研究書評



2024年4月11日 八代尚宏,島澤論,豊田菜穂(2012)

八代尚宏、島澤論、豊田菜穂(2012)「社会保障制度を通じた世代間利害対立の克服 シルバー民主主義を超えて」『NIRAモノグラフシリーズ』34巻p.1-20

(選択理由)
今回選択した文献は、NIRAが政治的な存在感を増している高齢世代の利益に配慮し、高齢者にとって負担増となる制度改革を先送りする政治のあの方を問題意識としてもち立ち上げた「世代間公平性プロジェクト」によって作成されたものである。
選択した理由としては、世代間格差の実態として具体的にどれほどの格差が存在しているかについて疑問に思い、また、世代間格差を解決するためにどの様な方法が考えられるか疑問に思ったためである。

(内容)
 まず、世代間格差の実態についてである。社会保障制度を通じた世代間格差には、一時的な世代間格差と一生涯での世代間格差の2つの種類がある。本文では、後者の一生涯での世代間格差について、すべての世代の過去分の受益負担についても考慮した生涯純負担率の推計を行っている。推計では、野田政権下の社会保障と税の一体改革において行った消費税増税について、改革の通りに5%から10%に段階的引き上げを行ったシナリオ、増税を行わなかったシナリオ、26%まで引き上げたシナリオについて推計を行った。推計の結果として消費税増税を行えば行うほど現在世代と将来世代の間の世代間格差を是正するが、現代世代内において若い世代ほどより多く負担する事となることが分かった。このことから消費税増税だけでは格差の是正は難しいことが分かる。
 次に世代間格差の解決法についてである。世代間格差を是正する方法として本文では3つの方法が挙げられる。1つ目は選挙制度改革であるが、これはシルバー民主主義が存在するならば選挙制度改革の前に社会保障制度改革が成功しているとして否定された。2つ目は高齢者の利己心に訴えることであり、社会保障制度の持続可能性のリスクについての情報を提供するというものである。3つ目は高齢者の利他心に訴えることであり、日本の高齢者が他国の高齢者よりも他の世代の事をおもんぱかっていることをデータとして挙げ、その利他心を利用しようというものである。

(結論)
 生涯純負担率という形で世代間格差が存在していることが分かった。また、現在世代内・現代世代と将来世代の世代間格差を是正するためには消費税増税だけでは不十分であることが分かった。
 世代間格差を是正する方法として選挙制度改革、高齢者の利己心に訴える、高齢者の利他心に訴えるという3つの方法が挙げられた。本文では特に日本の高齢者の利他心が強いという特徴を利用した世代間格差の是正法が有効だとした。
 今回選んだ文献では選挙制度改革の実現可能性が低いとされた。他の文献を読んでどのような選挙制度改革による是正を目指しているのか調査したい。

2024年4月18日 岡本章(2020)

文献情報:岡本 章(2020)「Silver Democracy and Electoral System: Political Feasibility of Policy Reform Plans in an Aging Japan」『岡山大学経済学会誌』51巻.2-3号123-129ページ.岡山大学
①選択理由

 今回取り上げた文献は岡本章(2020)「Silver Democracy and Electoral System: Political Feasibility of Policy Reform Plans in an Aging Japan」(シルバー民主主義と選挙制度: 高齢化する日本における政策改革案の政治的実現可能性)である。シルバー民主主義を解決するという方向で研究を進めていくうえで、先行研究で「解決がなされたと考えられる点」、つまり研究のゴールをどこに設定していたのか知る必要があると感じたため取り上げた。

②内容

 高齢者の比率が増える中、労働人口の減少により社会保障給付の費用が増加し、安定した財源確保が重要視されている。しかし、高齢者の利益との衝突を避けるため、政治家がこれらの問題について議論を避けてきた。この問題を解決する選挙制度改革案として、ドメイン投票制(子供の利益を保護するために親が代理投票を行う制度)、余命投票制(余命に応じて投票権の重みづけを行う制度)、世代投票制(選挙区を地域と世代で分割し、若年層を代表する議員を選出する制度)が提案されており、これらの導入により政府の保育補助金の増加と公的年金給付の削減が承認可能であるかを評価した。

