見出し画像

「奇跡のコース」ACIMレッスン316

わたしが、兄弟から日々、贈り物を受け取っているのと同じように
わたしも兄弟に、ギフトを与えているのです。

レッスン316のアイディア

わたしが兄弟に与えるすべての贈り物は、わたしのものです。

「奇跡のコース」のワークを学ぶガイドブック12/ ナチュラルスリット

レッスンの進め方

兄弟から受けとる贈り物も、わたしが兄弟に送るギフトもすべて、一つ残らずわたしに属するものです。
兄弟との関わりを通して受け取ったものも与えたもの、どんな時にもその贈り物を通して、神なる父の愛が存在していました。その父のめぐみがわたしに与えられています。それを思い出しましょう。

今日のレッスンのヒント

今日は、レッスンそのものがヒントになっています。
感謝やいたわり、そしてネガティブな状況、すべての瞬間に神の愛が存在していると、分かっているなら、その贈り物をくつろいだ気持ちで受け取ることができます。その瞬間に思えなくても、そういう考え方もあるんだったとあとで気づく・・それもよしです。

今日のテーマ[最後の審判とは何ですか?](6/10)

神の救いの恩寵おんちょうを恐れることは、苦しみから完全に解放され、平和、安全が回復し、自分自身の真のアイデンティティとひとつになる、ということを恐ることにほかなりません。
(w:part2.10.3.2)


テーマのヒント

神の愛の手が差し伸べられた時、わたしたちは思わず尻込みしてしまうのです。もっと頑張らないと、まだまだ・・、とそんな資格はないと辞退します。本当はそのままのわたしでたくさんのめぐみを受け取る資格があるというのに、拒否するのです。そして、現実はこんなにわたしに厳しいと文句をいいます。この考えを改めたい限り、たった今、経験している葛藤、苦しみ、痛み、迷い、焦り、から救われることはありません。・・と「奇跡のコース」は教えています。

今日の祈り

わたしには贈り物が認識できません、
今日こそ、あなたの贈り物を受け入れたいのです。

「奇跡のコース」のワークを学ぶガイドブック12/ ナチュラルスリット

まとめ

なぜ、わたしたちは、苦悩を手放すことを恐れるのでしょう。
この世界でいろんなことを体験しようと意気込んでやってきたはずなのに、
アレもコレもやってみよう!と、TDLやUFJに行ったときのように、アレもコレもと楽しめがいいのに、負荷をかけて取り組みます。
自分でハードルをあげたり、誰かと競争したり、先にこれをしようと思ったり・・。おもしろいですね。それも込みで楽しんでるんですね。:)
もしもの時の装備荷物は下ろして、楽しみましょう!

この旅路に必要のないものは置いていきましょう


ここまで、お付き合いいただきありがとうございます♡

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?