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お一人様限定ホラースポットツアーⅡ

「失礼します、白城さん。
お尋ねしたいことがあります」

「早速動いてくれたか。何が知りたい?」

「二課だけの人員では見張る事は不可能だった
はずです。副署長の部下の誰を使ったのか、
教えてください」

白城は机の引き出しから、その夜に誰がどこに
配属されたかが載っている書類を取り出した。

「うちから出した人数は10名だ。名前も全て
記載しているからコピーのこれを使ってくれ。
他にも質問があったらいつでも連絡してくれて
構わない。二課の報告書だけでは分からない
事も多いと思うが、佐木山たちには一課に
事情聴取を受ける事になると伝えてある」

そう言ってファイルを差し出した。

「時間に限りがありますので。ゆっくり有給休暇を
使ってお休みください。何か伸展があれば報告を
入れます」

「期待している。警官の失踪は大事件だからな。
解決できるのは君しかいない。よろしく頼む」

「お任せください。
期限内には必ず解決して見せます」

「君のようなキャリア組を見るのは初めてだよ。
大抵は見下してくるからね」

苦笑いしながら白城は愚痴を吐いた。

「この手の事件なら普通は警視庁から誰かが
来るが、君のお陰でまだ来ないのは明白だよ」

「本部から来る前に片付けて見せます。
また何かあれば御連絡させて頂きます。
それでは失礼します」

白城は期待を込めて深く頷いて見せた。

とは言え、真田は難解な事件だと
既に気づいていた。

しかし、それを部下や白城に知られる訳には
いかなかった。自分が自信を持って行動する
から信じて貰えると分かっていた。

ドアを開けると、部下たちはそれぞれ調べながら
話をしていた。

「これが追加資料だ。念のためコピーを全員分に
取って効率よく行こう」

「では私が預かりますね」
そう言って手を出して来たのは、新人ではあるが
有能な高下琉人たかしたりゅうとだった。

彼は8名分のコピーを取ると、先輩たちの机に置いて
いきながら、最後の1部は新しく用意したホワイトボード
に貼っていった。

一課に配属された人たちは、誰もが有能で頼りがいが
あった。真田は皆、黙々と作業を続けるのを見て、
自室へと入った。

白城から貰った資料に目を通していったが、
各車に1名ずつ計5名と、佐木山の指示で
スタート地点に二名、中間地点である
5スポット地点に一名、そして最終地点に二名を配置
していた。

いずれも問題無しと答えていた。
しかし、無線での対応になっていて、
最終地点で三井がいた事も書かれていたが、
直接その日に三井に会った人は誰もいなかった。

翌日に会議を予定していたが、三井は現れず、
バッグを家に取りに行き、その後、消息を絶っていた。

佐木山は何故、その日に検証せずに解散したのかを
見ると、ツアー開始時間は夜の22時からで、
最終地点には真夜中の3時に到着していた。

その後、ツアー参加者は大型バスから小型バス4台に
乗り換えて、出発地点まで戻ったと書いてあった。

大型バスで真夜中の運転は危険であると真田は判断
して、小型バスに乗り換えた事に関しては問題無しと
した。しかし5時間もかかっているのは何故だ?
真田は時間がかかり過ぎている事に目をつけた。

彼は報告書に目を通しながら、違和感を探していた。
真田の指が止まり、じっくり読み始めた。
署長の部下の報告によると、スタート地点で参加者
たちが乗って人数は、運営会社の髑髏の仮面をつけた
乗務員らしき者以外では運転手だけであって、
ツアー参加者は三井を入れて11名しかいなかったと
書いてあった。

ただ、この大型バスは外観から見て、
最新式の個室タイプである事は確認済みとあり、
参加者同士との接触を出来るだけ
避けている所にも目をつけた。
部屋は全部で11室あった。

そして5時間ものツアーである事も何故だか
分かった。報告書によれば、最初のホラースポット
から乗務員らしき髑髏の者が、一人ずつ
連れて行ったと書いてあった。
道理で時間がかかる訳だとは分かったが、
運営会社的にはそれらの事は注意事項として
サイト上で書かれており、問題とする事は
出来ない事から、仮に犯罪が潜っているとすれば、
実に巧妙な手口だと言えた。

三井を除けば、10名の参加者がいたことになる。
最初の手がかりとなるのは、この10名をまずは
調べるべきだと感じた。
参加したのは三井を除けば、男性4名女性6名で、
支払方法は現金とあった。

真田は最初のページまで戻ると、
匿名電話で言っていた言葉を復唱するように、
頭の中に少しずつ入れて行きながら、
考え始めた。

「ホラースポットツアーは絶対に何か裏ある」

この電話を受けた婦警は、相手が男性か女性かも
報告していなかった。

余りにも杜撰ずさんな二課の報告書を見て、
温厚な真田でも苛立ちを覚えた。
白城の言葉を思い出し、確かに詳しく知る為には、
二課の連中から事情聴取を取るしかないと思った。
相当な嫌悪感を抱かれるが、この情報だけでは
拉致が明かないと真田は思った。

