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第一章 第七話 北の迅獅子対赤髪の暗殺者

「お待ちください。私はヴァンベルグ君主国の王子リュシアン・ギヴェロンと申します。
南部最強と謳われるリュウガさんに、試合を申し込みます」
そう言うと、リュシアンは席を立った。

「こちらこそ北部最強と噂される極寒の迅獅子と称されるリュシアンさんのお力、是非お見せいただきたく思います」

彼は笑みを浮かべて│踵《きびす》を
返して、両者は待ちかねていたと
言わんばかりの顔つきで、
中央まで出ていってお互いに見つめ合った。

「先ほどの舞は実に見事でした。言葉を失いました。さすがは刃黒流術衆ですね。
二十名ほどのお供は必要ないかと思うほどの
お強さでした」

この挑発にリュウガは乗らなかった。

「リュシアンさん程の方が、レオニード・ラヴロー殿まで
お連れになるとは、戦争でも起こすおつもりかと危惧して
おりました」

挑発を挑発で返して、リュウガは本心を探ろうとした。

「彼は私の一番信頼している者です。南部の情報にも
詳しいので案内役として連れてきただけで他意はございません」

「しかし、このような機会は滅多にないですね」
ディリオスは笑みを浮かべて話を逸らした。

「私も楽しみで仕方ありません」
リュシアンは心からの笑みで返した。

「ルールはどのようにされますか?」リュシアンがそう言うと、
「お任せします」リュウガはそう答えた。

「では、この床に描かれている円から出たら負けということで
よろしいですか? 無論殺しも無しということで、
多少は流血することになると思いますが、
アレックス王ご容赦ください」

「御二人が戦えばそれは仕方のないことです。
何もお気になさらず存分にお見せください」

アレックス王も興奮を抑えながらその時を待った。
「わかりました。予定外でしたが良い土産話ができます」

リュウガは深い息をしながら言葉を口にした。
「ここで目が合った時から、こうなる事は分かっていました。
本気で戦えると分かっていても、実に楽しみです」

漆黒の暗殺者はマントに手をかけると軽々と外して、
アツキと一声かけると、それを知る者に投げつけた。
彼は両手で黒衣を受け止め、ふーっと息をもらした。

それを見たリュシアンは自らの大白熊の毛皮を脱ぎ去ると、
その場で手を離して床に落とした。
揃えられた滑らかな石の床に亀裂が入るのを見たが、
リュウガの配下は誰一人として驚くどころか、口元を
緩めるものが数名いた程度であった。

二人に合図は必要無かった。
すでに二人の気迫で誰もが、静かに見入っていた。

両者の緊迫感が周囲をも取り込んでいくのを肌で感じるだけで、
まるで戦場にいる気持ちにさせられた。
 
二人はじりじりと近づいて互いに手の甲を交えた。
しばらくどちらも動かず、短い時間が長く感じる程経過した
数秒後に、僅かにリュウガが押し勝ち、先に漆黒の戦士は動いた。

光速で正面から右手で目つきに行き、左手からは囮の目つきで
隙が出来た脇腹に重い一撃を入れた後、右手を素早く引きながら
腰に半回転を加えて、左脇腹に連続で重い一撃を入れた。

感触からまずは確実に肋骨を数本折ったのを感じると、
そこから威力の高い回転肘を打ち込んだが、避けると分かっていた。
下がる事も左右にも行けないとすれば、上しか無いと普通の奴なら
思うだろうが、お前は違うはずだと言うかのように、
光速で正面から拳を連打し、そこから威力の高い肘を打ち込んだ。

リュシアンはリュウガの拳を痛み等忘れたかのように全てを受け流し、
最後の肘は彼の死角から回り込むようにして避けて、
確実にダメージを与えようとした。
見えていない膝をやや背後から押し出すように叩き込むと、
体勢を崩して前に出たリュウガに勢いをのせた膝蹴りから、
足を伸ばして横蹴りを同じ場所に暗殺者が予期せぬ蹴り入れた。

1秒1秒が遥かに長く感じる程の拳打を死角から打ち込まれた
リュウガは、死角にいる以上本来なら回転蹴りで間合いを
作るために左右のどちらかに入れるしか無かったが、彼は違った。