 結果として、最も有効である余命投票制とその他の投票制度を取り入れた場合、投票数において若年層が過半数をとる結果となった。また、ある意味シルバー民主主義を解決するために、このような劇的な選挙制度改革が必要であるということは、現行の選挙制度において高齢者の利益に直接影響を及ぼす政策改革が非常に困難であることを示しているとも考えられる。

③結論

 シルバー民主主義の解決がなされたと考える点を、政府の保育補助金の増加と公的年金給付の削減が承認されることとしており、具体的にはほぼ確実にそれらが承認されると考えられる点として、若年層の投票数が高齢層の投票数を上回ることとした。

 ドメイン投票制、余命投票制、世代投票制については、それが民主主義的であるかについて考える必要がある。

 研究計画では若年層の投票率を上げるという方法を取った方がより民主主義的でクリーンなのではという質問があったため、若年層の投票率向上が選挙結果にどれほど影響を与えるか評価する必要がある。

2024年4月25日 熊倉正修(2016)

文献情報:熊倉正修(2016)「日本の財政危機と民主主義」『世界経済評論IMPACT+』4号.世界経済評論IMPACT
①選択理由

 今回取り上げた文献は熊倉正修(2016)『日本の財政危機と民主主義』である。この論文では、社会保障関連支出の膨張を要因とした財政赤字という形で現れるシルバー民主主義について、民主主義の欠陥に起因するものではなく、むしろ日本の民主主義の未熟さに起因している可能性があるという観点を取り上げている。今まで取り上げた文献は、シルバー民主主義は民主主義の欠陥であるとの観点から研究を進めたものであり、異なる観点から見たものがなく興味深く感じ選択した。

②内容

 日本の財政は既に潜在的な破綻状態にあり、日銀の国債買入れは日増しに財政ファイナンス(国債の中央銀行直接引き受け)と金融抑圧の色彩を帯びている。しかし、政府と与党はそのことを認めようとはせず、財政赤字の最大の主因である社会保障制度の改革に及び腰である。加えてこの責任は政府に同調するようにして、財政責任を問わず、消費税率引き上げの延期や社会福祉の充実を訴える野党にもある。

 その中で近年、一部の経済学者の間で、日本の財政危機は民主主義そのものの欠陥を意味しているという意見が強まっている。これは、一人一票の民主主義の下で有権者に占める高齢者の比率が上昇すると、政治家が彼らの利益を優先して行動せざるを得なくなり、選挙権を持たない若年層や将来世代に負担を押し付けることが避けられなくなるという意味である。このような考えから、「世代別選挙区」「ドメイン式投票」「余命比例投票」といった抜本的な選挙制度改革を訴える学者もいるが、高齢者から若年層への政治的影響力の再分配だけを念頭に置いて考案されたものであり、民主主義の理念と整合的かどうか疑問である。

 本論ではまず、「高齢化が進むと財政調整が将来世代に先送りされる」という現象が一般的に生じるのか検証するため、OECD加盟国における総/純債務・GDP比率と高齢化指数との相関関係について検証した。結果として相関関係は見られなかった。

 次に同じくOECD加盟国における総/純債務・GDP比率と民主主義指数との相関関係について検証した。ここでは民主主義指数としてEconomist Intelligence Unit(EIU)社の公表するDemocracy Indexを利用した。結果としてDemocracy Indexと債務GDP比率との相関関係が見られ、分野別で検証すると政治機構・政府のパフォーマンス、国民の政治参加、民主的政治文化で相関関係が見られる結果となった。

 真の民主主義の実現のためには中央銀行の独立、独立した財政機関の設置とそれらに関して野党やマスメディアが積極的に採り上げることが求められる。

③結論

 シルバー民主主義は民主主義の欠陥を意味するのではなく、民主主義が未成熟であることを意味すると考えられる。民主主義の未成熟さを解決する方法として中央銀行の独立、独立した財政機関の設置とそれらに関する報道を挙げた。また、一票の格差是正による改善が最も重要であると述べた。OECD加盟国で検証を行っていたが、OECD加盟国は比較的高齢化した国が多いためデータに偏りがあるのではとも感じた。

2024年5月2日 斎藤美松,亀田達也(2018)

