んだ瞬間、ホームベース後方へとカバーに走る。

(勿論、以上のことは塁上の走者の数・状況やアウトカウント、打者は右打ちか左かによっても変わってくるが)。

 いずれにしろ、プロが犯すはずもない何万分の一のミスに備えて、いちいちカバーするのが野球という競技なのだ。

 これは小学校の時代以外、本格的な野球部など全く経験していない(草野球は楽しんだ)僕が、子供時代からのプロ野球観戦で、気づいたこと。チームの勝ち負けだけでなく、好きな選手の守備の動きを見ていて学んだことです。

 人間がやる以上、ミスは100%完全には防げない。いくらキャンプで地獄の守備特訓をしても。
 だから、ミスをした時に備え、その被害を最小にすることを徹底する。
 それが、カバーだと、僕は思っています。
 ミスを100%防ぐことはできないが、カバーのほうは、気持ちさえあれば、100%実行できる。


 こんなふうに野球で学んだことは、たぶん仕事や日常生活にも影響しているでしょう。
 例えば・・・とってもケチ臭い卑近な例になりますが、僕はすごくお気に入りの腕時計をする時、あるいは腕から外す時、必ず手首がテーブルの上にある状態で行なうことにしています。
 テーブルから離れて立ったまま行なって、万一床に直接落としたら・・・と考えるからです。ミスは防げないが、被害を最小化する努力は気持ちさえあれば実行できる、と。


 ところで、草野球でよく見かける光景。
 平凡なセンターフライが上がったら、レフトもライトも、自分には関係ないやとばかり、自分の守備位置から1歩も動かず、ノホホンと打球を見上げている。
 で、センターが捕り損なってボールが自分の方に転がり始めてから初めて、慌てて動き出す。

 これは弱いチームによくあるケース。
 平凡なフライでも、先を読んでカバーに動く外野手がいるかどうかは、相手チームの力を計るバロメーターになる。

 被害の最小化という観点だけでなく、別の言い方をすれば、人間、生きていく上で、ノホホンと出たとこ勝負という気持ちも大事だけれど、常に次に起こるだろうことを想像しながら行動できるセンスを持つことは、大きな意味でも日常生活の上でも、必要なものだろうと思うのです。

 例えば、タクシーに乗った時、目的地に着いてからバタバタと鞄の中の財布を探し、その後に慌ててお金を数えるような人がいますね。そういう行動って、道を塞いだりして周囲に迷惑をかけますよね。
 僕は、その種の迷惑はなるべく掛けないようにしたいという想いを持っています。

 また、「丁寧な暮らし方」を心掛けたいという想いもあって、少し飛躍するかもしれませんが、そういう想いも僕の中ではカバーの話とどこか繋がっているのです。
 こんな想いも、野球によって育てられたものの一つでしょうか。

 ふ~ッ、長文で疲れた。9回完投した気分です。防御率は、どのくらいかな?
 最後までお読みいただいた方も、オツカレサマ。ありがとうございます。


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