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第一章 第一話 来たるべき時来たる

「若。王がお呼びでございます」

やや年配の大きな体格をした男は
漆黒の分厚い革鎧で身を包み、冷たい風で
なびく黒いマント
を身につけながらも、音も立てずに青年の背後から声をかけた。

若い男は無言であったが、
それが答えであることを
配下であろう大きな男は知っていた。

暗がりが世界を制する新月の夜、
青年とおぼしき若い男は
神木と呼ばれている他の木々よりも遥かに
高くて立派な木の頂上から遠方で光る光景を
静かに見つめていた。

自然と背後の男の視線も
その先に目がいった。
「また天使と悪魔の戦いですか……
最近はやけに争いが激化しているように
思えますが、若のご意見は?」

「俺にも何故だか分からんが、ここ数日
天使が圧倒的に劣勢だ」
二十歳ほどであろう若者は、視線を逸らさずに風に攫われたような小声で
白い息を吐きながらつぶやいた。

その日は何故かいつにも増して、
吹きつける風は氷のような冷たさで、
肌に針のようなものが刺さる
ような痛みを感じさせていたが、
彼の心はすでに他の事に奪われいて、
寒さとは裏腹に温かい想いが通っていた。

彼は漆黒の革のフードを深く被って口元を
隠し、高価なメルトンで出来た黒いマントの首元についている黄金で出来たチェーンの留め金をつけて身を包んだ。

マントの中から鋭い目元だけを残して
寒さを凌ぎながら、夜目を使って、
まるで天の怒りのように
時折激しい光を放つ雷光から
目を離さずにいた。

毎夜鮮やかな美しい湖の中央に立って
いる巨木の上から、月明りが届く範囲に
目を向けて、終日までの守りの任に
ついていたが、新月のため、月は隠れるように重なり合い、太陽の放つ炎を隠していた。

その静まり返った一時の世界の地平線を
見渡しながら、いつも以上に遠方の地に
住む彼女に想いを馳せて
なつかしんでいた。

それは年の暮れによる年の祝いの訪問する
時の近づきを刻んでいたからであった。

時を刻む心情から彼は自然と微笑みを
浮かべていた。
いつもよりも早く休もうと思い、
背後に控える腹心の一人であるレガに
見張りを任せて、各地から来ている
来訪者たちに顏を出して
早めに休もうと思い立ち上がった。

「何か妙な動きを見せたらすぐに報告しろ」
体格の良い男はその言葉に反応を
示して黙って頷いた。

「若が何かが起きそうだと思うほど
異様なのですか?」

「今はまだ何とも言えんが、
様子がおかしいのは確かだ」

まるで得物に噛みつくような眼光で、
雷光を一瞥すると軽業師のように
枝に振動が伝わることも無く、
光の届かない暗しかない地上へと
消えていった。

何処よりも高い場所から、落ちるように
地面に衝撃を与えることなく、身を│翻《ひるがえ》して
下り立つと、そこには4人の男女が同じような姿をして
立っていた。

誰もが突然現れた男に対して驚く様子も
見せないまま、その中にいる美麗な
容姿をした黒髪の女性が問いかけてきた。

「リュウガ様、今日も天使の軍勢が
劣勢でしたのですか?」
「‥‥‥ああ、その通りだ。サツキは
相変わらず鋭いな」

男と同じくらいの年齢であろうその女性は、主であろう男の曇り空のような
険しい顔つきからそれを悟った。

「サツキ。それくらいにしておけ。
今は一刻も早く館へ戻るべきだ」

その男は言葉を発さなければ、
サツキと見紛う程の女性のような顏を
していた。

「そうね。兄さんの言う通り、
今は早急にお戻りになった
ほうがよろしいかと思います」
二人の従者の進言は確かなものであった。

「リュウガ様、急ぎましょう。今ならまだ
間に合います」
若き王族はいつもとは違う嫌な予感がして
いたが、自ら不利な立場になれば、それも
厄介だと認めて、レガの配下を残して、
アツキとサツキの双子兄妹と共に、俊敏な野獣の
ような速度で黒い影たちは森を駆け抜けて行った。

館まで全力疾走できたのは、フードに守られて
いた為でもあったが、アツキとサツキは主に
何とかついていくのがやっとで、二人とも
荒い息をこぼしていた。

リュウガは二人を一瞥して、中に入って行ったが、
王の直臣である黄金の鎧をまとった近衛兵に、
館の中に入れるのは、王族と王の直属の配下である
近衛兵だけだと止められたが、まだ苦しそうに
しているのを見て、外で待つよう二人に伝えて、
一人で中に入って行った。