文献情報:斎藤美松,亀田達也(2018)「世代間衡平問題の解決に高齢者が果たす役割」『学術の動向』23巻.6号.31-33ページ.公共財団法人 日本学術協力財団

①選択理由

 今回取り上げた文献は斎藤,亀田(2018)「世代間衡平問題の解決に高齢者が果たす役割」である。この論文では、行動生態学的な視点から「ヒト」が、群れを作って進化してきたことから獲得した様々な特徴を考察することで、高齢者こそが将来世代の便益を現代において代弁する、つまり世代間衡平を解決する重要な役割を果たす可能性があるのではと述べている。シルバーデモクラシーの解決法として、選挙制度の抜本的な改革などにとらわれない興味深い考えだと感じ選択した。

②内容

 まず注目するのは、ヒトの協働繁殖という生活形態である。ヒトは子育ての際、血縁関係の有無に関わらず、群れ一体で協働して子を育てる。協働繁殖では、ヒトは幼少期に多くの者から助けられ、成熟すると自分が子を作り、自分の子を育てたり他者の子育てを手伝ったりし、孫ができたらその子育てを手伝う、というライフヒストリーを歩む。よって、ヒトは高齢となって自らの繁殖能力を失っても、子育てを手伝うことで間接的に自分の遺伝子を広めることができる。つまりライフヒストリーを進むことで、自らという個体の利益最大化より、むしろ先の世代の手伝いをしようとする傾向を獲得していると考えられる。

 次に注目するのは、ヒトの高度な視点取得能力である。ヒトは大規模な群れで生じる複雑な社会関係に対応し、他者の心的状態を想像する能力、視点取得能力を得た。この視点取得能力により、高度な協力行動をすることができる一方で、死後の世界を想像する能力を副産物的に生じ、自分の死後も永続する「意義あるもの」への関心が高まった。

 筆者らはこれら二つの特徴によって、自分という個体に直接の便益がなくとも、将来世代に貢献したいという動機をヒトが自然に備えているのではないか、また、特にライフヒストリーの終盤にさしかかり死を意識しやすい高齢層において、より顕著になるのではと仮定して調査を行った。

 調査では、実際に高齢層が将来世代の福祉を代弁しようという意欲が強いのか検証するため、無作為抽出した18歳以上の文京区民を対象とする郵送調査を行い、772名の有効回答を得た。調査では、代弁意欲を含む質問に回答してもらい、どのような要因(年齢、ライフヒストリー、社会経済的地位、政党支持など)が代弁意欲に影響を与えているのかを分析した。結果としてライフヒストリーのみが代弁意欲に影響を与えており、特にライフヒストリーを進むと自分の死後の社会における人々の福祉を重視する傾向が強まっていった。筆者らはこの傾向が世代間衡平問題の解決に役立つのではと述べている。

③結論

 ヒトの協働繁殖・高度な視点取得能力から、ライフヒストリーを進んだ高齢層において将来世代の福祉を代弁する意欲が見られた。すでに代弁意欲を持った投票行動が取られている可能性も考えられ、世代間衡平問題の解決に役立つと断言できないのではとも考えた。また、少子化は子供を産まなかった(ライフヒストリーを進まない)人が増えたことを意味しており、社会全体として代弁意欲が低下しているのではと考えた。

2024年5月16日 西條辰義(2017)

文献情報:西條辰義(2017)「フューチャー・デザイン」68号1巻.33-45ページ.経済研究

①選択理由

 今回取り上げた文献は西條(2017)「フューチャー・デザイン」である。前回の書評において、高齢者には将来世代の福祉を代弁しようとする傾向があることが分かった。そこで、より未来の世代の利益も代弁することができるのか興味を持った。この文献では将来世代の利益を代弁するための取り組みとして「仮想将来世代」を用いた討議を紹介しており、疑問を解決できると思い取り上げた。

②内容

 まず、生存しているすべての人々に選挙権を与え、ある一定の年齢以下の人々にはその親が代理投票する制度「ドメイン投票」のパフォーマンスの評価を行った。結果として、将来世代を慮ってのドメイン投票ではあるが、二つの経路を通じて、その効果が減退することが明らかになった。一つは、将来世代の投票権を得た人々が必ずしも将来世代のために投票しないという経路、もう一つは、通常の投票で将来世代のために投じていた票を、ドメイン投票では自己のために投じるという経路である。筆者は、これらがドメイン投票のみを用いてもその効果が十分に得られないことを意味し、ドメイン投票に加えて、例えば討議などの別の手法との組み合わせが必要だとした。

