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太陽にも青はある

『先生はどうしていつもサンサン太陽みたいなの?』

描きかけの絵に目をやりながら、彼は私に尋ねた。

星矢君のアトリエは球体の秘密基地の中にある。

そこは地上の楽園のような居心地の良いオアシスだった。

キラキラな空間に連れてこられた私はまるで

魔法にかけられたように彼に話し始めた・・・



「お前はいつも上から目線で…勝手に決めんな!」

一学年下の主人とは大学のサークルで出会った。

結婚を決めたのは、彼といると力まずに自然体でいられるから。

結婚前はとても優しかったが…一緒に暮らすうちに気づいた。

彼とは決定的にリズムが合わない。

私はアウトドア派。彼はインドア派。

私はのんびりタイプで、彼は時間前行動の几帳面タイプ。

買い物は一緒に行きたい。主人は絶対に一緒に回りたくない。

そんなこんなで一緒にいると喧嘩もたえなくて

子供たちも両親が衝突しないように上手に回避して

父と母の顔色を窺いながら、振る舞うようになった。

何度も別れを考えたが、その度に子供らの顔が浮かんだ。

“子はかすがい”とは、よく言ったもの・・・

一年前から暮らしを別にして、やっと楽に暮らせるようになったが

子供たちの帰る場所はどうしても失くしたくなかった。

離婚した友達は精神的には楽な生活を謳歌しているようだが

その一方で子供の養育費や学費のやりくりに悪戦苦闘している。

今、どちらを選択しても何らかのリスクは免れない。

私はおかげさまで明るく生きているらしい。

もともと私の母が明るくて面白い人だったから

その遺伝子は確実に引き継がれていると思う。

だから、主人と別れることを決断するときは

“恨み”や“怒り”を残して離れることはせずに

お互いに感謝の気持ちで、婚姻関係に「卒業」という

ケジメの時を迎えたいという願望がある。

そのために私は今をどう生きるべきか考えている。


『先生は時々“悲しみ”の青色を出してるんだよね』


私はこの小学生の男の子にすべてを見透かされている。

彼は悲しみを「黒」や「灰色」ではなく『アオ』だと表現した。

私の中にある闇にはとことん向き合いたくなかった。

そんなどす黒いものが私の中にあるのは認めたくなかったし

第一、そんな人には絶対に見られたくない。そう思っている。

そんな密やかな願望をも、彼は詠みとってくれたのか?


「一度しかない人生なら、絶対楽しくて心が喜ぶ方がいいよね!」

そう答えて、もう一度彼の作品に目をやったとき

ある一枚の人物の絵から目が離せなくなった。

キラキラした彼の作品の中で唯一…真っ黒に塗りつぶされた画面に

呆然と立ち尽くす一人の女性が細い線で描かれている。


「ねえ、星矢君。この絵は誰なのかな…」

『それは触っちゃだめだ!』

『呪いをもらう。あなたは触ってはいけない』

そういうと彼は静かにその絵を破り始めた。

「ごめんなさい。せっかくの作品…何か理由が…」


『それ、僕の母親なんだ』

『この世に僕を生んでくれた人』

『そして、僕を捨てた人』


球体の空間に、ビリビリと、画用紙を破く音だけが

巡り巡って、ぐるぐると反響していた・・・

To be continued


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