王である実父は、長子であるリュウガの
人気ぶりに対して、悪意の芽が開花し、
殺意を抱くようになってからは、
ことある事に理由をつけて抹殺しようと
企んでいた。

年の代わり目の新月の日である今日は、
各国から要人が集まって来ていて
面倒事が苦手であった父母は、
これまでも度々、外交や隣国の要請などに
長男であるリュウガに面倒事を押し付けて、各国が納得するに値するような失敗を誘発させようとしていたが、
既にこれまで多くの王国の重鎮たちが
感心する話を交わしてきたリュウガは
限り無く王に近い存在だと認められていた。

失敗を期待していたが、父母の思惑とは裏腹に、
彼の名声を高めていくだけであり、その名は大陸全土に
広まっているほどにまでなっていた。

死罪に値するような事を誘発させるのは不可能だと
理解した王であるオーサイ・アヴェンは、この新年を迎える
祝いの席で、オーサイの配下で最も勇名を馳せている
近衛隊長ギデオンと、リュウガに剣の舞をさせて殺す計画を
立てた。

ギデオンは忠義の厚い人物であった為、事故に見せかけて
殺す必要があった。乾杯の美酒に毒を混ぜてリュウガに飲ませて、
リュウガがギデオンを殺せば、演舞による殺しとして死罪とし、
ギデオンが殺せばリュウガを殺せば、事故として各国の重鎮たちを
証人として語るよう仕向けた。

リュウガは演舞をして客人たちをもてなせば、退席していいと
言われ、毒入りとは知らずに年越しの乾杯をし、グイッと黄金の盃
に注がれた悪魔の美酒を一気に飲み干した。それは宴の始まり
の合図でもあり、闇に飲まれて狂気に走った父母の長年の望み
が、遂行される時の経過でもあった。

リュウガの実弟であるコシローは、父母の兄に対する事に
関して、完全に誤解しながら育っていた。自分はのけ者だと
思い込むようになってからは、非情な暴力的な者へと成長
していた。その為、親である父母たちにでさえ、容赦なく
牙をむく存在になっていた事から、関わりを完全に断っていた。

反してリュウガは、13歳にして心技体の試練を制して、
長老たちから成人である証拠として、本人が望む型をした物を
名匠の鍛冶屋が│対《つい》となる金色と銀色の世に二つと
無い極めて貴重な、彼ら一族しか知り得ない精製法で
創られた神宝として、所持する事を許された者となった。

対として創られる最初の由縁は、恩返しとしての物であった。
一族の│長《おさ》であった│流威《るい》は領地を与えてくれた
返礼として、王ダグラスに特殊合金で出来た銀色の刀を送った。

この神宝にはもう一つの秘密があった。
それは戦いを仕掛けられた際には、必ず助けを出すと言う
意味が込められていた。

彼ら一族は遥か昔にこの地へと逃げ延びてきた際、
この神木の森も領土とするエルドール王国の王である
ダグラスからこの地を与えらてた。
どこかから来たのかも分からない輩に、
王国の領土を与える事に反対意見の多い中、
誰もが沈黙した理由は彼らの比類なき強さにあった。

今やそれは神話となっていたが、ダグラスと流威、
両名が自らの血文字で書いたとされる文献は、
大切に館に眠る分厚いガラスのケースに保管されていた。

「我が名は流威。新たな刃黒流術衆の長として
不滅の盟約をここに残す。エルドール王国の王
ダグラスに真宝命と呼ばれる至宝の銀の剣を捧げる」

そこには今や誰も知らない流威の故郷での戦いの
記録も残されていた。

真実が伝説となって、神話として語り継がれてきた
一つの物語があった。約1千年も昔の物語として誰もが
一度は聞いた事のある話ではあったが、天使と悪魔は
確かに存在していたが、神々や魔王等といったものに
対しては、その一冊の神話でしか現存したという記述
も無く、見た者も誰一人として存在しなかった。

流威は一族の長の直系に当たる正当なる長の血を
引いていた。そして彼らの地での戦いの記録は
凄まじいものであった事だけは確かであったが、
神話となった今では、それは語り草のように
子供の歌になっていた。

