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万夫無当唯一無二の戦武神・呂布奉先軍記物語 第一章 第三話 呂布奉先の死闘

謎の術師は自らの背丈ほどの鉄棍を
手にして、城門前広場まで行くと、
鉄の棍を地面に向けてトンッと叩いた。

術師を中心に激しい疾風が吹きつけて、
呂布は思わず顏を伏せがずにはいられい程の突風は
一瞬で地面の小石や砂を全て吹き飛ばした。
その風は普通の風では無かった。

呂布の身体が目に見えない何かに押されるような
衝撃だった。それは謎の術師の力が混に伝わり、
波動となって張梁によって創られた幻惑をも、
一撃を以て薄いガラスのような空間を破壊した。

呂布が顏を上げるとそこには│夥《おびただ》しい
無残に殺された老若男女問わず、子供までもが
そこら中に動かぬ体となって転がっていた。

「これほどまでに惨い事をする必要は無かった
はずだ。お前はそれでも平和を│齎《もたら》す存在
だと言い張るつもりか?」

幻術の解かれた張梁は言葉が無かった。
それよりも自分の力よりも圧倒的な強さを誇る術師に
対して、畏怖しか抱けなかった。
目を背けたくなる気持ちではあったが、
相手は2人だけだと自らの心に何度も念ずるように
言い聞かせて、目を背けずにいた。

「おい、聞いているのか? そこの阿呆よ」

「おのれ! 言わせておけば‥‥
これでも喰らえ! ハッ!!」

呂布は咄嗟に守りの構えをとったが、
術師は平然と動き一つ見せる事は無かった。

「貴様! 火属性を操る者か! 何者だ!?」

「私が誰であろうとお前には関係の無い事だ。
お前の相手は奉先だ。あの者に勝つ事が出来れば、
逃がしてやる。だが幻術は使うな、属性術だけは
使っても構わん」

張梁から見て奥にいる呂布に目を向けて、
薄っすらと笑みを浮かべた。
「奴なら問題ない。殺しても構わんのだな?」

「殺せるものなら殺してみろ」
術師はそう言うと振り返り、奉先に目をやった。
「奉先よ! 張梁を倒すのはお前の使命だ。
幻術は使わせん。が、こやつは土の術を使う。
油断せずに見事倒して見せよ!」

呂布はまさか自分が戦う事になるとは思っても
みなかった。まるで通用しなかった相手だけに、
不安と恐怖が心を満たしていったが、張梁は
黄巾賊を束ねる三首領の中では一番弱いことを
知っていた。

その事を考えると、自分が成そうとしている事が
どれほど無謀な事かを理解した。
張梁は完全に勝つ気でいる事は、その舐めきった
表情から安易に察することができた。

呂布は鋭い眼光を以て張梁を睨みつけると、
心の中の鬼を目覚めさせるように、
その心に巣食う不安と恐怖を消し去っていった。

張遼は騎兵隊を待機させて、馬から降りてそっと
物陰から様子│窺《うかが》っていた。
状況はあまり飲み込めずにいたが、主となった
呂布が馬上から降りて、│漲《みなぎ》る闘志から
張梁であろう男に近づていくのを見て、自ずと槍を
握る手に力がぐっと入った。

呂布は張梁と対峙して、上から怒りにも似た顔つきで
張梁を見下ろしていたが、張梁は全く動じる様子は
ないまま、余裕からか笑みさえ浮かべていた。

呂布はその危険な挑発には乗らずにいた。
充分過ぎるほど、術師の恐ろしさを身体で
理解していたからだった。

鉄の棍を持った術師は、荒れ果て、崩れ去っている
近くの家から、椅子を拾って黙ったまま腰を落とした。

張梁はすかさず大地に両手をついた。
ほんの一瞬遅れて鬼神の槍が、張梁の頭部を
勢いよく吹き飛ばしたが、ただの砂に変わっていた。
その崩れ去る砂の両脇に、同じ体勢の張梁が増えていき、
目をやる僅かな間に、周りは完全に囲まれていた。

(土属性とはそういうことか。
それならば│殺《や》る事はできる)

