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数々のレッドフラッグ~国際詐欺?顛末 (2)

日本語の学習者を装ってメッセージを送ってきた「スロバキア人男性」のアダム(仮称)の "…@outlook.com" のEメールアドレスに連絡したところ、約20時間後に長い文章が届いた。

内容は以下のようなものだが、英語があまり上手ではなく、ところどころ文脈から意味をつなぐしかないところもある。

アダムからのEメールの内容

【アダムの自己紹介パート】

  • スロバキア工科大学卒業

  • 数学、ファイナンス、物理学、工学、材料科学、原子核物理学、特に自動化機械工学に詳しい。

  • Tatra(チェコの自動車メーカー)、BMWミュンヘンなどで勤務。

  • その後、チェコスロバキア商業銀行のエグゼクティヴ・ダイレクターになった。

  • 1970年代には、コンピュータのメンテナンスに従事。ソ連郵便局(?)ミンスクからコメコン圏内で最大のコンピュータまで扱った。

  • スロバキアでは、IBM Servicesでスロバキア初の銀行のネットワークシステムを構築。

  • Siemence(シーメンス)社の光ファイバー回線技術によるデジタルネットワーク開発に携わる。

  • スロバキア政府の情報通信部門のダイレクター職としてキャリアを終えてから、もっと社会に貢献できる仕事をしたいと考え、掘削システム(深度10㎞以上掘削できる新技術。"Mining drilling system"と表現)を開発。

  • 掘削システムで、レアメタル、金、ダイヤモンドなどを掘り出すことができる。

【ビジネスの計画パート】

  • ビジネスのために日本かベトナムに行きたいので、手伝ってほしい。

  • チェコスロバキア商業銀行から持ち出した金地金を国外に送りたい。

  • 金地金は、13,753,563.62ユーロの価値がある。

  • 金地金の送り先(受取人)になってもらえたら、その30%を報酬として渡す。

【背景事情パート】

  • この金地金は、ニュージーランド人のフィン・ハリス氏(仮名)がチェコスロバキア商業銀行に預けたものだった。

  • ハリス氏は、相続人を指定しないまま、ニュージーランドで亡くなった。

  • 自分は銀行のダイレクターだったので、同僚とともに完璧な書類を作成して、この金地金を銀行から持ち出した。

  • こういう事情なので、自分ではこの金地金をスロバキア国内で売ることも、どこかへ持って行くこともできない。

  • 既にオランダの外交クーリエサービスの会社との間で、この金地金を海外に送る手配をした。外交クーリエ便で住所地まで直接届けることができる。

  • 金地金を日本に送ったら、すぐに自分も日本に行ってそれを売る。得た資金で掘削システムを完成させたい。

【要求パート】

  • 最初のステップとして、お互いに公的なIDを送り合おう。

最初のEメールで、私はあくまで日本語のチューターとしてのスタンスで、もしそれ以外のビジネスコンサルティングの依頼なら料金が違ってくるということをアダムに伝えた(前稿)。ところが、アダムは案の定、日本語を学びたいわけでも、私にビジネスの相談をしたいわけでもなく、典型的な詐欺メールの最初のアプローチ文を送ってきたのだった。

詐欺師は、権威付けを行って自分の話の信憑性を高めようとする。

アダムは【自己紹介パート】で、しきりに自分の専門分野や、大企業、政府機関の具体名を挙げている。コメコン(経済相互援助会議)の名が出てきたのには隔世の感を覚えたが(アダムのEメール原文では「コメコン」ではなく、それをスロバキア語で表す"RVHP"が使われていた)、言っていることがすべて本当なら、工学系、情報通信系でハイキャリアを歩んだ人ということになる。

コメコン(経済相互援助会議)は、冷戦時代に西側のOEEC(欧州経済協力機構。現在はOECD(経済協力開発機構)になっている)に対抗して、ソ連が主導して作ったもの。軍事的には西側のNATO(北大西洋条約機構)と東側のワルシャワ条約機構があり、経済的にはOEECとコメコンがあった。

権威性の高い大企業や政府機関でのキャリアを示すのは、ハロー効果によって信用を得ようという行為だ。しかしこれは、詐欺師ではなくても多かれ少なかれしている。誰だって履歴書には良いことを書いて能力や経験を認められたいし、信用を得たい。あくまで、内容の真実性(本当にそういう経歴なのか)が問題になるのであって、この行為そのものが詐欺のレッドフラッグ(危険信号)と言えるわけではない。

ハロー効果
ある対象について評価・判断する際に、わかりやすく目立つ部分ばかりを見てしまい、他の特徴について評価が歪められてしまう(矮小化されるなど)認知バイアス。権威ある肩書、経歴、長所などがあると、それに引きずられて他のことまで優れていると錯覚させられるなど。

ただ、詐欺師が権威性を振りかざすときは、往々にして話がランダムだと言われる。脈絡なく有名人と知り合いであることを示したり、大規模なプロジェクトで責任ある立場だったことを示したりする事例が報告されている。アダムの自己紹介でも、これまでに関わってきた仕事が少々、脈絡がないようにも見える。