 次に、討議の実践例として、岩手県矢巾町における住民参加によるフューチャー・デザイン実践の様子を紹介した。討議では、「2060年の人々になりきってその世代の利益を代弁し2060年の人の立場から議論をすること、そして、自分や家族のことではなく将来世代と社会全体のことを考えて議論する」という役割が与えられた参加者「仮想将来世代」を設け議論を行った。得られた知見として、まず、参加者たちは、仮想将来世代という役割を与えられると将来を慮って判断・意思決定に臨む能力を十分に有している点である。さらに、仮想将来世代は、討議している分野の専門家ではないものの、鳥瞰的に多くの課題や施策を眺め、順位付けするのである。つまり、社会全体という視点に立ち、施策の提案・順位付けをしたのである。また、一方で、現世代は、どうしても目の前の課題に執着する近視眼的な特徴が見られた。

 結論として、政策の抽出にあたって、従来の官僚の下書きを専門家の審議会が改訂し、それを議会が承認するという審議会方式以外にも様々な可能性があり、可能性の一つとして矢巾町の実践例のように、通常の市民が政策立案を行い、専門家は彼らのサポートになるという方式を採る。さらには、仮想将来世代のキャップを被る集団の構築も考え得る。尾崎・上須(2015)の提案する「将来省」のような、将来世代の視点から民主制を補完する仕組みのデザインが課題となるとした。

③結論

仮想将来世代を設けて討議を行うことで、将来を慮った判断・意思決定を行うことが分かった。つまり、現代世代であっても将来世代の利益を代弁することは可能である。しかし、これらはあくまで民主制を補完する仕組みであり、民主主義の根幹である投票においては、その規模のために討議を行うことが難しいことには変わりない。投票において将来世代の利益を代弁する方法を考える必要がある。

2024年5月23日 田渕恵,三浦麻子(2014)

文献情報:田渕恵、三浦麻子(2014)「高齢者の利他的行動場面における世代間相互作用の実験的検討」『心理学研究』84巻6号.632-638ページ

①選択理由

 今回選択した文献は田淵恵、三浦麻子(2014)「高齢者の利他的行動場面における世代間相互作用の実験的検討」である。研究の目的が「選挙において高齢者の利他的行動を引き出すことで世代間格差の解消を図る」という方向に変化してきた。そこで、高齢者がどのような場面で利他的行動をとるのかという疑問にあたり今回の文献を選択した。

②内容

 高齢者が利他的行動をとる場面において、高齢者の世代性の向上および行動に、若者からの反応がどのように影響するかを検証するため、二つの仮説を設定して実験を行った。まず、若者が高齢者の利他的行動を受け取った際、それに対してポジティブに反応した場合、最も高齢者の世代性(次世代を教え導くことへの関心Erikson(1950))の向上が認められるとした(仮説1)。また、世代性の向上は次の利他的行動を誘発することから、行動レベルでも相手と反応の影響が認められると仮定し、若者が高齢者の利他的行動にポジティブに反応した場合に、高齢者の次の利他的行動が最も誘発されるとした(仮説2)。

 実験では、高齢者の世代性に関する行動として、「若者がその後の人生に活かせるよう、自分の経験や知識を教え伝える」という行動を選択し、協力者と語りを行った。実験操作として語り相手の年齢、反応を変化させた。語りの終了後仮説の検証のため、まず世代性の変化を確認するため質問調査紙への回答を行い、次に次の利他的行動の誘発を確認するため3種類用意したチラシのうち若者支援に関するチラシの持ち帰り行動が行われるかどうか確認した。

 結果として、仮説1に関する分析の結果、利他的行動を受ける相手からの反応と相手の世代に有意な交互作用が認められ、相手が若者であった場合、相手からの反応がポジティブである方が、ニュートラルな反応に比べて有意に世代性が高いことが示された。一方、相手が実験参加者と同世代の高齢者であった場合は、相手からの反応による世代性への影響は認められず、ポジティブな反応の場合とニュートラルな反応の場合に世代性の有意な差は認められなかった。この結果から、利他的行動を若者がポジティブに受け取る場合に最も高齢者の世代性の向上が認められるとする仮説は支持された。世代性の向上には、若い世代との良好な相互作用が必要なのである。