彼は口には出さなかったが、勝ち目が見えてきていた。

呂布はその大人よりも重くて、長い方天画戟の柄を腰に
当てると、そのまま流すように一回転して全ての張梁を
破壊していった。

破壊していく最中、「土隆壁!」声が飛んできたかと
思うと、分厚い土の壁が出来ていた。
それは戟を止めるほど強固なものだった。

呂布は戟を自由自在に操り、頭上で回転を何度も加える
と、再びその石のような壁に向かって、振り抜いた。
壁は砕け散りながら、その欠片が断続的に張梁に
向かっていった。

しかし、それらを全てが張梁に当たった瞬間に、
元の砂へと変わっていった。

張梁はその馬鹿力に│驚愕《きょうがく》し、
呂布は術師の厄介さに目を見張った。

張梁は再び両手を地面に向けて叩きつけると、
│砂塵《さじん》を巻き起こして、呂布の視界を
奪うと更に強いエネルギーを発して、
「土人拳」と言う声だけが静かに聞こえてきた。

呂布はすかさずその声の元へ戟で突きを入れた。
が、空振りに終わり、気配を探り出した。
しかし、妙な事に、何故か気配は至る所から
感じ取れた。奉先は目を閉じて、一番大きな
気配の元を探ろうとした瞬間、周囲から何かが
近づくのを感じた。

強く柄を握ると、近づいてくるモノたちに
力任せに戟を振るった。
接触した時、先ほどまでの土の感触では無く、
これまで何度も倒してきた人間に当たった時の
モノを、柄を握る手から感じ取れた。

もしや、敵の配下か?とも思ったが、それは
仲間である術師が許すはずが無いと、理解せず
とも分かり切っていた。

(! そういうことか‥‥‥このゲスが!!)

呂布は瞳を閉じて砂塵の中に飛び込むと、
縦横無尽に方天画戟を振り回しながら、
気配の大きな者を追いつめるように、左右に
戟を振りながら進むと、正面から一気にどっと
生ける屍が押し寄せてきた。

呂布は開眼すると、死んでまで利用されている
者たちに対して、慈悲と怒りから来る刃を、
大きく振りかぶると、そのまま地面に叩きつけて
2度と動けないように、肉体をバラバラにして
見せた。

その怒りの一撃は砂塵をも吹き飛ばして、
それを操っていた張梁の姿を目視で捉える事を
可能にした程の威力だった。

張梁は死体の体を土で包み込み、それらを自在に
操っていた。エネルギーはその体に付着した
ものから発されていた為、大小異なるもので
あった事から、本体を見つけにくいものと
していた。

砂塵は青空に舞って行き、再び両者は対峙した。
張梁は見るからに相当、疲労している事は
分かったが、呂布は一切油断せず、
手加減しないと決めていた。

術師はそう思わせるほど、未知なる強敵でしか
なかったからだった。
それに加えて、最後の最期だと覚悟を決めたら、
何をしてくるか分かったものではなかったから
でもあった。

先手必勝!!と心の中で呂布は叫んだ。
大きな体ではあるが、素早さもあり間合いを
一気に詰めて、決まった! と思った瞬間、
態勢が大きく崩れていき、流砂のように呂布の
体は沈んでいっていた。咄嗟に抜け出そうと
したが、重い武器と体は足掻けば足掻く程、
その身は地中へと誘われていった。

「術者だからと言って接近戦が苦手だとでも
思うたか?」張梁は砂に囚われた呂布よりも、
頭上から問いかけた。

呂布はその問いに答える事は出来なかった。
完全に勝ったと思った自分自身を責めていた。

その時、張梁は陰に入ったが、それは雲から
来たものだと思った。雲の影かと一瞬思ったが、
雲にしては暗すぎると気づいた時には
手遅れだった。

その巨大な影の主の前腕から繰り出された蹄は、
的確に張梁の体を捉えて、天へと駆けるように
高々と飛んだ跳躍からの鉄のように固い蹄の一撃で、
張梁は城壁まで一気に消えたかと思うほどの速度で
突き飛ばされた。

