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第一章第十七話 相対する強者たち

レガは向かい風の中を、以前なら獣道だった
森の木々や草花が生い茂っていた道を疾風の如く
駆け抜けながら考えていた。

(あの方の本当の狙いは何だ?
これまで距離はあったものの、
決して敵ではなかった。
少数ではあったが、コシローの境遇を
悲しんでいた者たちが居る事はいたが、
全ては王妃のコイータの奸計であった。
私も感情を殺していたが、あの方も感情を
押し殺していた事は確かだった。
しかし、何故わざわざ確実に自分の力となる
獲物を私に殺すよう言ったのかが、
どう考えてもおかしい)

レガは足を止めて徒手での突きや、蹴り、
思念、などを試してみたが、自分自身の
身体能力は確実に上がっていたものの、
書物にあった特殊能力はまだ身につけていなかった。

彼はあの魔族を急ぎ暗殺する必要性は低いと見て、
その場で考え込みだした。

仮に特殊能力が発動するとすれば、
ほぼ間違いなく、潜在能力が明らかに
高いと思われるリュウガよりも、
自分の方が先に特殊能力に目覚めるのは
分かりきっていた。

その証拠に、コシローの強さは以前よりも
遥かに増している事を、彼は肌で感じていた。

しかし、コシローの場合は元々、剛なる力を
持っていて、力だけで言うなら兄より勝っていた。
以前はこの森に住む者たちから、
鬼神病では無いのかと言われていた程までに、
誰に対しても敵意をむき出しにしていた。

だが、先ほどの様子からは鬼神病どころか、
知性を感じさせる顏を見せていた。
レガは神の遺伝子についての情報は主から
知らされていた内容と僅かな知識しかない
事から、ある答えを導き出した。


(コシローの提案には何か裏があのではないか?
もしそうだとすると、あの黒翼の魔族とコシロー
には何かしらの関係性がある‥‥‥いや、それは
無いか。現にあの魔族の配下的な存在であった
巨大な魔物は、無残にもコシローの餌食となった。
そこがまず問題と言えるだろう。
わざわざ屈伏した配下を殺す必要はないからな。
だとすれば一体何のために‥‥‥)

レガの上空がほんの一瞬だけ暗くなった。
彼は即座に身を引いて背中を木につけて、
木の枝から生える葉っぱの陰に入った。

この森はもはや神木の森ではなくなっていた。
邪悪が蔓延る場所に、動物は本能的に近づかない。
空も同様に鳥が近づく事はない以上、
魔族が上空を徘徊しているしか無かったからだ。

そこでレガは更に疑問が生まれた。
彼は身を隠した状態から、空の方を見つめて
木の葉と木の葉の間にできる隙間から、
そっと目だけを通して、
答えを得る為に黒翼の魔族の動きを観察した。

明らかに何かを探しているように、翼を広げて
ゆっくりと飛行しながら、森々に目を向けていた。

レガは木陰に隠れて、再度考えてみる事にした。
それは、魔族が探しているのは本当に自分なのか
という疑念を抱いたからであった。

彼はこの時、魔族の思考では無く、人間の思考で
考えた事が間違いであったが、それに気付けずに
いた。

そして、あの魔族は本来はただの下位の魔物で
あったが、適合者であったが故に、下位では
あるが、同種を喰らう事により名も無き魔族に
昇格出来ていた。

その事はコシローも知り得ない情報であったが、
実際は、そんな事はどうでもよかった。
彼の狙いは別にあり、その好機を待っていた。

レガが身を潜めていたら、突然、地上から
何かが高速で飛ばされた。
それは明らかに魔族を狙ったもので、
悪魔は不意を突かれた形になり、
避けきれずに翼に命中して風穴が開いた。

その後、それは連連と投げ続けられ、
形にそれぞれ違いがあったため、
何かと思っていたレガであったが、
目が慣れてきてそれが何か分かって驚いた。

魔族は防御態勢を取ったままで、
そこから何故、逃げようとしなかった理由も
納得のいくものだった。

圧縮された空弾のようで、その乱れ打ちに
対抗する手段がなく、逃げようとすれば
確実に命中するため、防御態勢を解けずにいた。

レガの頭の中に浮かんだのは兄弟のどちらかで
ある事は確かな自信があったが、主がいるはずは
無いので、コシローが助勢してくれているのだと
思い、その場に向かった。

向かう途中、理由は不明であったが、
弱った魔族はゆっくりと地上に落ちるように
下りていっていたが、コシローがいたであろう
場所には誰もいなかった。

魔族の体は傷だらけであったが、小さな傷跡は
徐々に回復していっていた。
コシローよりは劣るが、超回復の力がある事を
レガは知った。

彼はすぐに決断して行動に移した。
瞬間的に足に力を移動させると、跳躍と同時に
刀を抜いて、まずは下から斬り上げた。

その速さは予想外のものであった為、
彼の放った刃は悪魔の片腕を骨ごと切り落とすと、
魔族の上空から縦の回転を加えて、黒い鋼を、
悪魔の体目掛けて高速回転斬りを放った。