 また、仮説2に関する分析の結果、利他的な行動を受ける相手が若者である場合にのみ、相手からの反応の影響が認められ、相手からの反応がポジティブである場合に「若者支援」についてのチラシの持ち帰り行動が多く認められた。この結果より、高齢者の若者への利他的行動に対する若者のポジティブな反応が世代性の向上に影響し、次の利他的行動の誘発につながるとする仮説が支持された。世代性における主観評価の変化のみでなく、行動レベルで高齢者に対する若者からの反応の影響を明らかとなった。

③結論

 高齢者の世代性の向上と利他的行動の誘発には、若者との良好な相互作用が必要である、つまり若者との良好な相互作用を持つ高齢者は若者への利他的行動をとる可能性が高まるのである。筆者は高齢者が若者に対して利他性を発揮する活動が多くの自治体で促進されている(少子化対策の一環として、高齢者が経験や知恵を活かし、地域の子育て支援を行う取り組み等)が、若者からのポジティブな反応の不足から高齢者の行動の持続性が問題となっているとした。若者との良質な相互作用として、高年齢者雇用の増加により利他的行動の誘発が見込まれるのではと考えた。

2024年5月30日 田渕恵(2020)

文献情報:田渕恵(2020)「先行世代の経験を次世代に活かす:高齢者と若齢者の世代間相互作用」『心理学評論』63巻1号.69-77ページ

①選択理由
 今回選択した文献は田渕恵(2020)「先行世代の経験を次世代に活かす:高齢者と若齢者の世代間相互作用」である。前回の研究書評では同氏の、高齢者の世代性について、その向上要因の検証を行った文献を選択した。そこで、「世代性」とは具体的にどういったものなのかという疑問にあたり今回の文献を選択した。
②内容
 世代性とは、Erikson(1950)により「次世代を教え導くことへの関心」と第一義的に定義された、次世代への利他的関心を説明する概念であり、壮年期以降(第Ⅶ段階)の心理社会的発達課題とされている。「generativity」という言葉は、エリクソンの造語である。Eriksonは第一義的な定義を定めた後に、定義をさらに広げ、「自分自身の更なる同一性の開発に関わる一種の自己-生殖も含めて新しい存在や新しい製作物や新しい概念を生み出すこと」(Erikson, 1982)とし、自身の血縁にあたる子や孫を生み育てることに限らず、新しい世代や社会を人生の先人として導いていくことも含む、次世代への利他的関心全般を指すものとして捉えなおしている。
 次に世代性の概念整理を行うとともに心理尺度を作成し、後の実証的研究に影響を与えたのがMcAdams and Aubin(1992)である。彼らは、Eriksonが著書の中で世代性について記した記述を詳細に整理し、世代性の5つの下位領域を想定した心理尺度を作成した。5つの領域とは、次世代を担う若齢者を世話することに責任を感じる「次世代の世話と責任」、自分の住む地域や近所の人に貢献しようとする「コミュニティや隣人への貢献」、次世代に自身の持っている技術や知識を伝えていくことへの関心である「次世代のための知識や技能の伝達」、次世代のためになるものを自身の死後も残したいという「永く記憶に残る貢献・遺産」、そして新たなものを作り出すことへの意欲である「創造性・生産性」である。これら5つの下位概念から成る尺度「Loyola Generativity Scale(LGS)」は、高い妥当性・信頼性が示されている。筆者は、中・高齢期に高まる若齢者への利他的関心を、世代性という概念でくくる理由として、自らの死を意識する時期にこそ高まる若齢者への利他的関心が、他の時期に抱く利他的関心とは質的に異なるという意見を挙げている。世代性は「身体・認知能力の低下を自覚し、自分自身の命の終わりを意識する」中年期から高齢期にこそ高まるマクロな視点なのである。Erikson(1982)は加齢に伴い次世代への利他的関心の内容が変化することを指摘し、高齢期になると身体的な生殖性の喪失や責任ある公的地位からの退職により、次世代を育成することへの直接的な責任を越えた、よりマクロな視点が芽生えることを指摘している。実際にHart et al.(2001)は中・高齢期の若齢者への利他的関心内容を年齢別に細かく分析し、30代では自身の子育てへの関心、40代から50代にかけては社会活動や職場での次世代育成、60代以上では社会の存続や自身の死後の世界の存続へと関心が移行することを明らかにしている。
③結論
 「世代性」とはEriksonにより定義された概念で、「自分自身の更なる同一性の開発に関わる一種の自己-生殖も含めて新しい存在や新しい製作物や新しい概念を生み出すこと」を意味する。また概念は「次世代の世話と責任」「コミュニティや隣人への貢献」「次世代のための知識や技能の伝達」「永く記憶に残る貢献・遺産」「創造性・生産性」に整理でき、これら5つからなる「Liyola Generativity Scale」は高い妥当性・信頼性が示されているため、調査を行う際は活用できる。