お供としてきていた刃黒流術衆の誰もが知る技であったが、
ここで使うとは誰もが思いもしなかった。
普段は暗殺する相手に対してする、気配を殺して近づく為の
忍び足技の一種であったが、初見で見た人には残像を残した
ように見えるものである為、一瞬どれが本物なのか? 
と、迷いを生じさせた。
例えリュシアンであっても刹那の間を得るために、
本来は殺す相手にしか使わない技であったが、
見せ技として、リュウガは使った。

彼が柳のように揺らめくと分裂していくようにして、
リュシアンの周囲を迷いの隙をついて、包囲した。
その早さは仲間の黒き者たちでさえ、本物を見分ける
事ができない程のものであった。
技を使った瞬間だけは分かったが、後は目で追えない
ほどのもので、極めたら恐ろしい技だと誰もが思った。

周りを囲まれたリュシアンはどれが本物なのか分からず、
ただ、ゾクッとした感覚が、北部の厳冬よりも寒い
何かが背筋に走った。

気づいたのはほんの一瞬であったが、気づいた時には
手遅れだった。周囲に気を取られていて気付けなかったが、
一つだけ影が動いていた。

いつ? どうやって? と彼の心は自分に問いかけていた時には、
北の男の頭上から、リュウガの高速前方回転踵落としを、
まずは頭の中心に打ち込むと、彼は前方に倒れ落ちる前に、更に
追撃する形で、踵落としを入れた身を受け止めた石床が割れたが、
秒の無い世界で、リュシアンの体は自然と前に落ちようとして
いたが、暗殺者は更に足に力をめると、連鎖するように
石の床がバキバキバキッッと音をたてながら亀裂が広がっていき、
垂直に跳びながら、北の獅子の顎に垂直蹴りでリュシアンの体は
宙に浮いた。

本来であれば、ここでレオニード・ラヴローの声が入ると
思っていたが、彼が口を開く事は無かった。
主であるリュシアンが席を立って中央に出る時に小声で
厳命を受けていた。

「いいか。私はまだ全力で1対1で戦った事は無い。
だから何があっても止めないでくれ。私の我が儘わがまま
聞いてくれ」

レオニード・ラヴローは下唇から血が出るほど我慢していた。
喉に流れる自らの血を飲み込みながら耐えていた。

リュウガは攻撃の手は緩めずにいたが、
声が入ればやめる気でいた。

声が聞こえない以上、これで終わらせる!
として、己より上にいるリュシアンを引き寄せるように掴むと、
リュウガは覚悟を決めた。

頭からは血が吹き出しながらも、若き獅子の心は生きていた。
リュウガの動きを見ていて、サツキの心は苦しくなった。
イストリア王国までの道中で、リュシアンの話を話していた
事を思い出していたからだった。

サツキの話を聞いていたリュウガの顏は、幼き子供時代で
あったであろうと言う悲壮感を感じていた。
彼は獅子の背中を掴むと、体の位置を反転させた。

まだ意識の残っていた青年は吼える獅子のようにリュウガの
上の体勢から最後の時だと分かったように、拳打を浴びせまくった。
リュウガはその拳に対して、カウンターを狙ったかのように見える
よう、本物の強き者へ拳を放った。

弱っていてもしっかりとカウンターを合わせてきたその拳は、
一方は空を切り、一方の拳は床に落ちるタイミングで胸に
体重をのせたカウンターを打って最後の力を使い果たしたが、
立ち上がった。

リュウガもまた体を回して立ち上がると、自ら拍手を鳴らした。
そうする事により、配下たちは主に見習い拍手を鳴らす中、
サツキだけはじっと辛そうに眼をつぶっていた。

彼女は自分が話をしたせいだと思い込んでいたが、
リュウガとしては真逆であった。聞いておいて良かったと
思いながら拍手を鳴らしていた。

リュシアンとレオニードもまた気づいていた。
勝ちを譲った事の意味を理解している相手が拍手を送る意味
も、表情とは裏腹にちゃんと理解していた。
彼はいつか必ずこの借りは返す事を心に刻みながら、
拳を上げて拍手喝采を各国の人々からも受けていた。

若獅子が拳を下げて、リュウガに近づくと手を伸ばしてきた。
彼は握手を求めてきたその手をしっかりと握る事により、
再び拍手を浴びる中、拍手でかき消すような小声で、
リュシアンはリュウガに礼を述べた。