片腕を斬り落とされた時に、その威力は充分に
理解した魔物は、もう片方の右腕を使って、
刀筋たちすじを逸らすために、当たった
瞬間に刃の方向を外に逃がした。

しかし、超回復があるとはいえ、既に満身創痍の
状態であったため、軽い傷痕は治せても、
腕を即座に治すほどのエネルギーは尽きていた。

最初に刀筋をずらすために、利き腕では無い方の
左腕を使ったのが裏目となり、地上に降りてすぐに
体内エネルギーを使って何とか左腕は治癒できたが、
右腕を完治させる力は残っていなかった。

有無を言わせず、すぐに黒衣の男は襲ってきた。
手には切れ味の鋭さを充分に理解した黒刀が
持たれており、先ほどの攻防だけで、これまで
で一番強い人間だと理解して、初めて警戒した。

レガの上段から放たれた刃の切先は、
魔族の薄皮一枚を残したが、体格を活かして、
握り拳で硬くなった肩からの当て身を
魔族の体に一歩強く踏み込んで、吹き飛ばした。

そして、当て身から緩急をつけて、目の前から
消えたかと思うと、影の中に入っていて、
すぐさま痛めた翼と足を使って後方に退こう
としたが、影で重なった黒い刃が翼に突き刺さり、
それは土の地面深くにまで達していた。

暗殺者は影と共に地上へ下りると、
魔族に高速の拳打を急所に浴びせると、
後ろ廻し蹴りを放った。

地面に固定された翼は、その蹴りの威力で刀によって
斬り裂かれて後方に飛ばされた。
レガは吹き飛ばした時に、同じ速度で魔族と共に行き、
突き立てられた黒刀を手にして、今度は深く横一閃に
振り切った。

魔族は翼で更に後退していたお陰で、何とか避けた
と思われたが、レガの一閃の速度はそれ以上だった。

下半身を残したまま魔族は退いていた。

この時、初めて悪魔は後悔していた。
人間を甘く見過ぎたと恐怖を覚えた。

レガは一言も発さずに、悪魔に近寄ると、
いつもなら終始無言で任務を完了させるが、
今回だけは違った。

「一つだけ聞きたいことがある。
答えれば、一瞬で殺してやる」

「‥‥‥何が知りたい」

「貴様はこの森で誰かと会ったか?」

「いや、誰とも会ってない」

「そうか」

言葉と共に首は宙に舞い、更に細切れに
された後、心臓も体ごと斬り裂いた。

しかし、刀を鞘には納めずにいた。

そして背後にいる男に
答えを求めて声をかけた。

「一体どういうおつもりなのですか?
返答次第では問題になり得る事になるのは
お分かりのはず。お答え願いたい」

「これほどまでとは正直思わなかった。
流石は奴の副将だけのことはある」

レガは振り返り、重ねて問い詰めた。

「何が目的だったのかお聞かせ願いたい。
てっきり王とお妃の元へ向かわれたと
思ってましたが、どうやら違うようですな」

「それは誤解だ。もう奴等の事は済んだ話だ」

その言葉に対して、レガは反応を示さなかった。
王たちを皆殺しにしたのは分かり切っていた。
問題は、王たちを殺した今、自分に対して
何を求めているのか予想はできたが、
確信を持てずにいた。

「つまりは悪魔退治は虚言で、本当の目的は
私なのですね?」

「察しが良いな。奴よりも手強そうだ」

「あなたは分かっておられないようですね。
あの方は私よりも遥かに頭のキレるお方です」

「ふん。どいつもこいつも奴の味方か。
今の俺は誰よりも強い。
お前の主など喰い殺してやる」

その言葉でレガはある事を知った。
王たちは確かに殺されたが、喰い殺したのだと
言う事を知り、以前から鬼神病だという噂は
事実だったことを悟った。

「あいにく私はまだまだリュウガ様のお役に
立たねばならぬ身ですので、ここであなたを
殺さねばならなくなりました。
ご安心ください。
私はあなたを喰うつもりはありませんから」

