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第一章 第十三話 魔獣ケルベロスの秘密

リュウガは大きく口を開いて、炎の玉を吐くタイミングに
合わせて、足跡が深く残るほどの力で大地を蹴りつけて、
これまでの動きとは全く比にならない一瞬の間に、
消えたかと錯覚さえ感じるような動きで、
ケルベロスを翻弄ほんろうさせた。

暗殺者は敵の威嚇する姿を見て攻撃範囲を確認してから、
巨大な影の中に入り込むようにして、その身を溶かすと、
魔犬は大きく痛みの叫び声を上げた。

リュウガはケルベロスの右顔の下方から死角へと入ると、
そのまま顏の後ろ側に出ると同時に、横腹を黒い大刀で
割いていった。腹部を斬れば倒れる恐れがあったため、
下敷きになる可能性を排除しての行動だった。

そのまま背後に回ろうとした時、尾の大蛇がリュウガ目掛けて
襲い掛かってきた瞬間に、大刀のリングの一番奥まで通した後、
軽く手首を捻って尾の根元から斬り落とした。

彼の動きは止まらずそのまま背後に向かって、
反対側の左に回ると、黒い刃で横腹を斬り裂いた。
巨大な猛獣の体は、トゲのような毛で覆われていて、
肉厚も分厚いものであったため、普通の剣では折れてしまう
ために、いくら強くなった人間でも、武器が折れてしまうで
あろうと思われた。

リュウガの大刀は充分に臓器に致命傷を与える程、分厚く長く、
そして、折れる事のない特殊合金で出来ていた為、
布を斬るように斬った感触が手に伝わって来ないほどの斬れ味
のある武器であった。

天魔と戦った者だからこそ、この装備は完成したのだと
リュウガは流威が、戦いの日々だったからこそ強靭で、
奴等にも負けない武器と、多少の攻撃なら肉体には
傷つかないものを作り上げた事に感謝した。

両脇を斬られ、尾も無くした魔獣は、左顔の少し後ろにいた
人間が黒い刀に見入っているのを目にして、今が好機だと知って、
毒の唾を吐き散らした。

リュウガは即座に飛び上がり、猛獣の左の頭の上から刀で貫いた。
大きな切れ目が出来て頭はぐったりと、まるでうつむくように
顏を下に落としたが、リュウガはすぐにそこから更に黒刀を軽く振って、
真っ二つにした。まだ弱い敵とは言え、どんな事があっても不思議では
無いと思っていた。油断が死を招くことは、奴等が現れる前から長きに
渡り経験してきたからだった。

ケルベロスの様子がおかしいと感じた男は、再び距離を取って様子見を
していた時、突然、体が弾け飛ぶように爆発したかと思うと、それが
地面に集まり出して、血肉がまるで高熱によって煮えたぎるドロドロと
したものとなり、地中から現れるようにして、その地獄の血肉は人間の
ような体つきをしたものへと変わっていった。

見た目は人間に近いものであったが、肌の色や黒い翼などがあり、人間
では無いことは一目瞭然であった。
そして悠々と飛び上がると、リュウガと対峙した。

リュウガによって傷つけられた斬り傷は、所々にそれらしき痕が
残っており、もう戦える力はほとんど残ってないように見えたが、
油断はせずに黒い刀を構えて、攻撃態勢を取った。

「貴様、特殊能力者か?」その魔族は口を開いた。

「いや、まだ今は身体能力が上昇中だ」強者は事実を述べた。

「それなら相当強くなるだろうな。だが、俺は殺すな。
これは命乞いではない。俺を殺せば封印が解けるぞ」

リュウガは一体何の話をしているのか見当もつかずに、
話を聞いていた。

何もしゃべろうとしない人間を見て、ケルベロスは
問いかけてきた。

「お前、まさか知らないのか?」

これ以上黙っておいても、無意味だと悟り、問いかけに
対して、少しは知ってるような口ぶりで答えた。

「お前を殺せば何かが起こるということは知っている」

「それならば殆ど知らないのと同じ事だ。いいか? 
封印は自分を強化する事が本当の目的ではない」

リュウガは探りを入れようとしたが、まだ情報が
足りずにいたため、黙って耳を貸していた。

「奴等は元天使である俺のような堕天使か、
天使どもが戦いの末に弱体化させた時に封印しただけで、
強さは俺よりも上だ。俺を殺せば、お前はソイツに
殺される。だから俺を殺すな」

