トイレ紛争の結末
お昼休憩がもう少しで終わってしまうのですが、どうしても今書きたいので退勤時間を遅らせてでも筆を走らせます。
今月の初めくらいから、私と正体不明のクレーマーとのトイレ紛争が始まった。
私の家はいわゆる学生スタジオで、ワンルームの部屋に家具付き。シャワーや洗濯機、冷蔵庫はついているのだけれどトイレだけが部屋の外にあって、最初はいちいち外に出なあかんの面倒臭いなと思っていたけれど、すぐに慣れてこれまで快適な生活を送ってきた。トイレも私専用のものであって他の人は使わないとのことだったので特に問題はなかった。
しかし、である。
ある日、仕事から帰ってきたら、家のドアに何やら赤い文字が印刷された紙が貼り付けられていた。
趣旨はトイレが汚いということで、このレベルの汚れは黙ってられないし許せない、今すぐに掃除しろ!みたいなことがフランス語と英語で書いてあった。朝からオフィスにいて夜遅く帰ってきた私は、ドアの前のこの貼り紙を発見して面食らうと共に、「???」と思いながらトイレのドアを開けた。
するとまあびっくり、トイレがめっっっちゃくちゃ汚されていた。犬でも走り回させたか?ってくらいの汚さで、うええぇと思いながら、でも私も使わなくちゃだし仕方ないと思って掃除した。
つまり、その貼り紙をした人はトイレを汚したのが私だと思ってクレームをつけてきたのである。私じゃないし!!!と、言いがかりにちょっと怒りもあったけど、それよりも怖さが勝った。
え、まず誰?なんで私のドアわかったの?しかもフランス語と英語で書いてあるって、なんでここに住んでる私がフランス人じゃないってわかったの?「あなたの隣人より」って書いてあるけどそもそも同じ階に人は住んでいないはずで、隣にアトリエはあるけど日中そこで働いている人は住人ではない。しかもこの人わざわざドキュメントを作成して印刷して貼ってきたってことでしょ?怖すぎる。
そして、トイレを汚したのは誰?クレーマーの人でも私でもないなら、他にトイレを使った人がいるということで、それは誰?
部屋の中にトイレがついている他の階の人が使ったとも思えないし、あとあのレベルの汚れはもはや何かがあったのか?と疑ってしまうレベルである。
なんともモヤモヤした気持ちのまま、次の日トイレに「メッセージをありがとうございます。でも、トイレを汚したのは私ではありません。この1年間私は綺麗に使ってきたし掃除もしているし、勘違いです。」と貼って仕事に向かった。
それからは2週間ほど何もなくて、もう忘れかけていたその時である。
昨日の夜に帰ってきてトイレに行ったら、トイレにまた貼り紙がしてあった。しかも、信じられないくらい口汚い罵詈雑言が書いてある。ここに書くとまた嫌な気持ちになるので書かないけれど、締めくくりには「また汚すならトイレの外側からかけられる鍵を新しくしてお前が入れないようにするぞ、そうしたらお前は外の庭に出てトイレをしろ、その方がお似合いだ!」みたいなことが書いてあって震えた。よくこんな嫌な言葉を思いつけたな。
なんとトイレに外から鍵がかけてあって入れないようにまでなっていた(わたしも鍵を持っているのであまり意味はない)。
鍵を開けて入ったらすっごく綺麗に掃除してあったので、この貼り紙の人が見た時どういう状態になっていたのかわからないけれど多分また汚されていたのだろう。私が朝出る時は綺麗だったのだからまた他の誰かが汚したのである。
さすがにこのレベルの嫌がらせはちょっと耐えられないし、しかも全てが誤解なので晴らしたいし、てか本当にこれ汚しているもう一人が誰なのか気味悪いし、と思って大家さんに連絡した。
そしたらウチに来て話をしてもらえることになって、今日を迎えた。
てかこの人卑怯なのは署名も何もしてないから、どこの誰が私のドアとかトイレに貼り紙をしているのかわからないことなのね。自分の正体は隠して好きなだけ嫌がらせするなんて幼稚すぎるしタチ悪すぎると、大家さんも言っていた。
というわけで、まず結論から言うと、貼り紙をしてきていた人は隣のアトリエで働いているおばさんである。
ノックをすると優しそうで綺麗な、作業用のエプロンを着たおばさんが出てきた。ところがどっこい、大家さんが「トイレの件について…」と口を開いた途端に猛スピードで苦情を捲し立て始めた。大家さんはとても良い人なのだけれど半ば呆れた苦笑いしていて(大家さんが何か話そうとしてもこのおばさんは遮って捲し立てを続けるのである)、私は降ってくる罵詈雑言に「負けるな私、同じように言い返せ私、私は何にも悪いことしてない」と言い聞かせ、自分を奮い立たせて同じようにフランス語で「私じゃない誰かがやってることだしそれなのにわたしのドアにあんなにひどい言葉を貼ってくるなんておかしい」とまっすぐ目を見て言い返した。反論の隙も与えず捲し立てた。
過度な一般化とデカい主語は避けたいけれど、これがフランスで生きる道だというのは本当にそうなのである。この1年間で痛感してきた。
ほぼ例外なく白熱した議論が大好きで、ゆえにおしゃべりで驚くほど早口で、押し返さないと押しつぶされる。相手の言葉を遮らないと一生相手は喋り続ける、わたしを抑え付け続ける。
特に口論においてフランスの人たちの右に出るものはいない。
それはわかっていたけれど、実際に問題に巻き込まれたのが初めてだったので怖かったし、心細かったし、嫌な気持ちになったし、ストレスが溜まった。トイレという日常生活において必要不可欠なものが怖くなるんだからストレス溜まるに決まってる。
だけど大家さんとかインターン先の上司の助言(押し返せ、言い返せ、折れるな、やられたらやり返せ)を胸にちゃんと言いたいことを面と向かって言ったわたしも誇らしかった。
それから、あんまり聞き取れなかったのが悔しいけど大家さんとその人が話してる時に「日本人」っていう言葉が何回か聞こえて、え、そこで国籍関係ありますか???って違和感を持った。何の話だったのか聞き取れなかったから定かではないけど、「日本人の子」ってわざわざ国籍いう必要ある?っていうところで私とか前の住民さん(その人も日本人だった)のことを言っていて、ちょっと不快だった。
しばらく話してごたごたがひとまず収まったので家の中に入った後、わけもわからずしゃがみこんでずっと泣いた。いっぱい泣いた。怖かった。怖すぎた。
こんなに優しそうなおばさんがあんなにひどい言葉をせっせとパソコンでタイプして印刷して、わたしが帰ってくる前にドアの前とかトイレとかにいそいそと貼ったんだと想像すると恐ろしくて、人間というのはなんて怖い生き物なのだろうと思って震えた。
あと解決してない問題もあって、結局トイレを使ったのは誰なの?って話。なんか同じ階の外に繋がってるドアが壊された痕跡があって、そこから知らない人が入ってきたのかもしれないという話になって、いやそれ怖すぎでしょどうすんのってなった。その隣のアトリエの女の人がセキュリティに連絡して新しいドアにするとかなんとか言ってた。それでも怖い。
大家さんにそれ怖いって言ったら« Tu sais, ça peut arriver »(You know, these things happen)みたいな感じで言われて、いや起きないわセキュリティどうにかしようよってなった。
パリ生活も残すところ1ヶ月というところでまた洗礼を受けているわけですが、強く生きていきたいと思います。うへえ。
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