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第五話 人間との戦いの兆し

「それ以来、愛した人間の女性を永遠に生かす事は我々、純血種の禁忌となった。人間は本来、その命の短さや弱さから欲望に際限が無い生き物だと判断した長老たちは、人間たちとの全面戦争を避けるべきだと決めて、我らが統治する範囲内に災いを持ち込む外敵から守る見返りに、毎年貢ぎ物を捧げるとして事を終わらせた。大勢の犠牲の上で決められた事であって、おいそれとそれに反する事は出来ないんだ。出来る事なら君を助けてあげたい。自分でも君を失う哀しみは想像を絶する事になりそうだから、君と深い眠りにつく事にしたんだ」彼は涙を流しならアリスを見ていた。

彼女はその澄み切った涙で、彼の真意は自分が思う以上に愛されている事を知った。何故なら長い間、共に過ごしてきたが、一度として悲しみの眼も見せず、身体中から感じ取れる程までの哀愁の涙を流した事はなかったからだった。彼女は納得して抱き合うようにして棺に入れられ、古城の『眠りの間』に、誰にも見つからないように隠されて、共に一つの高貴な者しか使用する事を許されない棺へと入った。

彼は棺に入る前に腹心であった者三名に「私を無暗に起こすな」と、厳命して深い眠りについた……アリスを優しく抱きしめて…………。

古城は三人の腹心が、限りの無い命で守り通すと誓い、人間の争いに一切関与せず、時だけが小さな小川のように流れていった。昔は我らに怯えて暮らしていた人間たちの文明の進歩は、彼らの予想を遥かに上回り、吐いて捨てる程いる三流のヴァンパイアたちは狩りの対象となっていた。そして倒しているヴァンパイアたちが下位の者だとは知らず、人間たちは倒して満足していた。

中には運の悪い人間も当然いた。純々血、つまりは純血の吸血鬼と、人間や他の種族の交配によって生まれた吸血族は、下位とは比べ物にならない程の強さを持っていた。多くのハンターと呼ばれる人間たちは、遥か昔から伝えられてきた事は大袈裟に言っている訳では無く、自分たちが狩られてきた歴史は真実だと知り、再びその闇の未知なる世界に恐れを抱き、彼らが定住していそうな場所を避けるようになっていった。

しかし、多種と交わったからと言って必ず吸血族になるとは限らない。地球で一番多い種族である人間の中にも、そういった吸血族との間に生まれた人間が現れだしたが、ヴァンパイアからすれば所詮は人間である事に変わりはなかった。混血種である人間は、人間の世界でヴァンパイアだと気づかれないようにしながら生きる道を探していた。

ヴラドが眠りについた人間の世界では中世ヨーロッパ時代であったが、時の流れは彼らにとっては早いもので、純血種である三名の腹心たちが交互態勢を敷いて警備に当たっていた。そして忠実にヴラドの言葉を守り続けた。季節の変わり目を伝える変わりゆく風景さえも、数え切れない程彼らは見てきた。そして主が眠りについてから1500年以上が過ぎていた。彼らと違い、人間にとっては真実が神話や伝説になるには十分な時間が過ぎ去っていた。彼らの文明も昔とは全く違い、あらゆる面に対して進化を果たしていた。そして再び、彼らは彼らの存在を伝説上の逸話の産物だと信じ込んでしまう時が流れていた。境界線を犯すように、禁忌を過去の人間の作り話だと決めつけて彼らの領域に恐れも抱かず入ってきた。それが再び戦争の引き金になるとも知らずに。そしてそれから十数年が経った頃、ようやく人間たちはヴァンパイアの存在を知る事は出来たが、その真実が世界に出る事は無かった。三人が胸に秘めた守る誓いを果たしてきた古城も、所有者不明であった為、人間によって売地として出され、度々購入希望者が下見に来たが、何とも言えない不気味さから売れずに残っていた。主であるヴラドは腹心たちに、人間を殺す事を許されていたが、腹心たちは殺しすぎると大きな問題になると見てその者たちには手出しをする事は無かった。

人間の世界では統治者が数年から数十年単位で入れ替わるが、彼らヴァンパイアの歴史は古く、最初の二人は神の落とし子として生まれた。本物の始祖のヴァンパイアで王と王妃として、まだ言語も定まっていない太古の時代から、人間の愚かさを知っていた。アダムの神の限りない慈愛で人間たちは存在しているという教えを忘れ、人々は都合をつけて神を利用していたが、彼らヴァンパイアは違った。神の教えを守り、始祖は永遠の命を保つ為に、偉大なる神の教えを守る事によって、少しずつだが繁栄を遂げていた。それは何よりも神の存在を知っていたからであった。

そして2200年が過ぎた頃、人間たちは文明の進化と共に神々の存在を忘れていき、自ら命を絶つような兵器まで作り始めた。人間の戦争に終わりは無く、世界のどこかで必ず争いは起き続けていた。そのせいもあって、戦闘に長けた兵器や最新鋭のバトルスーツ等が台頭し始めた。

そして人間社会に溶け込んでいるヴァンパイアのスパイから思わぬ情報が送られてきた。それは戦争はただの見せかけで、人間以外の、つまりはヴァンパイア族やウェアウルフ族などを滅ぼす為に武器や訓練を重ねていて、最新鋭のバトルスーツの特殊部隊員の一人と、捕らえていた純血では無いが非常に狂暴なウェアウルフの5体を戦わせてみた映像が同封されていた。わざわざ送ってきた理由は、AIの管理する世界では、旧式のシステムのほうが安全な為であった。

最古の長老はその戦いの映像を見て、唸るように息を吐くと、「全ての長老を起こせ。長老会を開く。目立たぬよう護衛は3名までとして、この館に集まるよう使者を出せ」
そう言うと、配下の者たちは下がって行った。


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