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おとしごろ

 ミステリー研究会は、古びたビルの4階の貸会議室を利用して行われていた。エレベーターを使わず、4階まで階段を昇ったせいか、少し息が切れ、汗が滲む。

 『ミステリー研究会 19時~21時』

と会議室の扉に貼られている紙を見つめながら、扉を空けようか迷う。

 扉のノブに手を掛けようとしたとき、それが動いてドアが開いた。

 「あ。」

思わず声が出てしまった。

 丸坊主の頭の中年男性。中肉中背で、品のいいブルーのチェック柄シャツにチノパンツ。顔はわりと強面だが、笑顔は...やはり強面。

 「見学の方ですか?どうぞどうぞ、さぁ、お入りください。」

 男の後ろから、赤いカーディガンに白いワンピースの70代くらいの女性が早口で言う。白いものが目立つ髪は、きっと長いのだろう、きれいに頭頂部でお団子状にまとまっている。

 「あの、わ、わ、私...」

 「いいんですよ、遠慮なさらないで。」

 女性は私の手を取ると、20人ほどの定員の会議室の窓際の席に連れていき座らせた。

 会員らしき人は3人くらいいて、興味深そうに私を見る。いずれも中年からそれ以上とおぼしき方々。

 「定刻になりましたので始めましょうか」

 赤いカーディガンの女性が言う。皆、手にしていた本やペンを置き、正面の女性に注目する。

 何だか場違いだなぁ、私、と思いながらも今、ここを出る勇気がないまま、ミステリー研究会が始まった。

 「今日は見学の方もいらっしゃいますから、私たちの会の活動をお話ししますね。海道さん、お願いします。」

 「え、いや、会長でもいいんじゃない?」

 ブルーのシャツの男性が言う。赤いカーディガンの女性が会長なのか。

 「いいからいいから。」

 困った顔をしながらも、海道という男性は、話し始めた。

 「このミステリー研究会は、この地域にあった市立西ケ丘高校のミステリー研究部のOBが始めたものです。すでに10年以上前、西ケ丘高校は統合され、今はありません。ミステリー研究部については、実質、活動期間が15年で廃部。私が最後の部長となりまして、諸先輩方に廃部になったことが申し訳なく...」

 「その下りはいいから、次!」

 白い髭に黒縁の眼鏡のダンディな紳士風が言う。80歳にはならないだろうが、けっこうなお年だろう。

 「はい、先生。というわけで、ミステリー研究会は、ミステリーを楽しむための集まりなのです。」

 「はしょりすぎだよ、海道君。」

 どっと皆が笑う。

 何だか着いていけないな、どのタイミングで帰ろうか、ということばかり、頭の中で渦巻いていた。

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