キヨハラ

チャマメという猫③

チャマメと付き合いのある猫は少ない。センセイともう一匹。キヨハラという猫くらいだ。キヨハラは体は小さくていつもイジメられていた。チャマメと彼の出会いはイジメられて食糧を他の猫に取られたキヨハラにチャマメが取った大きな魚の半分をあげた事から始まった。特に理由なんてなかった。チャマメは目の前に惨めなヤツがいたらせっかく獲ったデカい魚の味も悪くなると思っただけだった。でもキヨハラは本当に喜んでその魚を食べた。実に美味そうに食べた。それ以来チャマメは余った魚をキヨハラにあげるようになった。キヨハラは毎回美味そうに食べた。そのお返しになるかはわからないがキヨハラはいつも自分の考えている事を訥々とチャマメに話した。チャマメはキヨハラの思考の深さを尊敬した。チャマメは色んな事を深く考えて彼なりの意見をいつもチャマメに話した。そんな時間は楽しかった。でもいつからかキヨハラは思考に毒され始めた。どうどうめぐりの思考の逃げ先をマタタビに求めたのだ。それ以後彼はいつもふわふわしている。ずっとマタタビを手放さないからだ。チャマメから見てキヨハラは楽しそうに見えた。いつもヘラヘラ笑っていたからだ。だけど不幸にも見えた。彼はずっと孤独だった。理屈っぽくてマタタビばかりを嗅いでいるキヨハラに近づく猫はいなかった。チャマメくらいだ。

おいキヨハラ。なんでそんなにマタタビを吸ってるんだ?そんなにマタタビはいいのか?

おうチャマメ。お前マタタビの良さも知らんのか。吸ってみろ。頭がふわーっとなってこの世のイヤな事全部忘れちまうんだ。

いやオレはいい。マタタビ無くても楽しいから。キヨハラは何がそんなにイヤなんだ?

何がそんなにイヤかって?さぁ?それすらもマタタビを吸うと忘れちまうんだ。でもそれが最高なんだ。

イヤな事を忘れられたらもう次はマタタビを吸う意味はないじゃないか。

そうだな。そうなんだけどな。マタタビを吸う幸福感はまたマタタビを吸わないと得られないんだよ。

そんなにマタタビ吸ってたら早死にしちまうぞ?死んだら何も出来ないじゃないか。

そうだろうな。でもオレはな。気持ちいいまま死にたいんだ。シラフのままなんて死ねるか。病気になったり。車にひかれたり。最近の猫はろくな死に方しねぇ。そんなんなら気持ち良く死にたいだろ?

そうかな?精一杯生きて幸せをたくさん手に入れたら死ぬのも怖くなくなるんじゃないかな?

そうか。オレは生きる事自体がすでにツライよ。死にたいんだよ。でも死ぬほどの勇気はないんだよ。だからマタタビを吸うんだ。マタタビを吸ってまったりと時間が過ぎていく。そしていつか死が訪れる。そして安らかにふわふわしたまま死ねるんだ。幸せだろう?

生きることはそんなに辛いのか?

あぁ。生きる事は辛い。安らかに死ぬことは幸せな気がする。

そうなのか?幸せはそれぞれだろ?オレは好きなメス猫ともっと楽しい時間を過ごしてから死にたいよ。お前は好きなメス猫はいないのか?

好きなメス猫?そんなのいるわけないだろ?オレみたいなマタタビ漬けの猫を好きになるメス猫なんていないさ。

好きになって貰おうとするなよ。自分から好きになれよ。

そもそも出会いが無いしな。メス猫よりもオレはマタタビが好きなんだよ。放っておいてくれ。

だからキヨハラは孤独なのだ。チャマメはそう思った。猫それぞれの猫生(じんせい)だ。チャマメが無理やりキヨハラの猫生(じんせい)を変えてやる必要は無いと思う。それでもチャマメはキヨハラが心配だった。でも本当にキヨハラが幸せなのかどうか。それを考えると深く踏み込む事の出来ないチャマメだった。

そうか。わかったよ。マタタビ以外の世界もいいぞ。マタタビを辞めて港を出ろ。そしたらマタタビよりいいものが見つかるかもしれないぜ。

そうだな。そんなもの見つかるといいな。でもめんどくさいんだ。オレはマタタビでいいんだよ。

チャマメはキヨハラはもうダメだと思った。悪いヤツじゃない。でも生きる力が足りないと思った。でも生きる力を与える力がチャマメには無かった。チャマメは自分の無力さを嘆いた。でもそれは別にチャマメの責任ではない。誰も猫は孤独だし、自分自身で生きる力を持たなければいけない。最後の最後は自分ひとりなのだ。それは孤独ではあるが強さでもあるように思えた。でもそれを誰かに強制することなんて誰にもできない。チャマメは苦虫を噛み潰したような気持ちになりキヨハラに別れを告げた。せめてもの彼の幸せを願って。

じゃあなキヨハラ。オレはオレの人生を歩む。お前はお前の人生を歩むだろう。だけどな人生の責任はいつだって自分自身にあるんだぞ。マタタビには無いんだ。センセイが言ってたんだ。間違いない。

おう。ありがとうよ。わかってる。わかってるけどどうしようもないんだ。オレは緩やかな死を楽しむさ。達者でなチャマメ。お前の生き方キライじゃなかった。

あぁ。じゃあな。オレもお前の思慮深いところはキライじゃなかった。天国で会えたらまた一緒に魚を食おう。

猫生(じんせい)は猫それぞれだ。チャマメの記憶の中でキヨハラは生き続ける。なんとなくそれでいいような気もしたが寂しさがチャマメの中には残った。

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