私のゲーム実況人生 その1
2002年。
その頃はまだPCでインターネットに繋ぐなんてできなかった時代。インターネット繋ぐならダイヤルアップ方式で、繋いだ分だけ金がかかっていただけに、親にお願いすることもできず、自分で払えるようになってからと決めていた。
大学生だったので、アルバイトして月々のネット代は普通に自分で支払えるくらいにはなった頃に、オンラインゲームをやってみようと思った。
ここでALIENS vs PREDATOR 2という、国内ではカプコンがパブリッシャーになって販売されていたFPSゲームを購入することに。FPS自体もこれが初で、最初の頃は海兵隊でプレデター、エイリアン相手にオンラインで戦っていたが、だんだんと肌に合うようになってきて、日本の最大規模のクランに在籍し、毎日毎日対戦に明け暮れていた。
プレデターを好きになったのもこの頃。
映画も見返したし、ちょうど2004年には映画まで公開され、クランメンバーと盛り上がったもんです。当時AVP2をやっていた時に映画公開されたので、プレデターとエイリアンが映像作品で交わったというだけで全裸で興奮発狂もの。
その頃のAVP2の盛り上がりは最高潮で、大会だったり盛んに行われ、自分もプレデターとして参加したり、カスタムマップを使ったイベントだったり、飽きなかった、数年。今でもリマスター化してほしいゲームの1つ。公式サーバーはもうないが、有志のサーバーでまだプレイされてる人もちらほらいるとか。
その盛り上がっていた時に行われたイベントが本当に楽しすぎたので、何か記録(記憶)に残したいってつくづく思っていたわけで。もちろんスクショはいっぱい撮って、クランの掲示板にいっぱい貼り付けてわいわいやってたが、動画に残せたら最高だよなと。
PS4に標準搭載されてるキャプチャーや配信機能により、録画すること自体誰もがやれるようになっている今では想像もつかないだろうが、当時ゲームの模様を正確に動画におさめるツールはほぼなかった。いや、あったはあったが、無料ツールではまずカクカクにしか撮れず、そもそもキャプチャー認識するゲーム自体が少なすぎた。高値で購入すればそこそこのものはあったが、それでもPCの性能に依存するので、動画を収録できる人=大金持ちってくらいの位置づけ。敷居はとんでもなく高かった。
HALO2がXboxで盛り上がっていた時、とあるクランホームページに面白い動画がいっぱい投稿されていて、これだよ!俺がやりたいのはこれ!って感嘆したっけ。管理人さんにどういうソフトを使っているのかと聞いたこともあったが、当時で言えばまずその環境を整えるのは至難だと思って諦めたのを覚えている。
2006年以降になるとXbox 360が発売され、自分自身はまずホームページを作りたいと思い、HTMLやCSS、Javaのコーディングを独学でやっていた。実はXbox 360公式の応援サイトとして私のホームページも登録されていたくらい真剣に打ち込んでいた時期もあった。だが一方、動画収録に関してはもうビデオカメラを買って、モニターをそのまま映すかくらいにしか頭になく、でもそれじゃあなぁと悩みに悩んでたのもつかの間。アマレココやDxtory、Frapsといった無料だったり安価なキャプチャーツールが出始めたのもこの頃。それらのツールを知ったのは、当時Youtubeより色んな意味で話題になっていたニコニコ動画で、とある実況プレイヤーの動画を観たことがきっかけである。
次回、その2「つるぺた幼女大好き丸腰さん」に続く。
御厚意いただいたサポートは、仕事と育児をしながらではありますが、今後の実況プレイの活動やホームページ運営に活用させていただきます。