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お一人様限定ホラースポットツアーⅢ

真田は外からは見えなかった庭園に目を向けて、
季節の彩りを感じていた。
彼は考えても分からない時は、事件の事は忘れて
頭をクリアにしてから、最初からじっくりと
考える癖があった。

運ばれてきた食事に目を向けて、席に座ると、
先ほどとは違い、味わい深い料理の味を堪能した。
いずれも季節のものが使われており、
いずれも一流の材料が使われていて、気持ちの良い
気分になっていた。

庭の彩りと、秋の味覚を味わいながら、食を喉に
通していきながら、大きな肉厚のある秋刀魚サンマ
塩焼きは、正に絶品だった。

真田は美味なる味を愉しみながら、一体何故、ここに自分は
呼ばれたのかを考えてみた。この部屋は一番奥にある特別な
部屋であって、一部屋しか無い部屋であった。

そして彼女は数学に強いということは、独自のアルゴリズム
を生成することも可能であるため、一課で自分の行動を監視
していた時のように、この部屋の中にも分からないように
監視する小型カメラを仕込んでいて、今もどこかで見ている
のではないかと思った。

ここまでしておいて、助けを求めることはまず考えられない。
つまりはあのツアーの一員ということになる。

真田はだされた料理を味わいながら、少しずつ答えを求めて
頭の中では前進していた。
この部屋に監視カメラや盗聴器をつけるとなると、
一度は絶対にこの部屋に来たということになる。

しかし、料理を出されるタイミングは実に的確であった。
そうだとすれば、下見と設置の二度に渡りこの部屋を
訪れたことになってくる。

この部屋に連続して二度は来ないだろう。間を空けて
来たはずだ。そもそもこの部屋は一部屋しかない。
予約を入れようとしても、既に予約済なら延期するしか
なくなる。

だが、こういった店はプライバシーに関してはかなり
厳しい。警察だと言っても令状を取らなければ、
教えたりはしないだろう。それ以前に情報さえも本当に
無い可能性の方が高いくらいだ。
何も本当に知らなければ嘘をつく必要も証拠も無い
事になるので、それが店にとっては最善のはずだ。

それに部屋数的にも、証拠がそもそも無い可能性もある。
11室満席だとしても、その日の予約程度なら記憶できる。
現に女将はこの部屋の予約人数は一人だと知っていた。

この部屋が最上の部屋だとして、このランクの料亭となると、
二席が普通だろう。実体験からもそれは確実だと言える。
そして襖もよく見ないと気づかないが、二重式になっていて
間違いなく防音効果があるものだろう。

こうした料亭での売りは、当然、食事もさることながら、
機密情報に関する全ての事に対して、一切洩れないように
するため、本当に関与しない事により、絶対的な機密に
している。おそらく不定期か、最低でも週に一度は調べる
ようにしてあるだろう。

彼女はそれを知りながら、今日を指定してきた。
つまりは活きているということになる。
そして、こういった店では予約人数しか入れないように
なっている。

不思議なのは彼女はそのことを知りながら、盗聴器もしくは
監視カメラをどこかに設置しているのは明白なのは明らかで
あるのに、何故わざわざ危険を冒してまで私をここに呼んだ
のだ? 

真田は庭園に目を向けながら考えていた。
落ち着いた雰囲気でそれぞれの季節に咲く木々が
植えられており、その小さな絶景を愉しみながら
食を取るのは最高だろうと思っていた。

彼は分からなくなった場合、一度全く別の世界に行く事で、
リセットのように原点から見直すようにしていた。
間違った情報を追うという事は、つまりは誘導されている
と言う事になるので、それを避けるためにそうしていた。

原点には嘘が無いものであるからこれまでも、
そうして難解な事件を解決してきたが、今回の事件は
味方であろうと思っていた女性に使われているように
思えて来ていた。

私はあくまでも捜査官だ。特別な専門知識は無い。
だが、彼女は違う。専門知識を有した女性だ。

徐々に氷が自然と溶けてゆくように、彼の頭の中で
違和感を感じ取ろうとしていた。

必ずホワイトハッカー部署に連絡するとは
分かっていたはずだ。特にうちの一課やハッカー部署に
入り込むのは簡単にはいかない。

これまでの事実だけに目を向けた場合だと、
我々は事件を追っていた。
正式には、二課から一課に事件担当が変わった。

我々が担当になってから、私が調べたのは彼女の自作自演
のようなサイトを調べた事と、彼女の名前が明らかになった
事だ。それらを調べたのは専門知識の豊富なハッカー部署の
捜査官たちだ。