「天と地が交わる時には♬人間の世界が♪
戦いの地となりて♬♪♬神々と魔王が♬現れるー♪
その時だけは♪神々の子である人間もー♬神の力が♬
宿しり時来たる♪♬♪信仰心無き弱き人間はー♪♬♪♬
悪魔が宿り死♬死んでいくー♬神を信じて♪生き抜くか♪
1で開眼♪2で眠り♬3、4で鍛えて♪♬♪♬5で戦い♬
強き人間♪神にも勝る♪誘惑されれば全ては終わる♪
負けるな人間♪♬神も悪魔も敵になる♬油断はするな♪」

リュウガは演舞を終わらせたら宝物庫に行って
流威が残したとされる文献を読もうと思っていたが、
酒を一気に飲み干した時に違和感を感じたが、
無臭の猛毒が大量に入っていて、耐え切れず水をかぶった
ように冷ややかな大量の汗を流しながら、その場で
倒れた。

この時、ようやくギデオンは気づいて、配下の者たちに
リュウガに誰一人近付けないよう厳命を下して、
館の外にいるであろう一番信頼の出来る二人に事の詳細を
告げて、リュウガの他の配下まで中に入れれば間違いなく
殺し合いになると伝えた。

そして王直属の配下であるギデオンと彼の腹心5名で誰も
近付けない事を固く誓い、すぐに地下にある治療部屋に
運び込むと、門を堅く守って外に三名、室内にはアツキと
サツキ以外にギデオンと腹心二名、そして医術師に若き王
の症状を見せたが、その表情から誰もが容易に分かるほど
酷い状態であると分かった。

意識が│朦朧《もうろう》とする中、彼は今にも息絶えそうな
仰向けの状態で、掻き消されそうな声だがハッキリと言った。

「今日は大事な用がある‥‥‥治療法があるなら‥‥‥
今すぐに始めろ‥‥‥俺は絶対に死ねない‥‥‥」

死を前にした男はそう言うと気を失った。

アツキはギデオンに問いかけた。
「あんたは王の一番の配下のはずだ。何故リュウガ様を助けた?」

「私は演舞をするようにオーサイ王に言われたが、
リュウガ様とは例え演舞であっても、その強さを確かめたいと
心から願っていた。だが、我が主は私に演舞をさせようと
したのは、リュウガ様を殺すのが目的だと気づいたからだ」

アツキはそれを聞き、以前からギデオンを高く評価していた
リュウガの心眼にはいつも驚かされてきたが、この状況での
王の一番の直臣である近衛兵隊長を務めるギデオンの行動にも
感心を示さずにいられなかった。

アツキとサツキは他の誰よりもリュウガを知っていた。
それは幼き頃から従者以上の関係性であったからだった。

共に寝食をし、鍛練も共にしてきたが、リュウガの才能は正に
天賦の才能とも呼べるほどのもので、隣国であるエルドール王国の
ロバート王は既にオーサイの無能さに呆れていたが、彼らの一族に
リュウガがいる限りその力は何よりも信頼に値すると、心底から
認めていた。

時間も無い上に、いつ戦いが起きても不思議ではない、
一刻を争う状況で決断を下すのはアツキとサツキに託された。

聡明で常に先を見る事を得意とするサツキであったが、
言葉が出せずにいるのを見て、アツキは口を出した。

「治療を初めてくれ。治すためなら何をしてもいい。
リュウガ様の命を繋いでくれ!」

そう言われ、医師たちはすぐに治療に取り掛かった。


その頃、リュウガが言っていた事よりも想像を絶する
事態がレガに恐れを抱かせていた。
神話でしか無かったモノが、目の前で現実に起きていた
事への恐怖心は、心を失うほど見入ってしまっていた。

程遠い場所ではあるが、一番広い大陸であるこの地で
ありながら遠いだけあって、逆にその無数の悪魔の群れが
数え切れないほど出て来ているという事は、三つの世界の
うちの一つである地獄と、人類最初の星である宇宙の中心
であるこの星が繋がりを見せたと言う事は、もはや誰もが
神話と受け止めている戦いの狼煙のようにも見えた。

レガは自らの掌で頬を叩いて正気を取り戻した。
そしてリュウガに報告に行こうとした瞬間、目で見渡せる
限り無い程までの雲が真っ二つに割れたかと思うと、
そこから│煌々《こうこう》たる光が、まるで人を深く斬った
ように、一気にどっと吹き出してきた。

恐れを抱く男は、恐怖によりその場から地上へ下りると、
「館まで突っ切れ!」と声を上げながら駆けて行った。



次回予告 リュウガの目覚め




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