二課の佐木山は年上であったが、真田の方が上司に
あたっていたため、事情聴取はやりずらいもので
あったが、佐木山としても部下の失踪の真相を
知りたいであろうと考え、翌日、事情聴取を
取る事にした。

時間を忘れて調べていたため、サイトを見ていた
時に時間が目に入った。22時を過ぎていた。

真田は部屋から出ると、部下たちにすぐに帰る
よう伝えて、明日の出勤時間は12時と決めた。

「ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

真田の言葉で皆、微かな喜びを見せたが、
難事件であるのは、既に誰もが知っていた事から、
それほど喜べない感情も表情から窺えた。

真田は皆を帰らせると、自室に戻ってサイトに
再び目を向けた。

書き込まれているものを目で追いながら、
長々と続くつまらない文章を読み上げていった。

ある一つの文章でマウスを動かす指が止まり、
複数人がだらだらと話している中、
突然現れたニックネームは「あしあと」と言う
人物の発言で会話は止まっていた。

「相談したいことがあるんですが、
この中に警察関係の人はいますか?」

今日の21時03分の投稿で、
止まったままになっていた。

ホワイトハッカーにこのサイト制作者と投稿した
全ての人の住所を明日調べてもらうとして、
後は匿名電話を受けた婦警に詳しく聞こうと思った。

何か見落としは無いかを、彼は眠気覚ましにコーヒー
を口にした時、ふと気づいた。
三井は潜入捜査をしていた事もあり、警官だったので
すぐに失踪事件だと状況から分かったが、
他の乗客10名に異変が起きてないとは
限らないはずだと考えたが、コーヒーを置いて、
眠い時は寝たほうが頭ははかどるとして
帰り支度をして部屋を出て行った。

その時、自室で電話が鳴った。
彼はため息のような息を吐くと、再び部屋へ
戻って電話に出た。

「はい。こちら第一特務捜査課です。もしもし?」

相手の息遣いは微かに聴こえてきたが、そこにいる
事は分かっていた。

「さっきサイトを見てた人ですか?」

若い20代の女性の声であった。
真田はハッキングされたのだと思ったが、
それはどうでもいい事だとすぐに判断した。

「ええ。あしあとさんですか? 何か知っているから
投稿したのですよね? 
もしかして、今朝、婦警が受けた電話も、
あしあとさんでしたか?」

静かな空間に息遣いだけが聞こえていた。

「そうです」

「今日から担当はうちになりましたので、
ご安心ください。必ず解決してみせます。
何か情報があれば教えてください。
何でもいいんです。気になる事があるなら
教えてください。恋人か婚約者を奪われた
のですよね?」

真田は今ある情報から可能性のある言葉の
手の内を提示した。

「‥‥‥そうです」

「直接お会いすることはできませんか?」

「危険すぎます。あの警察の人も失踪したの
ですよね?」

「あれは極秘潜入捜査員でした。何故あなたは
ご存じなのですか?」

「わたしはあの人を失ってから、あのツアーの
ことを調べました。だからあの時も見てました」

「見てたとは、一体何を見てたのですか?」

「‥‥‥少し話すぎました。わたしが調べて
いることを知る人は今では、あなただけです。
でも誰かが調べていることは知られています。
詳しいことはお会いした時にお話しします。
明日の昼12時に、世田谷区三軒茶屋駅の向かいに
ある『白夜の空』というお店に、
あなたのお名前で個室予約しておきます。
‥‥そういえばまだ、
お名前を伺っていませんでした」

「真田健太郎と申します」

「では真田健太郎様でご予約を取っておきます」

「分かりました。明日、お会いした時に
知っている事を教えて頂けるのですね?」

「それはあなた次第になります」

「なるほど。以前にも誰かを頼られたのか、
いや、探偵に人探しを依頼されたが、失敗したか、
断られたようですね。さしずめ、私を見定める意味
での食事という訳ですか。信頼ができて、
解決できそうな人間か確かめたいのですね」

「鋭い心眼をお持ちのようで、少し安心しました。
あなたの事もさきほど少しだけ調べさせて頂きました。
まだお若いのに警視なのは、家柄だけでは無いので
驚きましたが、頼りにさせて頂くことになりそうです。
それでは明日、お会いしましょう」

「分かりました。あなたも抜け目のない方のようです
ので、使える情報がありそうで期待しています。
カメラをハッキングして、私が電話に出るために部屋に
戻るか、それともそのまま帰るのか見ていらした。
用心深いのは、元からか、それとも今回の一件で
何かがあったかのどちらかになるでしょう。
それでは明日、お会いしましょう。それでは」

真田は電話を切った後、若くして用心深く聡明な女性に
微かな希望を見出しながら帰路についた。

部下たちの出勤時間も考慮しての事になるため、
何の用意もできずに一課には詳細を伏せたまま遅れる事と、
ホワイトハッカー部署に協力を求めてサイトを調べるよう
指示を出して、自身は待ち合わせ場所に車で向かった。