2024年6月6日 木村光信(2012)

文献情報:木村光信(2012)「包括適応度:ハミルトンの不等式が利益に関する社会的観念にもたらす意義について」『名古屋学院大学論集 社会科学篇』49巻2号.141-149ページ

①選択理由
 今回選択した文献は、木村光信(2012)「包括適応度:ハミルトンの不等式が利益に関する社会的観念にもたらす意義について」である。利他的行動に関する知識が不足していると感じたため、まず包括適応度についてまとめられた文献を選択した。
②内容
【『種の起源』における自然選択に基づく種の進化モデルとその問題点】
ダーウィンは『種の起源』において、自然選択説を次のような条件のもとで生じる自然現象として提示された。1.生物の種はつねに多産である(種個体として増加しようとする傾向:過剰に繁殖するといってもよい) 2.すべての個体にはなにがしかの違いがある(個体の変異性:表現型においてふたつとして同一のものはない) 3.すべての生物はその外的な環境にさらされている(環境による支配を受けている) 4.個体の違い(個体差)は外的環境との間のストレスの差を生じる(生きやすさと生きにくさの違いを生じる) 5.その違いは生物自身によって解決されない(生物は環境に対して主体的に振舞えない) 6.変異によって生じた個体のもつ特徴は、それが置かれた場のありようによって有利にも不利にもなりうる(どんな環境にさらされるのかが生存の決定要因となりうる) 7.結局は外部環境が個体の生残を規定する(ダーウィンはそれを人為選択と同様の現象と見ていた)が、それは環境決定論を意味するものではない 8.結論:セレクションの主体は環境であり、そこには個体の戦略が働く余地は小さい つまり、ダーウィンは進化の主体を「個体」そのものとし、多種多様な「個体」が環境の条件によってふるいにかけられるようなモデルを想定していたのである。
しかし、それでは動物行動にしばしば存在する利他性を持った行動が進化の過程で淘汰されなかったことを説明することができない。つまり、個体が利己的であった方が個体そのものの生存には有利に働くにも関わらず、利他的行動を取る個体が自然淘汰によって絶滅していないことを説明できないのである。動物行動における利他性とは、例えば社会性昆虫の生活型分化(繁殖に参加する女王バチと少数のオスバチと生殖能力を失ったワーカーとしての元メスたち)をもつような社会はどのような原理で進化しうるのか? 産み落とされた受精卵や雛を外敵のイタチや蛇などから守るために自らを外敵にさらし、なおかつあたかも傷を負って動作が困難であるかに装う母鳥の偽傷という行為はどうして生じたのだろうか? そもそも親はなぜ子どものために犠牲的に振舞えるのか?などが見られる。
【包括適応度】
利他的行動に対しイギリスのハミルトンは包括適応度という概念で説明し、ドーキンスはそれが遺伝子の振る舞いとして説明できることを説いた。ハミルトンは1964年に発表した論文で、生存上不利に見える行動が進化するための条件をシンプルな不等式で表現した。
離散的な世代交代をもつ生物集団で、同世代の近縁者(Y)に対して適応度上の相加的な作用をおよぼす遺伝形質S1がある場合、S1を示す個体(X)の包括適応度は、
Rx=α+(Δα+rΔβ)
 として定義される。αは相互作用のない場合にXが示すはずの個体の適応度、ΔαΔβS1がそれぞれ個体X自身およびYの適応度のおよぼす相加的な効果、rXに対するYの遺伝的な血縁度である。この式の括弧内の項は包括適応度効果と名づけられている。S1に対立する遺伝形質S0が中立的なものある場合には、S1S0よりも自然淘汰で有利になる条件は、
(Δα+rΔβ)>0
 である。ここでS1が利他的行動である場合には、
Δα=-C<0Δβ=B>0
 であるから、
B/C>1/r
 となる。これがハミルトンの不等式あるいはハミルトン則と呼ばれるものである。つまり、一見不利に見える利他的行動というものが、実は個体レベルでの話に過ぎず、その行動が中立的な行動に比べ適応度を高めるという意味で自然選択において有利であるならば、利他的行動が次世代に継承されることとなるのである。
③結論
ダーウィンの自然選択説では進化の主体を個体そのものと考え、環境の状況によってふるいにかけられるというモデルを考えたが、それでは、利他的行動をとる個体が淘汰されるはずであるという問題が発生する。ハミルトンはそれに対して包括適応度という解決案を見出し、利他的行動が適応度を高めるという意味で自然選択において有利に働くために淘汰されていないということが分かった。

