恋いと乞い

歌人の折口信人は「こふ(恋ふ)はこふ(乞ふ)」だと主張していて「恋というのは魂乞いであって、恋人の魂を乞うことだ」と語っていたらしい。

それで思い出したのが橋口亮輔監督の名作映画「恋人たち」だ。

タイトルに反してこの映画には恋人たちは出てこない。
好きな相手を失った人や想いが届かない人、相手の心が壊れてしまった人などの日々が描かれている。映画の宣伝文句も「それでも人は、生きていく」だ。

この映画の「恋人たち」は「恋う人たち」で、つまり今ここにはいない、いても想いが届かない「相手の魂を乞う人たち」なのだ。

離ればなれになってしまった相手の魂を呼び続けるその姿は切なく悲しい。
古代の日本、例えば万葉集には恋の楽しさ、喜びをうたったものは一首もなく、すべて「いまここにいない人を想う歌」だったことを考えると、日本人にとっての恋は「I love you」というより「I miss you 」なんだろう。

というより歌や文学、映画にしよう、つまりその気持ちや想いを形にしようという力を持つのが「miss」の力なのかもしれない。

幸せな時にはその形がわからないものは、その幸せがなくなった空白に気づくと輪郭が浮かび上がる。
それを擬似体験させてくれるものが恋愛小説や恋愛映画なのかもしれない。

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