ぶら下がった手綱を即座に握ると、赤兎馬は呂布を
底なし沼から抜け出させるように、後退しながら
窮地を救った。

流砂から出ると、すぐに方天画戟を手にしたが、
張梁の体は石垣に跡を残す程、壁に沈んでいた。
そして、その体にはくっきりと蹄の痕が残されていた。

口からは血が滴り落ちていて、戦意を喪失した目を
していた。油断していたのは呂布だけでは無かった。
張梁もまた勝ちを確信していた。

悪魔の馬だと分かっていたなら‥‥と、
張梁は聞き取れないほど小さく呟いていた。

呂布は方天画戟を持って、突きの構えを見せた。
意識も、命も、微かに揺れる灯火のように
最期の時の近づきを感じていた。

呂布は足に力を込めて、俊足で方天画戟を
張梁の体に突きを放った。
その激しい刺すような一点集中した突きは、
体を貫いて、城壁さえも貫いた。

その突きは怒りや恨みからのものでは
無かった。
死を前にした男に対して、武人として、
最期の命の小さな火を消すためのもので
あった。

赤兎馬に助けられた事に関して、
謎の術師は沈黙していた。
その沈黙の意味は、呂布には伝わっていた。
仲間というより、二人で一人だと言う意味
が込められていた。
一心同体である程まで、生まれた日から
面倒を見てきた。時の流れと共に、赤兎馬
は呂布からの愛情を日々感じて育った。

そこに言葉を挟むのは野暮だと思っていた。

呂布は戟の先の刃で張梁の首を斬り落として、
その首を誰でも見えるように槍先で掲げた。

一人、また一人と逃げ始めると、
それは津波のように止めようが無い勢いで、
襄陽城から四散していった。

張遼は既に城内に兵士を入れていた為、
すぐに命令通り行動に出た。

呂布の横を疾駆する際、張遼は、
「あとはお任せください」とだけ
言葉を残して、三千騎は通り過ぎて行った。

「愛馬に助けられたな」
「はい。全ては貴方のお陰です」
そう口にした奉先を見て、
男は首を横に振った。

「それは違う。お前と愛馬が勝ち取ったのだ。
私は何もしてない。自信を持て、これからは
更に必要になる」

呂布はその言葉に、静かに先を見るように
頷いた。これが終わりでは無く、始まりだと
奉先は真に理解した。

敵兵を一掃したには早過ぎるほどの時を経て、
張遼が戻って来た。

「将軍。義勇軍と称する者たちの加勢により、
黄巾賊は殲滅しました。その軍の将をお連れ
しましたので、お会いください」

三騎の騎兵が近づいて来ると、馬を下りて
呂布の前まで来た。
一人は白髪の普通の男であったが、
その両脇に控える男たちは目を向けなくても
視界に入るほど、大きな体をしていた。

呂布とそれほど見劣りしないほど、
大きな体であると共に、力強い強者だと
強者ゆえにすぐに察することができた。

「呂布将軍。お初にお目にかかります。
私は劉備玄徳と申します。この者たちは
私の義弟でございます」

「関羽雲長と申します」
「張飛翼徳と申します」
二人は一言だけ口にした。

「張遼殿にお聞きしました。
張梁を討ち取ったと」
劉備は眩しい太陽が光る槍先の刃に
刺された張梁の首を見上げた。

「呂布将軍。我らはこれより徐州に
向かいます。太守である陶謙殿は義を
重んじる立派な人だと我らの耳にも
届いております。劣勢だという噂が
流れておりますので、ご挨拶だけさせて
頂くために参りましたが、急ぎ向かうので、
これにて失礼致します」

「劉備殿。我らは黄巾賊の副将である
張宝を倒しに行きます。もはや黄巾賊は
至る所に蔓延る疫病のような
存在になりました。
倒すには根から潰すしかないでしょう」

「確かに将軍の仰る通りです。しかし、
我らは義勇軍500名足らずでございます。
張宝を打ち破るには、術師が味方に
いなければ無理だと思います」
劉備は視線を術師らしい男の方へ向けた。

「分かりました。張宝は我らにお任せあれ。
御武運をお祈りしておきます。命を粗末に
なさらぬよう、厳しい戦いになりそうで
あれば、私に御連絡くだされ。御助けに
参ります故」

「ありがとうございます。将軍のような方
が味方で心強く思います。それではまた
どこかでお会いしましょう」

三名は頭を下げた後、馬に乗って襄陽城
から去って言った。

「あの者たちともいずれは会う事になる
であろう。
本気で張宝を倒しに行くつもりか?」

「貴方と言う味方がおりますので」
呂布は笑みを浮かべてそう告げた。

その微笑みは青空の下で、まぶしい程、
爽やかで気持ちのいい笑顔だった。

それを見た術師は、その笑顔に負けた
ように、頷いて見せた。







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