2024年6月20日 中尾央(2008)

①選択理由

今回選択した文献は、中尾央(2008)「人間行動の進化的研究における互恵的利他行動モデル」である。前回の研究書評では、血縁者を助けることによって自分の遺伝子が受け継がれることに着目した「包括適応度」の概念についての書評を行った。今回は血縁者以外に対する利他的行動の一つとして「互恵的利他行動」を取り上げ、その概要を理解するために、この文献を選択した。

②内容

まず、Triversは利他的行動を次のように定義した。「利他的行動は、次のような行動として定義できるだろう。すなわち、包括適応度への貢献という観点から利益と損害を定義した場合、血縁度の低い他個体に利益を与える一方で、その行動を行った個体には一見すると損害を与えるような行動のことである。」(Trivers 1971,p.18より) つまり、上記のような意味で「互恵的利他行動」は、遺伝的な利益の低い個体同士が互いに利他的行動を「交換」することを意味している。

次に、数式によるモデルである。まず、利他的行動をもたらす遺伝子a2と、利他的行動を導かないa1遺伝子が存在するとする。その時、a2a2という遺伝子の組み合わせを持った利他的個体による利他行動がもたらす利益の期待値は以下のような数式で表される。

1/p^2(Σbk-Σcj) (1)

1/pは、遺伝子a2が全体に占める割合を表しており、a2a2という組み合わせを想定しているため2乗されている。bkは、k番目の利他的行動によって、別の個体が得ることができる適応度上の利益であり、cjは、j番目に行った利他的行動によって被る適応度上の損失を意味する。

他方、a1a1という組み合わせの利己的個体の受ける利益の期待値は以下のようになる。

1/q^2(Σbm) (2)

利他的行動を行わない個体であるため、(1)における損失部分であるΣcjを考える必要はない。1/qは、a1遺伝子が全体に占める割合を表しており、a1a1という組み合わせを想定しているため2乗されている。bmは、利他的個体によるm番目の利他的行動で、利己的個体にもたらされる利益を表している。

このようなモデルについて、(1)>(2)である場合に互恵的利他行動は進化し得るというのがTriversの基本的な主張である。

(1)>(2)という場合が生じるための具体的な条件を見ていく。ΣcjとΣbmが小さければ小さいほど(1)>(2)という場合が生じやすくなる。Σcjは、利他的個体同士の助け合いによる損失と、利己的個体を助けたためにお返しが無かった損失を含んでいる。すると、利他的個体が利己的個体との接触を避けることによって、Σcjの値は小さくなり、同時に助けを得られなくなった利己的個体のΣbmの値も小さくなる。つまり、利他的個体が利己的個体との接触を避けることが、互恵的利他行動の進化にとって重要であるのだ。