『白夜の空』は古風な料亭のような落ち着いた店であった。
この辺りでは珍しく駐車場も完備されていて、
入口以外には庭のようなものがあったが、外から中を見る
事ができないために備えているように見えた。

中に入ると、女将のような落ち着きのある女性が
頭を下げながら、「いらっしゃませ」と言うと、
「御予約のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「真田健太郎です」

「お待ちしておりました。ご案内致します」

そう言ってあの女性が予約した席へと向かった。

「連れはもう来ましたか?」

女将は振り返り、
「お連れの方がいらっしゃるのですか?」

「そのはずですが、予約人数は何人でしたか?」

そこにきて、女将はやや怪訝な表情を見せた。
「真田様が御予約されたのではないのでしょうか?」

「実は予約は部下にさせたもので、しかし2名だと
伝えたのですが、変ですね。ちょっと部下に電話して
確かめてみます」

「分かりました」そういって女将はお辞儀をした。

短時間で彼女のいるであろう場所を探すのは困難で
あったが、真田はすぐに一課に電話した。
ホワイトハッカー部署の協力を求めるよう指示して
いたからだ。

昨日、あの女性は確かに言った言葉があった。
やや不自然さを感じたが、話を引き出す事を第一に
していたので、その言葉は流すことによって、
何も分かっていないフリをした。

「少し話しすぎました」

あの女性は確かにそう言った。

「はい。第一特務捜査課です」

「北山か。今そこにホワイトハッカー部署の人員は
いるか?」

「警視? はい。命令通り今調べています」

「緊急事態だ。花山に代わってくれ」

「はい! 花山さん、軽視からお電話で急ぎの
用とのことです」

「真田警視。花山です。緊急事態とは何事ですか?」

「実は昨夜の23時から24時の間に、私の部屋に電話が
かかってきた。その人は女性で、この件に関係のある
恋人か婚約者を失っていた。そこで今日会って話を
聞く予定だったが、約束の場所である所に来ていない。
室内の監視カメラをハッキングして、私が電話に出る
かどうか試された。その女性が指定した場所は、
三軒茶屋駅向かいにある、『白夜の空』という店だ。
予約を入れたのはおそらく男性だ。
今は彼女がどこにいるのかを知りたい。
突然で悪いが協力してくれ。
彼女は相当な腕前のハッカーである事だけは確かだ。
バレないよう細心の注意を払って居場所を割り出してくれ」

「話はだいたい分かりました。5分ほど時間をください」

「分かった。頼む」

真田は怪しまれないよう、まずは予約した部屋へ行く事に
した。あの女性は色々コンピューターに関して強い女性
である事は間違いなかったからであった。

部屋に入れば、必ずどこかから監視するか、何かしらの
アクションを起こすであろうと真田は思っていた。

予約したのも、女将の発言から男性の声だと言う事は
分かったが、優れたハッカーであるなら容易い事だと
知っていた。

しかし、たかが予約の確認だけに時間を要すれば、
変に思われる事から予約した部屋に行く事にした。

「連絡が取れました。こちらの不手際でした。
申し訳ありませんでした」

「いえいえ。とんでもない。間違いであったので
あれば問題はございませんので」

女将は微笑みながそう言った。

「こちらのお部屋は特別席となっております。
本来ならば初来店のお方をお迎えはしないお部屋ですが、
御父上様には御贔屓ごひいきにさせて頂いておりますので」

真田は無駄口を叩けば、ボロが出るため何も言わず
微笑みながら頷いた。

「それでは、ごゆっくり御愉しみくださいませ」

女将は座って御辞儀をしながら襖を閉めた。

真田は豪華な部屋にも驚いたが、それ以上にこの部屋に
あの女性は一度は来たことがある事の方に驚いた。
それと同時に一度は直接会っている相手であるという
事も分かった。

どこかのパーティであったのであろうが、数が多すぎて
そこから探すことは不可能だと思えた。
そして彼女が本気であることは伝わった。

少しずつ自分が誰なのかを間接的に教えようとしている
程までに相手は並大抵な捜査では、解決することは
出来ないと言っているように真田には思えた。

電話が鳴りすぐに真田は手に取った。

「花山です。あのサイトを作ったのは巧妙な手口でしたので、
気づかれたかもしれませんが、管理人は突き止めました。
それと投稿した人の身元確認も済ませたのですが、
妙な事に、管理人自身も投稿者としてサイトに投稿して
いました。警視が仰っていた投稿したハンドルネームの
❝あしあと❞が管理者でした。本名は一乃聡美かずのさとみ
警視がハーバード大学に在学中、一乃は数学者として教授の資格
を取っていました。警視との接点はそれ以外では、御父上が
警視総監になられた時、お祝いのパーティーに招いてます」

「彼女なら覚えてる。だが、一体何のために‥‥‥」

「警視? 真田警視!」

「ああ。引き続き覚られないように警戒態勢を敷いて、
彼女を追ってくれ」

「わかりました。また何か進展があれば連絡します」

真田健太郎は頭をゆっくりと整理しながら、
美味しいはずの食事には手もつけず、
深々と考え続けていた。



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