なるほど。そういうことか。彼女にもまだそれほど、
この事件の全貌は掴めていないのか。
普通ならこの部屋から電話をかけるはずだと、
彼女は思ってたのか。
しかし、私は廊下で女将に一人予約だと
聞かされた事に自然さを感じて、電話をかけた。

彼女はうちのハッカー部署の何かの情報が
目当てだと言う事になる。
だが、警戒しているため、ガードが固くて、
ハッキングすればバレる恐れがあるので、
私を使って、私には謎を追いかけさせているように
見せながら、その実は情報を抜き取ろうとして
いると言う訳か。

そうなって来ると、彼女は被害者のフリをした
敵だと言う事になる。今回は本当のミスだったのか。
こういった店に出入りのした事がある警官など、
そうはいない。

本部の人間でも相応の者でない限り、
出入りする機会はない。
しかし、彼女はここに入れるほどの人間であるか、
その人物に限り無く近い関係にある女性だと
言う事になってくる。

ここまでは分かった。問題はここからだ。
彼女は見ているか、聞いているか、
それとも両方かになる。
携帯は危険だからといって電源を落とせば、
バレたと報せるようなものだ。
この密室で私にできる事は限られているが、
出来ることはある。
彼女にバレない方法で、ハッカー部署とうちの一課に、
彼女を緊急手配者として追わせるようにすれば、
彼女も動かない訳には行かなくなるだろう。

常時、移動を繰り返しているのは間違いない。
今度はこっちが追う番だということを教える番だ。
三井巡査部長が失踪したことは、
既にテレビ放送された後だ。
彼女は重要な証拠を握る危険人物だとして、
見つけた人に賞金を支払うと言えば、
必ず見つけることはできる。
問題はそれを私でなく、任せる形になるが、
二択のうちどちらが最善だろうか。

やはり直接伝えた方が確かだな。
あまり頼りにはしたく無かったが、仕方ない。
真田は考えがまとまり、食事を終えて店を後にする時、
女将にこう伝えて欲しいと頼んだ。
「彼女から電話があったら、真田は満足した」と
お伝えください。

「はい。確かにご連絡が来た時にお伝え致します。
今度は御二人で、またお越しくださいませ」

深々と頭を下げる女将に「また来させて頂きます」
そういって真田は店を出た。
彼はやはり女性が予約を入れたのだと確信を得た。

真田は自分の車には向かわず、一直線に歩道を横切ると、
一台のどこにでもあるセダンの後部座席に乗り込んだ。

「ふう、ご苦労様です。今すぐ父と話したいので
繋いでください。あ! 周波数は変えてください。
盗聴されてますので」

二人の捜査官は振り返って真田に目を向けると、
「盗聴!?」

「そうです。だからお静かにお願いします。
まずは総監の盗聴防止電話にかけてください。
その後で全車の周波数を変えれば問題ありません」

二人は驚いた様子を見せて、
状況整理に頭がついて行かず動揺していた。

真田は強く言うのは苦手であったが、
話が進まないので、ため息をつくと言葉を発した。

「あまり言いたくありませんが、これは命令です。
警視として命令する。すぐに総監に電話をするんだ」

「はい。分かりました」

「総監は多少の事には気づいているはずなので、
すぐに話は終わります。二人の行動は私の命令だと
伝えるので、問題ないので安心してください」

二人は安心したように電話をかけて、警視総監への
取り次ぎを願い出た。

電話に出てすぐに父親の声が聞こえてきた。

「事情は分かっている。息子に代われ」

電話をかけた捜査官は
すぐに真田警視に電話を手渡した。

「一体どういうことだ?」

「だいたいの事はお分かりでしょう?」

少しの間が空き、すぐに父親は口を開いた。

「それで我々にどうしろと言うんだ?」

「違います。この事件は相当危険なのは
理解していますが、本当に困ってます。
だから相談しようと思って電話したんです」

「お前がか? 真田警視ともあろう者が、
私に事件の相談をしたいだと? 
そんな馬鹿な話は無い。
お前が誰よりも賢いのは私が一番良く知っている」

「そうです。一番の理解者だから相談してるんです」

「それで何が聞きたいんだ? 言ってみろ」

「昨夜、このツアーのサイト管理者が、自分のサイトに
投稿していたことまでは分かっています。
本来なら今日、総監も何度か行った事のある料亭、
❝白夜の空❞に私の名前で予約した女性は現れませんでした。
でも、少し考えたんです。
この無意味に見える行動にも何か意味があるのではと」

