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球体絵本

桜の時が終わり、花が散った木をただ茫然と見ていた。

あの散った花びらは風と共にどこに飛んでいったのかな?

桜の花びらってどうしてこうも人を切なくさせるの…

窓の外に目をやりながら、台ふきを洗っていたとき

後ろで声がして、ふと我に返って慌てて振り向いた。

「先生。これ見て!!」

入学したての一年生の女の子がノートを開いて

こちらにどや顔でにっこりと笑って言った。

そこには夏のヒマワリの花の中にさっき笑ったのと

同じ笑顔の女の子の顔が描かれていた。

「星矢兄ちゃんが書いてくれたの!」

「こりゃすごいな!どうやってこの中に入ったの?」

女の子は得意げにその絵を胸に抱えて

先生方やみんなにその絵を見せて回ってた。


そう。星矢くんがここにきて、1か月も経たたないうちに

彼はみんなの人気者になっていた。

学校が終わって、学童の教室に入ってくると

みんな彼のところに集まって絵をリクエストする。

彼の周りにはいつも人だかりができていた。

彼の絵は本当に生きている。

紙と鉛筆が起こす二次元の化学反応は

いつの間にか学童の子供たちのみならず

学校サイドや保護者の間でも一目置かれるようになり

有名な天才小学生画伯となっていた。


初夏の日差しが眩しいある日のこと。

体育館で学童の子供たちのレクリエーション大会が

行われることになっていて、私は昼過ぎにいつもより早く

学校に来て、体育館の設営をしていた。

柔らかいボールを使って、ソフトバレーをするとのことで

ポールを立て、ネットを張る。

他の先生方は別の仕事に追われていたので

私がすべての設営を一人でやっていた。

静まり返った体育館に、ネットを張る滑車の音だけが響く。

私も体を動かすことは得意で、若い頃はそれなりに動けたから

今日は生徒たちと一緒にはっちゃけようと期待に胸が躍る。

一人なので大好きな歌を口ずさみながら滑車を回してた。

すると体育館の入り口に人影が見えた。ん?

星矢くん?

彼は私の方に向かってゆっくり真っすぐ歩いてきた。

「星矢くん。どうした?まだ終礼終わってないよね」

『先生、一人で準備してるから…手伝おうと思って…』

「それはとても嬉しいけど、なんかあった?」

彼は時々クラスを抜け出してくる。

絵も天才的だがエスケープの達人でもあった。

『僕ね、この“クルクル“一度やってみたかった』

肝心のこちらの問いかけをさらっと受け流し

私の手の上から滑車を握った。・・・うひゃ!

「そう。じゃ、お願いする」

そういって、軽く彼の肩に触れて、手の平から

「頼むね!」光線を出して後ろに下がった。

できるだけ彼と目を合わせないようにさりげなく視線をそらして

彼のご厚意に甘えることにした。

すると彼は滑車を回しながらなにやら歌を歌い始めた。

「くるくるくるくる水車、くるくるくるくる風車…」

いつの間にか私も一緒に歌ってた(笑)

彼と一緒にいるとなんでこんなに心が喜ぶんだろう…

大きな安堵感と優しい柔らかな時がゆっくり過ぎていく。


一通りすべてのネットを張り終えると私は彼に言った。

「ありがとう。助かったよ~もうクラス戻らないと…」

担任の先生が心配するよ~の台詞は完全に遮られ

彼は私の手を取って体育館の裏へ出る昇降口へ走り始めた。

え、え、どこへ連れていかれる?

ちょ、ちょっと待って…待ってください神様、仏さま。

これが俗にいう“愛の逃避行“か!ふざけてる場合ではない。

「星矢くんどこに行くの~~~?」

体育館の裏の松の林をすり抜けて

ヒルガオの咲く大通りを横切ると

そこは大きな海の茶色い砂浜だった。

ここは県内でも数少ない海のそばにある小学校。

お天気も良くていつものように美しいグラデーションの

エメラルドブルーが眩しい!!


いやいやいやいや。帰らなくちゃ。早く学校へ…

彼を促そうとしたその瞬間、彼はつぶやいた。

『先生は秘密基地って持ってる?』

「いや、子供のころはいろいろあったけど、今は…」

『僕、持ってるんだよね。内緒だよ。来て!』

そして私は彼に魔法をかけられたように

神隠しの森へいざなわれた。

そこには見たこともないような丸い球体の建物が…

こんな田舎のこんな場所に存在するはずのない球体の家


なんとそこには・・・

狭い通路を通って木目の扉を開くと

所狭しと並べられた彼の作品が

まるで建物を覆うステンドグラスのように

その球体の壁に貼られていたのだった。

To be continued  




















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