鉄道150年特集バックステージ⑯・〔最終回〕坂の上の雲と「新幹線ナショナリズム」
『東京人』編集部は飯田橋にあります。隣の隔月刊『外交』編集部での編集作業が大詰め、みんなで食べるお握りを買い出しに出てホテルメトロポリタンエドモントのロビーを横切ったとき、新幹線E5系の運転シミュレータが据え付けられているのに気がつきました。日本の新幹線技術売り込みのためにインドのモディ首相をはじめとする海外の要人へのプレゼンに使われていたツールが、役目を終えてやってきていたのです。これを見た瞬間、「吉岡桂子さんに記事を書いていただこう」とひらめきました。
150年前の鉄道開業。工費は、大隈重信・伊藤博文が国内の強い反対を押し切って、イギリスからの借入でまかない(本特集・老川慶喜「大隈、伊藤が鉄道建設を決断」)、輸入されたイギリス製の機関車は、産業革命後の「グローバル戦略商品」として世界金融が動き出すきっかけになりました。追ってアメリカ・ドイツも機関車を輸出するようになり、近代国家となった明治の日本は、英・米・独が熾烈な競争を繰り広げる市場となりました(中村尚史「第一次グローバル経済と機関車市場」。そして鉄道は日本の津々浦々に延び、地域の産業を発展させていったのです(中西聡「物と人の流れが地域経済を豊かにする」)。
戦後の日本は、世界銀行の融資を受けて荒廃しきったインフラを立て直します。発電所、製鉄所、造船所。しかし、1960年代に入ると、融資を受けて作るものの性格が変わります。1961(昭和36)年に東海道新幹線、名神高速道路、そして1963(昭和38)年に東名高速道路のための借入。高速度大量輸送にインフラ整備の方針が切り換えられるのです。まさに日本が高度経済成長の坂を駆け上がろうとしていた時でした。
そして1964(昭和39)年、東京オリンピック開幕の10日前、10月1日に開業した東海道新幹線は、戦後の日本人のたゆまぬ努力の象徴であり、日本人のアイデンティティそのものになったと言えるでしょう。それは、明治維新を担い、新政府の中枢を占めた若者たちが、いずれは世界に肩を並べたいと仰ぎ見た「坂の上の雲」に手が届いた、というような思いだったのかも知れません。わたくし(偽)は1967(昭和42)年生まれ。初めて新幹線に乗ったのは、確か幼稚園年長組のときでした。家族ぐるみで高揚感、緊張感があったことを思い出します。
新幹線技術は、中国はじめ東南アジアの国々の強い関心を集めました。今年は日中国交回復50年の年でもありますが、国交回復直前から、中国から日本に対して新幹線技術への熱烈なラブコールがあったことを朝日新聞編集委員の吉岡桂子さんが解き明かしてくださいました。吉岡さんは日本と中国・東南アジアの関係を、さまざまな題材を糸口に、丹念な取材で追っている方です。中国が人民元をグローバル経済の基軸通貨に押し上げる歴史をさまざまな人物の証言から追った『人民元の興亡』(小学館)は見事。では、グローバル市場における新幹線技術の売り込みはどうだったのでしょうか。日・欧・中三つ巴の、高速鉄道技術売り込みの闘いを、本誌特集の「『新幹線ナショナリズム』を超えて」にまとめて下さいました。
新幹線は世界に冠たる、誰でも欲しがる技術。日本の威信をかけて売り込みたい。こうした日本政府の思惑は、競争相手の欧州各国の国家ぐるみでのサポートの手強さに阻まれ、さらに売り込み相手の中国は、さまざまな条件をつけて日欧を競わせ、すぐに技術をキャッチアップして自らのものとした技術を磨き、今度は日本の競争相手としてグローバル市場に立ちはだかる。国同士のメンツを賭けた争いの荒波の中、日本はかろうじて台湾・インドで成功を収めました。しかし政・官・財総出のプロジェクトは蹉跌したとの評価が妥当でしょう。
記事は多数の証言を盛り込み、多数の政治家、官僚、財界人が登場。成約したはずのインドにおける建設も思うように進んでいません。2020年、安倍晋三氏が総理退任直前にモディ首相に対して働きかけた会談記録を吉岡さんが情報公開請求で発掘されたのも読みどころです。
私たち日本人は「新幹線神話」に酔いすぎていたのではないのか。私たちは鉄道技術の何をもって世界に貢献すべきなのか。吉岡さんは鋭く問いかけます。鉄道150年の歴史は、日本が鉄道で運んだ織物や茶を蒸気船に乗せ、グローバル市場に打って出た歴史でもありました。本誌特集「鉄道をつくった人びと」は、日本がグローバル国家の入口にどのようにして立ったかを明らかにすることで「鉄道と日本人の過去・現在・未来」について考える企画。吉岡さんの記事で特集を締めることができました。ぜひとも、ご意見・ご批判をお寄せ下さい。ありがとうございました。(偽・高瀬文人)
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https://edmont.metropolitan.jp/.../plan/shinkansen_room.html
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