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第一話 永遠の生を憎む男

青白く美しい肌をした年齢も分からない美麗なほど人目を引く人は、棺桶にそっと手を置くと、長い黒髪の隙間からポツリポツリと涙を落とした。それは悲しみの涙であった。出会い————そして絶対に来る別れの日。

それは彼にとって、幾度となく繰り返してきた事ではあったが、慣れる事の無いものであった。愛する人との別れは、悲しく寂しくせつない心が、彼を
まるで葉の陰にある美しい一輪の花のように見せていた。

彼は棺を閉める前にそっと最後の別れのキスをして、ゆっくりと彼女との想い出に浸りながら棺を閉めた。想い出が彼に笑顔を与えたが、それだけに悲しみも増した。

男にとって時間は関係なかった。もう、こうして愛する人との別れを数え切れないほどしてきた。二人だけの秘密として、彼を心から愛してくれる人との別れは、切ないものだった。

彼女たちは皆、「私の事を忘れないで」と言って、彼はいつも、「永遠に忘れないよ。君は私にとって最愛の人だから」と男は答えた。彼女たちは涙を流しながら、彼の青白く冷たい手に触れ、「ありがとう」と、彼の言葉に笑顔を見せて逝った。彼の人生から消えていったが、孤独に残された彼の心を癒すものは何も無かった。それは彼女が唯一特別な存在であったからだった。彼女のためだけに、初めて長い永眠の選択を選んだ。

彼は棺を撫でながら彼女との特別な想い出を思い出し、その最愛の彼女の世界に心は浸って行った。

男は純血種の吸血族だった。貴族として生まれ、永遠の生を以て生まれた。
生まれた頃は分からなかった。永遠の命の本当の意味を。そして純血種であるが故に、太陽を浴びる事も出来た。彼は夕暮れ時が好きで何度も夕暮れが過ぎ去る光景を見ていた。彼ら純血種は成人になると、時は止まったようにゆっくりと動き出す。何百年も、何千年も、彼らは人間たちの歴史の生き証人として、同族でありながら醜い争いをする人間に対して嫌悪感を持っていた。

ある日、彼は煌びやかな装飾が施された白い馬に乗って疾駆していた。女性の悲鳴が聞こえ、彼は声のするほうに馬を回すと更に速く馬を走らせた。
品性の欠片も無い三人の無頼漢が、まだ若い女性を襲っていた。彼は馬から下りると、野蛮な男たちが半笑いしながら男に向かって、切れ味の悪そうな鉈を振り上げた。

少女は驚いた様子を見せた。何が起きたのか理解出来なかった。青白い肌を見せた男が、そっと優しく彼女の頬に右手を当てて囁《ささや》いた。
「もう君を傷つけようとする者は誰もいないから安心だよ」男の顏は黒い髪で隠れていたが、魅惑的な口元や目が前髪の合間に見えた。彼の小さな声は何故か心地良い気持ちになり落ちつけた。

男たちがバタバタと倒れた。助けてくれた男の左手は赤く染まっていたが、彼女は彼の魅力の虜となっていて、彼が立ち上がると右手を出しだした。
彼女は男の冷たい右手に触れると、フワッと浮くように彼女を立ち上がらせた。冬でもないのに、彼の体は冷え切っていてたが、男の美しさに見惚れていたからどうでもよかった。何より紳士的で、誰よりも優しい人だった。

ヴラド公爵は初めて触れ合った人間の少女に心を惹かれ、彼女は彼の紳士的な態度と今まで出会ってきた誰よりも魅力的な彼に一目惚れしていた。彼が馬に浮くように跨ると、彼女に右手を差し出した。彼女は当然のように彼の手を握った。優しい雪のように冷たいが、どことなく冷たさの感覚が違った。ぬくもりを隠しているような、柔らかい羽毛のように彼女の手を包み込んだ。当たり前のように、彼は彼女を馬に乗せると、自分の城へと向かって行った。



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