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フリードリヒ・ニーチェ

“世界には、きみ以外には誰も
歩むことのできない唯一の道がある。
その道はどこに行き着くのか、
と問うてはならない。
ひたすら進め”


このニーチェの言葉は
人それぞれに人生に対しての
道があると言っている。

この、
“その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない”
という言葉は、

映画「インセプション」渡辺謙やディカプリオ、
ジョセフ・ゴードン=レヴィット、
キリアン・マーフィー、トム・ハーディ等多くの名俳優、
名女優が出た映画の中にも似た言葉がある。

私はこの映画が好きで、
何度も見ていたのですぐに気づいた。
この言葉が使われたシーンは、

ディカプリオとマリオン・コティヤールが
結婚しており、二人で長い間、
夢の中で理想の街を作りあげて、
再び、夢から覚めるには、
夢の中で死ななければ戻れない
設定の映画であった。

愛する夫婦は夢から現実の世界へ戻る為に、
二人で手を繋ぎ、レールに身を置き、
列車に引かれて夢から覚めた。

ディリオスは今が現実だと理解するが、
確か50年夢の中にいたせいで、
マリオンは現実に戻っても
まだ夢を見続けていると思い込んでいたが、
夫を愛していたので自殺行為は出来ないでいた。

しかし、二人の結婚記念日に予約したホテルに
ディカプリオを向かうが、部屋は荒らされていて、
マリオンは夢の世界だと決めつけてしまい、
自分は夫から身の危険を感じているという手紙を
弁護士に送りつけて、向かいの部屋の屋上から
夢から目覚めようと身を投げようとしていた。

彼は彼女に説得を試みるが、
彼女は二人の口癖を口にし始めた。

「列車を待ってる。
遠くへ向かう列車を望む場所へ行けるけど
どこかは分からない。でも構わない。
二人は一緒だから」


マリオンは現実の世界を夢だと信じ込み
飛び下り自殺してしまう。

私はよく映画やドラマ、漫画、歌の歌詞で
気に入った言葉等は必ず書き留める。
だからそういった言葉は脳裏に張り付いている。

この言葉がそうであるかどうかは分からないが、
私はこのような形で、たまに言葉を適切なシーンで
自分の言葉に変えて書く事がある。

これは映画のネタバレにならないシーンであり、
書いている事も映画を初めて見るに問題ないので、
まだ見てない方は是非見て頂きたい。

映画としても勿論面白いし、実はこの映画を見た時、
私はこの映画を見る以前から、脳内で使っている
手法であったので、自分だけが考えていると思うな。
世界中のどこかには、必ず同じ考え方を持っている
人がいるという事を改めて思った。

私の場合は物事を考える時に立体パズルの
ようなものを頭に浮かべて、それは気分で変わるが、
パズルのピースを埋めるように、少しずつではあるが、
大抵の場合は数秒で分からない時に使っている。

いつから使い出したのか忘れるくらい以前から、
この方法で物事を考えると、はめたピースは
頭に残りやすいので、埋めていき答えまで行きつく。

初めての頃は、一軒家や、ビル等であったが、
慣れていくうちに地球であったり、色々なものに
していっている。

インセンティブでは少し違うが、似た思想であった
ので、私的には見事に映画で分かりやすいように
描かれている事に感心した。

夢の世界は、現実の世界とは異質な時間の経過も
含める事により、それを上手く使って見事な作品に
仕上がっていた。

私は以前、カウンセラーに尋ねられた事があった。
それはまさに時間の経過の速度の違いであった。
私が意見を2日で変えた時にこう言われた。

「たった二日で何故意見が変わったの?」

「確かに時間的には二日ではあったけど、
私の頭の中では高速で5年の歳月が流れていくので、
確かに〇〇さんからすれば2日ではあるけど、
私にとっては5年の出来事がシャッターを切る
瞬間のようにして、フラッシュバックが走るから
二日とはいえ、厳密には二日とは言えない」

それを聞いてカウンセラーさんは納得していた。

映画でも日本の漫画でも海外国内ドラマでも、
多くの言葉を使って我々に伝えている。
だからこそ面白みも出るのである。
色々知ることによって、故人たちの偉大さが
垣間見える。

それは偉人たちが発する分かりやすい言葉を
耳にする人が多いが、実際には言葉の全てに
意味がある。

これも幾度も言ってきた事ではあるが、
私が言った5年を二日で収めるのは現実的には
不可能である。

それと同じように、故人たちもまた、長い月日で
答えまでたどり着き、それを十数文字から数十文字
に凝縮させている以上、無駄な言葉等は存在しない
と言える。

自分の人生を振り返った時に、自分が体験した
貴重な事を言葉にしてみたら一番分かるはずである。
一言一言に意味があり、その重みを感じる事が
できるはずだ。

“世界には、きみ以外には誰も
歩むことのできない唯一の道がある。
その道はどこに行き着くのか、
と問うてはならない。
ひたすら進め”

ニーチェの言葉を愛に例えてたものではあるが、
言葉としても悪くない。

このニーチェの言葉でも最初から最後までの
言葉には、人生の始まりから果てしない道がある
事を言っている。

言葉とは分かっていても知っていても、
活用して初めて活きる。
多くを知っていれば、より的確に、場合に最も
適した言葉を活かす事ができる。

それを知るには苦い体験をしなければならない。

つまりはイバラの道である辛い体験の事になる。
人によって何が辛いかは、どう生きてきたかに
よって、それぞれ違いがある。

私にとって辛い事は、人に重みのある事を
頼む事が一番辛い。

私の人生で人に何か
重い事を頼んだ事は一度も無い。

そう生きるしか道は無かったし、
所詮は貸し借りの世界でしか無いもので
ある事は、まだ子供だった頃から実体験で
理解していたので、頼まれる事はあっても
頼んだ事は一度も無かった。

しかし、昨日9月14日に、私は母親と縁を
切って8年ぶりに幼馴染を通して頼み事をした。

Standard Bank(銀行)が怪しい言葉を発し、
何故か強きだったからだ。

母親が動く可能性は低いが、叔父に力を
貸して欲しいと私が言っている事を伝える事を
頼んだ。

普通なら頼み事と言える問題なのか
疑問視されるものではあるが、
これは私の世界では頼み事になる。

実際に権力もあって、アメリカでも名の知れた
医師であるので、銀行はアメリカにあるので、
アメリカ大使や日本の政財界にも顏が効く
叔父次第になるが、一応一歩手前の抵抗が
可能ならそれに賭けてみます。

ニーチェの言葉の言葉通り、
私の道をひたすら進みます。

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