前夜

明日取り壊しが決まっている祖父の家で、僕はいま一人、夕食を作っている。
ガスはマッチで火をつけないといけないし、古い家なので流し台が低くつくられていて、すぐ腰が痛くなる。
祖母は小柄な人だったのでちょうどよかったと思うが、長身だけが取り柄の僕にこの高さはキツい。
それでも何とか肉野菜炒めと味噌汁、炊き込みご飯を完成させた。
使った野菜は全て庭の畑で育てられたものだ。その畑も明日には埋められる。

取り壊し前夜、祖父の家に一人で一泊させてくれと言うと、母はあっさりオーケーしてくれた。てっきり「ズルズル感傷に浸るのがあんたの悪いくせよ」と歯牙にもかけず断られると思っていたのに意外だった。

たぶん僕が急に仕事を辞めたことと関係があるんだろうけど、深くは考えないことにした。

古ぼけた家具のほとんどは廃棄処分にするらしくそのままになっており、明日取り壊されるとも知らずに、家はいつもの姿と居心地の良さで僕を迎えてくれた。

新鮮な野菜で作った夕食は久々に美味しかった。明日の朝には電気が切られるので食べきれるよう少なめに作ったのだが、お代わりができないのが残念なくらいだ。

柱時計が鳴る。午後6時だ。昔はこの時間になると壁に取り付けられたスピーカーからラジオのたんぱ放送が流れてきた。
明日の天気や風向き、近くのスーパーのセールなどこの地域の情報を主に流していたが、数年前になくなってしまった。
近くのスーパーもつぶれ、継ぎ手がいない田畑が目立つ過疎の村だからだろう。
「ニーズがないものからなくなっていくんだよ」という上司の言葉を思い出す。

「ピンポンパンポーン。こだなかラジオ放送です。明日の天気は…」

ん?なんだこの放送?もうなくなってるはずなのに壁のスピーカーから少し割れた音で、でもはっきりと放送が聞こえてきた。

「今日は夏期の害虫対策について、農協の南田良太郎さんにお伺いします」

おじいちゃんの名前だ。なんだこれ?昔の録音か何かか?でももうラジオ自体なくなってるはずなのに。



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