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第六話 長老会とヴラドの復活

「…………むぅ…………こ…れは……これは人間の血ではないか?!」
ヴラドは瞬間的に腹心の一人の首を掴んで、その身体に漲《みなぎ》る禁断の血から来《きた》る大いなる力を以て、そのまま投げ捨てるように壁に叩きつけた。その俊敏さは投げる速度と同等の速さで、まさに一瞬の出来事だった。

眠りにつく以前のような脆弱さの欠片も無い、顔つきも体つきも全く違った強靭《きょうじん》なヴラドがそこにいた。それほどの強さでもまだ目覚めたばかりで、音一つ無い孤独だった世界の中で、怒りに身を任せた主の眠りから、目覚めさせられた荒い息遣いだけが聞こえた。死神の足音が幻聴だと分かっていても、三人にはその怒気の籠った声質は、飢えた牙を持つ獰猛な猛獣の雄叫びのように聞こえていた——『生まれて初めての死の予感』それは恐怖以外何ものでも無かった。荒い息が徐々に治まりを見せ始めた頃、ようやくヴラドは冷静さを取り戻した。氷漬けにされたかのような恐ろしくも冷たい無色の空気が融けていき、腹心の首から手を離した。彼は落ちるようにそのまま床に落ちた。ヨハン・レイトンの首には焼き印のようにヴラドの手の痕がハッキリと残っていた。

男は見るからに豪華な二つの席の1つに座り、「あれから何年たった?」腹心の女が石の床に膝をつき、綺麗に磨かれ、己の顏を映しだすほどの床を見つめたまま答えた。「あれから1700年ほど経ちました。起こした理由は長老会が近々始まるからです」ヴラドが起きてから初めて表情を一変させた。「長老会だと?! 一体何事が起きたと言うのだ?」アリアはその輝くほど眩しくさえも見える金の髪を下げたまま言った。「人間です。閣下がお休みの間に人間たちは目覚ましい進歩を遂げました。それは脅威にも値する為の長老会でございます。此度は最長老様の御命令で、全ての長老が御出席なさいます」

「我々、純血種が人間に殺されたのか?」ヴラドの眼力は全てを見透かすような澄んだ青い目をしていた。その途轍《とてつ》もない魅惑的とも言える眼光は、男女問わず魅了されるほどで、その眼を見た者は何者であろうとも屈伏させる光を放っていた。腹心の三人はその眼で臣下になった者たちでは無かった。それぞれが王子や姫の純血種であったが、ある事がきっかけで永遠に仕える臣下の誓いを立てた。

ヴラドの血統は始祖の血を直に引く純血中の純血種である数少ない長老の一人であった。直に濃い血の中で生まれたヴァンパイアは、それぞれ特殊な力を持っていた。その力で各地を制圧し、人間たちや、今やライバル関係になったウェアウルフ族たちを奴隷として使っていた。

しかし、そんな中でもヴラドが統治する国は違った。人間もウェアウルフやヴァンパイアも、国を統治するヴラドでさえもヴァンパイアだとバレないように人間たちと暮らしていた。問題を起こす者は秘密裡に処理され、その肉片は部下たちに与えられ文字通り何一つ残さず、骨は千尋《せんじん》の谷へと捨てられた。

彼は出来る限り、問題を起こさず王として君臨しながらも、外敵や内にいる敵からも、自分の統治する領土に住む全ての者を守っていた。三人の腹心たちは、共存の道を進むヴラドに関心を示した。何でも思い通りにできる事をやらずに、権力を嫌いながらも、彼の絶大なる権力で人間たちを守っていた。その守ってきた人間たちと戦いになっている事にも驚いたが、それ以上に人間がヴァンパイアを力で凌駕《りょうが》していると言うことには更に一驚《いっきょう》せずにはいられなかった。

ヴラドも馬鹿では無かった。いつか人間が数を頼りに反撃してくるとは思っていた。しかし結局はヴァンパイアの餌食になり、再び静になるのをヴラド自身何度もそれを見て来た。人間は世代が3、4代へと変わる度に、事実を勝手に自己解釈して伝説として扱い、ヴァンパイアの領土へと足を踏み入れ伝説は真実だったと気づく愚かさを持つのが人間だと。しかし、ウェアウルフ族はヴラドの中でもいつの日か大いなるカリスマを持った者が生まれ、ヴァンパイアから解放の道を先導するだろうと思っていた。いくら鎖でその身を縛られようとも、あれほどの力を持ちながらいつまでも奴隷として生涯を終えるはずは無いと。