リュウガは少しずつではあったが読めてきた。

「貴様に封印されているかどうかは分からないだろう」

「確かに見た目からは分からんだろう。だが地獄で
生まれた雑魚どもを統率している俺には封印されている
可能性は高いはずだろう?」

彼は頭の中であるだけの情報を引き出していくうちに、
ある事に気づいた。第三勢力の事を話しているのでは
と彼は思い、確かめようとした。

「貴様は第三勢力の何者を封印しているんだ?」

「やはり知っていたか。しかし、それを知ったところで
貴様は見た事も強さも何も知らないはずだ。
言うだけ無駄に終わるはずだ」

確かに魔族の言う通り、知っている事は途轍もない強さ
を持つ者だという事だけであった。激闘の中に身を置いて
いた流威でさえも、恐るべき存在であると言っていた事を
思い出した。

しかし、ケルベロスは1つだけ口を滑らせていた。
殺されない雰囲気からか、焦りからかは不明であったが、
確かに言っていた言葉をリュウガは見逃さなかった。

「雑魚どもを統率している俺」

確かにそう言った。つまりは隊長のような立場である
ものであると言う事になる。
仮に第三勢力の力を知るには打ってつけの敵だと考え、
リュウガは覚悟を決めた。

いいだろう。ってる!

リュウガは即断即決する速さも、それを実行する速さも
尋常では無かった。

彼は無言のまま敵の体に十文字の刃を入れたが、離れたはずの
肉体はすぐに引き合い始めて、元通りに再生した。

「その程度の攻撃などでは雑魚の魔物くらいしか倒せんわ」

その言葉でリュウガの内なる力が解放されたかのように、
これまで感じた事の無い力が漲ってきたかと思うと、
今までとは全く違う人間離れした速度で、飛び上がると
体を回転させながら斬って、斬って、斬って、斬って、
斬るごとに回転速度は加速され続けていき、体を軽く
傾けることで、縦横斜めと斬り刻んでいく様子は、
完全な新球が描かれていた。

肉片の再生速度は徐々に落ちていき、遂には肉片すらも
ほとんど見えない程の赤黒い血の溜まりが出来ていた。

リュウガはそれに気付いて着地と同時に間合いを取った。

(本番はここからだ)

一体どれほど強いのかを確かめるために、
リュウガは正に命を懸けた戦いになると思った。
そして、少しずつではあったが、己の身体的強さを
実感しつつあった。
あれほどまでの高速回転を繰り返せば、普通なら
息切れするはずであったが、まだまだ余力を残して
の攻撃に対して、自信を持ち始めていたが、不安の方が
大きかった。

それは、流威の書いていた本の内容が全て合っていた
からであった。今のような身を危険に晒す攻撃などは
出来ないと考え、絶対的に今の自分では敵わないと
判断したら逃げることも考慮していた。

地面に溜まっている赤黒い血の中心に、小さな波紋が
生まれた。リュウガはそれをじっと見ていた。

波紋は少しずつ立て続けに増えて行き、
まるで何かが煮えたぎっているように、
荒々しく波を立てて行くと徐々に静まり出した。

そして、いきなり血の噴水が高々と昇ると、
血だまりは消えていて、一人の裸の女が立っていた。
体は小柄で、痩せていてる長い黒髪の女だった。

俯き加減で立っている女は顏を上げた。
黒髪の隙間から目と口が見えていて、リュウガを見ると、
口元が喜ぶように微笑んだ。

「あなたがヤツを倒してくれたの?」
小さな声で女は話しかけてきた。

「そうだ。お前は一体何者だ?」

「わたしは悪くないのに、ヤツらはわたしを悪者だと
決めつけて‥‥‥長い間牢獄に繋がれていたの。
助けてもらっておいて、お願いするのは心苦しいけど、
わたしのお願いをきいて欲しいの」

リュウガは敵だとは分かっていたが、その言葉には
あらがえない、何か強い力を感じていた。
頭の中と心を支配されていく感覚を覚えた強き若者は、
自らの手を刃で斬って、痛みから自制心を取り戻した。

「お前が敵だという事は知っている。無駄な演技は
するな。俺は貴様を殺すために封印を解いただけだ」

リュウガはそう言いつつも、この女の能力の力を
少しだけだが感じた事により、特殊能力者とは
このように恐ろしいものなのかと実感していた。

流威の言う通り、第三勢力のものたちはいずれも
恐ろしい力を持っている事を肌で感じて理解した。

暗示系か強制的に操る類の能力者だと理解した
男は、攻める事によって優勢に立てると考えた。

頭から雑念を排除して、他にも何かあるはずだと
思った若武者は、拳打では危険だと感じて、小柄な
女であったため、大刀を鞘に入れると、帯刀している
長年使ってきた愛刀の柄を左手で握ると、じわりと
感じる汗に気づいた。