レガは刀を構えて、これまでとは全く違う、
心から芽生える膨大なエネルギーを感じた。

主を初めて守る事ができると考えた時、
レガの心がこれまで一度も思った事が
無い感情によって、特殊能力を開花させた。

コシローは神の遺伝子の事も知らず、
初めて魔法のような青い闘気を纏った
レガに対して、動揺を隠せずにいたが、
それはレガ本人も同じであった。

どんな能力なのかは解らなかったが、
ただ一つだけは理解していた。
主であるリュウガを守る誓いを立てた時は、
自分よりも主の方が強いため、
いつでも命を投げ出す覚悟はしていたが、
それで守れるのかという疑問を持ち続けていた。

しかし、この局面に対しては、相討ちをしてでも
必ずコシローを倒すという強い思念から生まれた
事だけは確かなものだった。

コシローは動揺していたが、自分の強さに敵う者
はいるはずがないと恐れを断ち切って、レガに
攻勢を仕掛けていった。

レガはコシローに向かって掌底の構えを取って、
向かい来る主の弟に対して、静止させるように
手をかざすと、コシローはその手に
触れる事なく吹き飛ばされた。

その威力はまるで反射したかのようだった。
コシローの姿は目視では確認できないほどまで
吹き飛ばされていた。

木々をなぎ倒して、常人ならば間違いなく死ぬ
威力だったが、遠くの方から歩いてきているのを
見て、レガは声が届くように叫んだ。

「もう諦めなされ! あなたに私を倒す事は
出来ません! この事は主にしか伝えるつもりは
ありません! どうか御引きください!」

森の中でレガの声が木魂していって、リュウガの
耳にもその声は届いていたが、反響し合っていて
居場所の特定ができないままでいたが、二人とも
生きている事だけは分かった。

しかし、レガが圧倒的に優勢に立っている事には、
納得のいかないものがあった。

レガが強い事は誰よりも理解していたが、
同時にコシローの強さと危険を知っていたのも、
リュウガだけだった。

彼は父母や一族は皆殺しにされたであろうと
思っていた。ただ弟が本物の鬼神病だとは
父母も知らない事であった。

リュウガは弟が森で動物の生肉を食べているのを
見た時から、その対象が人間になる可能性を
恐れていた。

二人を比べた場合、コシローの謎の超回復がある
限り、レガには勝ち目が無いと思っていたから、
急いで駆けつけたが、レガが優勢である事に疑問を
感じながら、再び神木の木に登って、声が聞こえる
のを木の上で待っていた。

森の中にいたせいで、声が木魂のように反射し合い
自分の位置とレガたちの位置が分からなくなっていた。

本来ならレガに呼びかけるが、相手がコシローなだけに、
それは危険を招く恐れがあったため、できないでいた。
そして一番恐れていたのは、コシローの人格が最低2つは
あった事を知って、生きているのは自分だけであった。

人前では見せた事は無かったが、リュウガも一度だけだが
確かに二人いた。

夜遅くまで昔の書物を読んでいた時、静まり返った地下から
誰かの声が聞こえてきた。リュウガは仲裁に入るために、
地下へと続く階段を下りていくと、一人は怒っていて、
もう一人は謝っていた。

声質も違いがあったので、彼は静かに何を話しているのかを
聞いていた。余りにも激しい罵声を浴びせていたので、
リュウガは階段を下りて、松明で誰なのかを確かめると、
そこにはコシローが一人だけでいた。

それ以後、彼の棲み処は森になったが、時々、ふと現れては
食料や水を取りに来ていたが、その時以外は誰の目も振れない
場所で住むようになっていた。

時々、狩りをしていた者たちから、コシローが生肉を
食べていた報告を受けていたが、リュウガがその話を
止めていた。

もしも、対象が人間になった時は、自分の手で殺してやろうと
思っていたが、急激に力を増し始めて、今では互角とさえ言われ
るようになっていた。

レガが優勢なようだが、いつあの人格が出てきても
おかしくない状況だったため、リュウガは精神統一をして
森の自然から違和感を感じ取ろうとしていた。


(一体どうなってるんだ!? リュウガ様が以前コシローとは
戦うなと言っておられたが、何度倒しても起き上がってくる
この異常な体力や体の性質は特殊能力なのか? 
特殊能力を得たばかりで気づけなかったが、今は分かる。
確かに特殊能力は強力だが、その分、精神エネルギーを必要
とする。覚えたてで無駄にエネルギーを使い過ぎた。
次にエネルギーを多めに使って、ここから逃げるとしよう。
リュウガ様の言う通り、相手にすべきで無かった)


(見つけた! この独特なエネルギーは奴のものだな。
レガが優勢だった事は確かだが、コシローの相手はまだ
出来ないだろう。俺がるしかない!)

彼はコシローの怒りエネルギーを察知して、
その場に向かって全力で駆けて行った。










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