さらに、具体的な条件として次の3つを挙げた。(a)利他的行動が行われるような状況が、その利他的行動を行う利他的個体の生涯において、数多く存在する事。(b) ある利他的個体が、少数個体と繰り返し関わり合う(interact)事。(c) 利他的個体のペアが、「対称的(symmetrically)」利他的な行為が生ずるような状況に遭遇する事。「対称的に」とは、利他的行為に伴い、お互いが受ける利益同士と、損失同士がだいたいつり合うような状況の事である。また、これらに加えて利己的個体がその行動によって得られる利益を上回るような損失を被る機会としての(d) 裏切り者に対する制裁、性格な利他的行動のための(e) 相手個体の認識といった条件が必要である。

③結論

互恵的利他行動は、血縁関係のない個体同士が利他的行動を交換し合うことを意味しており、利他的個体によってもたらされる利益が、利己的個体によって得られる利益を上回った場合に進化し得る。また、それが生じるための条件として(a) 利他行動を繰り返す、(b) 少数と繰り返する、(c) 互いに利益が対称的となる、(d) 裏切り者に対する制裁、(e) 相手個体の認知、がある。

2024年6月27日 村田藍子、齋藤美松、樋口さとみ、亀田達也(2015)

①選択理由
 今回選択した文献は村田藍子、齋藤美松、樋口さとみ、亀田達也(2015)「ヒト社会における大規模協力の礎としての共感性の役割」である。前回までの2回の書評で血縁関係と互恵関係に関する利他的行動について学ぶことができた。そこで今回は血縁・互恵関係にない相手への利他的行動について知識を得ることができればと本文献を選択した。

②内容
 ヒトは自分の血縁者や、協力によってお返しが見込まれる(互恵関係にある)個体以外に対しても積極的に共同を行う特殊な生き物である。自分の血縁者や、協力によってお返しが見込まれる(互恵関係にある)個体への利他的行動は、結果的に自己の利益を高め得るため、生物学的に合理的な行動であることが知られている。しかしながらヒト社会において、血縁、互恵関係を超えた相手に対して積極的に手を差し伸べるという行動がなぜ生じるかについては、統合的な説明原理は得られていない。そこで近年、血縁、互恵関係を超えた利他行動を支えるものとして「共感」が注目されている。
 「共感」は「視点取得」と「情動共有」の2つに整理される。他者の立場に立ち、他者の心的状態を推論する過程を「視点取得」、他者と情動を共有する過程を「情動共有」といい、それらは異なる神経回路によって実装されていることが示されている。
 見ず知らずの他者に対する協力行動が起こるには、情動共有による動揺を制御し、視点取得により相手が何を必要としているかを創造する必要がある。ここでは情動共有、視点取得双方が不可欠となる。なぜなら、情動共有のみであると、情動共有の「相手への印象や関係性に影響を受けるため、その範囲が限定的なものになる」という特徴から見ず知らずの他者に対して利他的行動が起こらなくなる。また、視点取得のみであると、自らの苦しみとして感じることができず、利他的行動が促進されなくなるためである。本文献では、2つのシステムにどのような相互関係が存在するか示された。
 まず、情動共有のプロセスの一つであると考えられている反射的・自動的に生じる表情模倣という現象が、視点取得を求められる場面でより生じやすくなったことが示された。つまり、情動共有が状況や場面に応じて高次認知である視点取得に支えられているのである。次に「自分と異なる感受性をもつ他者」に対する共感という高度な視点取得を必要とする場面であっても、相手の感受性に応じた情動共有が可能であり、相手の感受性に関わる知識に応じて情動反応を調整できる人ほど他者の福祉を配慮する傾向にあることが示された。つまり、視点取得による情動共有の調整が向社会的配慮に結びついているのである。最後に、見ず知らずの匿名の他者の福祉に関わる意思決定場面において、視点取得に関わる神経回路の活動が、他者の福利の改善と結びついていることが示された。つまり、複数の匿名な他者の福利に関わる意思決定場面において、人々は最も不遇な他者に対して視点取得を働かせる心的傾向を持っているのである。

③結論
血縁・互恵関係にない相手への利他行動は「共感」によって支えられている。「共感」には「視点取得」と「情動共有」があり、それぞれが異なる神経回路を介していることが示されている。共感にはどちらが欠けてもならず、視点取得と情動共有はそれぞれに相互作用が存在していることが分かった。


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