しかし、この【自己紹介パート】は、今は仔細に検討・分析しなくてもいい。その後の【ビジネスの計画パート】【背景事情パート】【要求パート】がレッドフラッグだらけだからだ。

Eメールを読み進めていて、アダムの言う「ビジネス」というのは、【自己紹介パート】にある、彼が開発したという「掘削システム」の事業だろうと思っていた。

ところが、続く【ビジネスの計画パート】【背景事情パート】で語られたのは、「銀行から不正に持ち出した大量の金地金を外国に送って換金したい。そのため、この金地金の受取人になってくれるなら、報酬として30%をあげよう」という話だった。

まず、件の金地金の価値は 13,753,563.62ユーロだという。2023年9月1日当時の為替レートは1ユーロが158円ほどだったので、約21億7千万円になる計算だ。その30%をくれるというのだから、6億5千万円を超える報酬になる。

"If it sounds too good to be true, it probably is" という言葉がある。「うまい話すぎておかしいと感じるなら、たぶん感じたとおりだ(おかしいのだ)」という意味だ。突然、Eメールを一度交わしただけの相手に6億5千万円もの報酬を提示してくるのは、どう考えてもこの言葉が当てはまる。レッドフラッグ中のレッドフラッグで、この時点で話をするのは時間の無駄というレベルのものだ。

しかしアダムの話が少々トリッキーなのは、金地金の出所が、既にして詐取ないし横領したものだという点だ。銀行のダイレクターだった頃に(その経歴も疑わしいが)権限を利用して、同僚とともに書類を偽造して、相続人のいない故人(ハリス氏)の財産を持ち出したというのだ。

国際詐欺のストーリーでは、相続人のいない故人の大金というようなUnclaimed(誰からも権利を主張されることがない)の財産がよく出てくる。これもレッドフラッグの一つだ。Unclaimedの財産を不正に入手したが、Unclaimedであるが故に誰からも被害申告は出ない、だから警察などが捜査を始める端緒がない、つまりリスクはないというストーリーだ。

アダムが私に対して詐欺をはたらく犯罪者であるかという以前に、彼は既に銀行から金地金を不正に持ち出すという犯罪をしている。それを私に最初に告げて、いわばマネーロンダリングの片棒を担いでほしいと誘っているということだ。

つまり、この話は、私にもマネーロンダリング的な「犯罪に加担する」という大きなリスクを伴うもので、単なる「うまい話」ではない構造になっている。これは、相手の詐欺の意図(私から金銭や個人情報を巻き上げようという意図)を識別するレッドフラッグというより、犯罪に加担することになるという意味で悪事そのものだ。

それでも、アダムは「外交クーリエ便」を使えるよう手配したと言う。アダム側から直接的な説明表現はなかったが、言い換えると、税関申告や輸入許可などの手続きを潜脱して、直接私の住所に金地金が届くように手配したということだ。つまり、受取人である私には、当局に摘発されるリスクも、輸入時の税や手数料などのコストもかからないということを言いたいのだ。

外交クーリエ便(Deplomatic Courier Service)は、国際詐欺でよく出てくる定番のもので、典型的なレッドフラッグだ。これは、ある国の在外公館(大使館、領事館など)の間で送るもので、税関申告も輸出入上の許可や届出も必要ないクーリエ便を指す。あくまで在外公館の間で使われるもので、基本的に在外公館がある国の市中に物品を届けられるものではない。

アダムが「手配した」と言っているのは、つまり、スロバキアにあるオランダ大使館で外交クーリエ便を担当している会社に、日本にあるオランダ大使館に金地金を送ってもらうようにしつつ(オランダ大使館どうしでの貨物の輸送なので、スロバキアでの輸出許可や届出も、日本での税関申告や輸入許可、届出も一切必要ない)、これを日本にあるオランダ大使館で受け取るのではなく日本内国の私の住所まで直接、秘密裡に届けるということだ。

アダムは、私が話に乗りやすいように、「摘発されるリスクも、税や手数料などのコストもかからない」と言いたくて「外交クーリエ便」を出したのだ。

そして最後に、互いにIDを送り合うこと、つまり私の個人情報を送ることを求めてきた(【要求パート】)。金地金という物をフィジカルに輸送するという話なので、たしかに銀行口座情報を取るよりは、私の住所情報の方が重要なはずではある。しかしこのフィッシングの目的は、住所を知りたいというより、公的なIDカードのコピーを入手したいということだろう。

さまざまなレッドフラッグがあり、それ以前に犯罪に加担するようなことになりかねない誘いがあった。しかし、この時点ではまだ、金銭は要求されていない。一体いつ、どのような形で金銭の要求をしてくるのか。それともIDカードのコピーを入手すれば用が足りるフィッシング専門の詐欺師なのか。とりあえず、アダムの話を真剣に聞いた風を装って、不明な点について質問することにした。

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