自分が思っている以上に危険だと判断すべきだと感じた
漆黒の暗殺者は、マントの中で帯を緩めて先手を取った。

彼の体は先ほどの戦いで温まっていて、怒りに任せて
ケルベロスは殺したが、その時に感じた力の解放を自然に
出来るようになっていた。

正に一瞬で、自分の間合いに女が入るタイミングに合わせて、
女の頭上から愛刀を振るった。頭上に振るうことで、間合いを
伸ばして後ろに逃げても、当たるように男は帯から黒刀を抜いた。

確実に当たったと確信を得た男の刀は、空を切る事を前提として
いたが、予想とは違い女の頭上に振り下ろされた。

が、確かにいたはずであったのに、それは残像であった。
普段は自分が使っているものを、相手に初めて使われてる事により、
読み切れずにいた。

一瞬の一瞬の隙に、自分ならばと考えるよりも先に体は動いた。
彼は身を退くには、全力で駆けた分だけの力が必要だと感じて、
リュウガは逆に、前への力をそのまま使って、間合いよりも
遥か先まで駆け抜けた後に、その力を利用して身をひるがえしながら、愛刀を片手に防御態勢を取った。

彼は全神経を耳に集中させると、目を閉じた。
それは危険な行為であることは分かりきっていたが、
本物だと確信を持てたのが残像であったことは、
彼にとっては有り得ない初めての体験だった。
男はこれまでで、相手に対して恐れを抱いた事は、
実弟のコシローくらいのものであった為、
逃げるべきだと分かっていたが、まずは敵の位置を
知らなければ逃げようが無かった。

リュウガが索敵をしていると、どこからか声が聞こえてきて、
すぐに目を開けて、方向を確かめようとした。

「すごいわ。身体能力の上昇速度も本当にすごいわ。
今のわたしの力でも充分に通用すると思っていたけど、
それは間違いだった。あなたはわたしの命の恩人だから
1つ借りができたわ。わたしの名前はアサナシオス・アサーナ。
いつか必ずこの借りは返すわ。また会いましょう、リュウガ」

彼はこの時、体中に汗を流していた。気配は完全に断たれていて、
居場所は分からないが、声だけは聞こえてきていた。
先ほどの事を考えると、自分にだけ語り掛けていたのか、
それともどこかから話しかけていたかすらも不明なままだった。

名前を言っても無いのに、知られた事や、完璧な残像から
流威の言葉通り、可能な限り戦うべきでは無い相手だと、
強く思った。自分に対して1つ借りだとは言ったと言う事は、
人間に対してでは無い意味も含まれている事を考えると、
封印を解いたのは間違いであったかとも考えた。

しかし、悪魔に封印されていた事から、悪魔をまずは狙うだろう
と考え、もっと多くの情報の必要性を感じた。

流威の書物は残りあと2巻だけであったので、
この世界の全ての書物があるとされている
智の番人が守る❝高賢楼閣❞の事は密かに調べていた事から、
神木の森の北にあると分かり、落ち着いた後に行かなければ
ならないとこの時、強く思った。

アサーナと名乗る女性は、自分に対してまだまだ強くなる
と言っていた事を思い出し、能力発動にも関わりがある
可能性のある強化鍛練をすべきだと感じていた。

リュウガはこの時、平原を暫く見つめていた。
戦いの始まりを本当の意味で体験したからであった。
自分よりも遥かに強い相手と出会い、普段なら喜ぶが、
余りの強さに喜べない自分がいた。

しかし、彼女が言っていたように、自分にも秘めたる
力がある可能性がある事を本当の意味で知る事になり、
それを考えれば、歓喜する自分もいる事に気づくことが
できる戦いとは呼べないものではあったが、確かな収穫を
得たことには良かったと考えるしかなかった。

そしてリュウガは彼女を見て、確信には至らずにいたが、
ある仮説を立てていた。その仮説が正しければ、人間に
とっては大きな強みになると思っていた。

じっと見つめる平原に流れる、冷たいそよ風を感じながら、
心配しているであろうアレックスの待つイストリア城塞に
戻ろうと思い、これも鍛練だと思って、愛馬のアニーには
声をかけず、風よりも速く駆けて行った。


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