桜の樹の下には
どうやら私は頭がおかしいらしい
あの塀の向こうの病院にかれこれ
10年入院している
入院して5年目の冬
1日30分の外出が許された
手前に大きな公園もあるが、
私はこの一本の大きな桜の樹がある
人気のない小さな公園がお気に入りだ
人気のないことには理由がある
どうやらこの桜の樹で首を吊った女がいるらしい
私は病院に持ち帰れないものを
この桜の樹の下に埋めている
この日記もそのひとつだ
2024 1/7
今日は先客がいた
車椅子に乗った女だ
私は日記を掘り起こしたくて目の前をウロウロしていたがその様子はどうやら見えていないらしい
こんにちは
と声をかけた
女は耳は聴こえるが交通事故に遭い
歩けなくなったのと
目が見えなくなったらしい
私は適当な言い訳をつけて日記を掘り起こし
今日彼女に出会った事も書いた
綺麗な髪の長い
見えないはずの目は
何処か強い意志を持ち
遠くを見ていた
2024.1/14
彼女に出会って1週間が経った
病院にいるイカれた連中としか会話していない私には
彼女と過ごす毎日の時間がとても新鮮に
そして穏やかに思えた
彼女が交通事故に遭ったのは
不倫相手との旅行中の事故で遭ったらしい
不倫をするような愚かな女だと
私は彼女のことを卑下しながら話を聞いていた
この公園の桜の下で男に告白をされたらしい
だから彼女はこの場所でその男を待っている
事故の後男がどうなったかは
まだ分からないらしい
2024.1/28
私たちは今も毎日穏やかにこの桜の木下で会っている
彼女はずっと男を待っている
この桜が咲いた頃に
きっと彼が迎えに来てくれるはずだと
信じて待っている
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私はどうやら頭がおかしい
あの塀に囲まれた場所は病院ではなく
そういう頭がおかしいやつを閉じ込めて
朝晩謎の薬を飲まされている
薬を飲んでいた頃私の頭は
モヤが…というよりは
何万匹の薄羽陽炎のような…
そしてその羽虫は舞ってはすぐに死んでいく
そんな夢をずっと見ている
とにかく私の中では薬を飲んでからの方がおかしかった
私は外出許可が出てから薬を飲むのをやめた
すると段々意識がはっきりしてきた
昔私の好きだった男も既婚者で
この桜の樹が咲いたら
一緒に旅に出ようと約束していた
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彼女の話を聞けば聞くほど
その頃のことを思い出した
私は頭がおかしいので愚かだと思っていた
彼女の気持ちが今痛いほどわかる
寧ろこれほど通じ合った気持ちこそが
本当の愛というのではないのだろうか
こんなに似ている私たちなのだから
私は彼女の首に手をかけよう
一緒にこの桜の樹の養分になり
綺麗な花が咲くのを待とう
桜の樹の下には…
埋まっている
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