「話はだいたい分かった。守りの任、ご苦労であった。時にこの地は安全か?」アリアの隣に同じように礼を取るイオン・ヴィゼアが口を出した。「この地は見捨てられた地でございます。それ故、安全だと思われますが、人間どもは我々が太陽の下では生きていけないと思い込んでいます。そしてこの地は正に下位のヴァンパイアたちの隠れ家としては最適ですので油断は出来ません」

「二人も同意見か?」両者ともが声も出さずただ頷いた。「そう言えば、私を起こした血は人間のものに極々近い味がしたが、何かが違った。どういう事だ?」ヴラドはようやく起き上がったヨハンに視線を合わせて頷いた。それは長老会に行く用意の意味が込められていた合図だった。アリア・ヴィゼアとイオン・ヴィゼアは兄弟では無いが、共に身分の高いヴィゼア家の者達だった。ヴラドが眠りについてから幾度か同族から襲われたが、イオンたちが身を挺してかばって来た。当然、強さも並みでは無い。いずれはヴラドの愚かさに気づいて戻るだろうと彼らの一族は思い続けたが、結局それは儚《はかな》く散って落ちた花のように幻として終わりを告げた。

「話は移動しながら聞くとしよう。長老会に私が遅れるのはマズいからな。三人とも供に来い、あとさっきの血も持ってこい。あれだけでは足りん」
その言葉を聞き、三者は同じ事を考えた。再び最強の座に就くのだと考えるだけで身震いした。ヴラド以外の長老たちはこの会談を長年避けて来た。それは長老会は全ての長老が出席する事が絶対的な条件であったからだった。他の何者にも負けない強さを持つ長老たちでも、ヴラドの本領発揮した強さを見続けてきた。彼が眠りについたと聞き、完全に殺す為に刺客を放ったが、腹心たちがそれを阻止してきた。

三人はどうすれば主を守る事が出来るか思案に思案を重ねた。人間を食らえば力は発揮出来るが、人の血は一種の依存薬物と同じで、一度味わえば他の血など吸えたもんじゃなくなる。しかし、最大限の力を維持し続けないと、奴等の中でも最強の同族の行為を阻止出来ない。そこで一計生まれたのが、検血や血液検査を人間界に溶け込んでいるヴァンパイアに巨額の資金を投資して、大規模な血液保存銀行を作らせた。しかし、そのまま飲んでは遅かれ早かれ依存症になる。

ヴァンパイアの中でも純血種に分類される彼らの力も、財も人材も多数だった。彼らの財で武器や防具など様々なものが開発されてきたが、血だけはどうにもならなかった。彼らは人間社会に作った血液銀行の血を研究者たちに渡して、ヴァンパイアを強化する効果はそのままだが、依存症にならないようにする為、数百年かけて失敗を繰り返しながら、最終的に成功へと導いたのはヴァンパイアが苦手とする『毒』をナノ単位で混入させる事によって、成功した。仮にヴラドと敵対する長老が現れても、下位のヴァンパイアには超回復の能力を持ち合わせていないため、回復が追いつかず消滅するためでもあった。

ヴラドは外に出て穢《けが》れた空気から逃れるように翼を広げて上空へと飛び上がり、世界を見た。自分が眠りにつく前の世界とはまるで違う荒廃した世界がそこにはあった。大きな音を出す何かが近づき、真上からそれを見つめた。そこから出てきたのはヨハンであった為、彼は翼を仕舞い込むように背中に一体化させると、そのまま地上へ降り立った。そして剣のような硬い材質で出来ている物を見ながら「これが現在の乗り物なのか?」と尋ねた。「そうです。馬よりも遥かに速く、エネルギーの最小化にも成功し、コレを交換するだけで永遠に走り続ける事が出来ます。壊れてもナノマシンというものにより、たちどころに修理できます」
ヨハンは掌を開いてソレを見せた。「こんな小さな物が動力なのか? 確かに永い眠りについていたようだな」

「アレはあるか?」と問いかけると、アリアが保存ボックスから幾つかの血液を取り出して手渡した。彼はそれを次々と飲み干していった。三人はただ見つめていた。その姿が最強と呼ばれていた時代の姿に戻って行く様を、じっと見つめていた。銀色に輝く髪や、刃をも弾き返すほどの肉体。時代は変わったが、彼にとって時代は無関係なのだと彼らは思った。

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