「我々が原因で現れなかったと言うのか?」

「それも考えましたが、本名も分かった今となっては、
それも無意味です。あの女性はおそらく本名が知れた
事を知っています。ハーバード大学で私が在籍中に、
どうやらいたらしいのですが、
大学で会う事はありませんでした。
彼女は数学者で優秀な教授になっています。
優秀な数学教授なら自分でアルゴリズムを作れるので、
我々の一歩か二歩、先に行かれてます。
昨夜までは本気で会う気でいたのだと思います。
しかし、何かを知って現れなかったのではないかと
私は見ています」

「ふー。つまり捜査関係者に内通者がいると
思っていると言うのか?」

「あくまでも候補の中の1つに過ぎませんが、
でも、それが事実なら軽視できない事になります。
私には居た記憶程度しかないのですが、
一乃聡美という女性です。総監就任のパーティーにも
来ていたそうです」

「一乃聡美‥‥‥一乃隆二かずのりゅうじの娘さんだな」

「その一乃隆二とは一体誰なんですか?」

「彼が特別関係あるとは思えない。世界でも指折りの画家として
有名な人だ。事件と関係があるのは娘のほうじゃないのか?」

「確かにうちで調べた結果、彼女は恋人をあのツアーで失ってます。
あの女性は一人で事件を解決しようとしているのか?
それとも‥‥‥」

「内通者がいる事に気づいて、今日は来なかったと?」

「はい。私はそう思っています。父の意見は?」

「ふー。昨日の今日でそれが判明するような何かがあったのか?」

健太郎は父に言われて初めてそれに気づいた。

「たかだか12時間余りの間に、何か事件があったのなら、
それが鍵になるだろうな。昨夜もツアーがあったようだが」

「え! 昨夜もあのツアーがあったのですか?」

「詰めが甘いんじゃないか? 昨夜は確かにツアーがあった。
うちの者たちに見張らせたが、お前の姿は無かったと聞いて、
何か他に重要な案件でもあったのかと思ったが、
まあ、お前が気づかなかったのは仕方ない。
その女性と合う予定だったしな。
つまり内通者がいるとすれば、お前の一課の中の誰かだと
言う事になるな。報告を受けて無い訳がない話だからな。
その女性が来なかったのは、それに気づいたからじゃないのか?」

「確かにその通りだと思います。でもうちの一課に‥‥‥」

「いいか、健太郎。分かってると思うが、事件が大きくなれば
うちから特捜本部を出す事になる。話が大きくなる前に解決しろ。
出来るだけ引き止めてはやるが、お前なら分かるだろう?
総監と言えど、神じゃない。出来る限りは協力してやる」

「ありがとう、父さん」

「こっちの公安を使って調べてやる」

「いや、公安が動けば事が大きくなるはず」

「お前はまだ知らなかったのか? 
公安の取り締まりは新しい人事交代で警視長になった
考之郎だから大丈夫だ」

「兄さんが公安のトップに?」

「そうだ。だから無茶はしないように伝えておく。
直接は関わらず、外から探るようにな」

「何かあれば、いつでも連絡してこい。
この事件は正直かなり変な事件だ。
引継ぎには時間がかかるが、その時間さえも惜しい。
お前に任せるぞ」

「分かった。ああ、あと周波数は毎日変えるように
したほうがいいよ」

「分かった。一乃隆二と娘の聡美にも探りを入れて
見る。何かあれば一課に連絡する。それじゃあな」

「ああ、色々ありがとう。助かったよ。じゃあ」

一呼吸を入れて真田は父の部下に声をかけた。

「電話をお借りしてすいませんでした」

「いえいえ。警視のご命令ですからご安心ください」

「それではまた父から連絡が各自に入ると思いますが、
何かありましたら、一課の方に御連絡ください」

「分かりました」

「それでは失礼します」

真田は車から降りて、自分の車の方へ向かって行った。

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