そして二人はアレックス王に向かって一礼して、自分たちの
席に戻って行った。
リュウガが席に向かってくると、心配そうな顏で見つめている
事に気が付いて、彼女だけにその真意が伝わるように、
(ありがとう)と彼女に向けて口元だけの言葉を放った。

サツキの心中は複雑であったが、これが最善なのであろうと
思った。確かに北の大国である勇名を轟かしている王子が
負けたとなると、彼への処遇は冷徹なものになるであろうと
思った。

そういう意味での(ありがとう)だったのだと理解した時には、
自分が話した事は、良い事であったと思えてきた。

それにリュシアンのあの状態にしても耐えきれると主は判断した
のだと思えた。既に意識が飛ぶほどの威力ある踵落としが入った
時には、一瞬意識は飛んでいたはずである程の無防備に受けた
状態で、反撃に移るまでに一瞬があり、更に状況を把握するのに
一瞬を要していた。

その事に心を奪われていて、ようやく思い出せてきたが、
主の隠れた努力から生まれた技の凄さには、同じ技では
あるが、あれほどまで使いこなせれば何にでも使える技だと
思わされていた。

レオニード・ラヴローもリュウガの対応には礼を述べたいと
心の中では思っていた。
敢えて勝ちを譲る意味までをも理解されている事には、正直
驚いていた。並みの者であれば勝ちに行く所を、負けに行った
若者に対して、敬意を表していた。

それと同時に、リュウガは信用に足る人物である事を知る
事が出来て、ここへ来た事による意味の大きさは、非常に
良かったと心から思えていた。

祝いの日は終わりを告げ、各地に人々は戻って行ったが、
リュウガは最後まで残っていた。ロバート王とアレックス王の
心意を聞いておく必要があると思っていたからだった。

リュウガはてっきりその話をするのかと思って、
配下たちと共に待っていたが、いきなり不意をつかれた。

二人の王は礼を言ってきたので、すぐにその事については
大丈夫だと言いかけたが、苦悶の表情を一瞬だけ見せて
言葉に詰まった。

リュウガは大丈夫だと言おうとしたが、サツキがすぐに
口を出した。
「本日はこちらでお休みを取らせて頂ければ幸いです」

両王はすぐに頷き、顏には出していなかっただけで、
その痛みは尋常では無いものだと知った。
アツキとサツキが彼の防具をゆっくりと外していくと、
特に最後に無防備状態のまま受けた傷痕をゆっくり
冷えたタオルを当てるだけで、冷や汗をかいている
様子を見せた。

汗がどっと夏の猛暑を浴びるほど出てきて、特に
最後は乱れ打ち、カウンターと防御せずに受けたのが
大きな傷跡を残していたが、リュウガ自身は大丈夫だと
言った。

その時、ミーシャ姫が従者のアリシアは止められず、
リュウガに会いに来たが、様子を見てすぐに部屋から
出て行った。

リュウガは痛みをこらえて、防具を身につけよう
とした。あの様子から見て、誰かに伝えに行った事は明白
であったからだった。

主の命令通り、防具を取り付けていき、普段通りの顏に
する事は、彼にとってはそれほど困難では無かった。
ミーシャよりも幼い頃からずっと平静を装うようにと、
父母に言われ続けてきたので、心を許せる者の前でしか
彼は何事も無いように振る舞えるようになっていた。

ただ、自分の想像を越えた痛みであったため、苦しい
顏を出してしまったが、今ならもう大丈夫だというほど、
悠然とした態度で椅子に座って、適当な地図を開いて
話している様子を見せていた。

暫くして、ロバート王とアレックス王が話を聞いて
入って来たが、冷静そのものであったので、逆に
リュウガは驚いて見せる事によって痛みを偽装して
見せた。

「丁度、お尋ねしたいと思っていた件があるのですが」
とアレックスに話を振ってみた。

二人の王は哀愁が漂う表情を見せて、話しかけてきた。

「ミーシャから聞かせて頂きました。ここは安全です。
扉には最も信頼できる者たちを配置しました。
カミーユとミーシャの従者である2人の兄妹で、我が
一族の者でもあります。どうか安心してお休みくだされ」

優しい言葉をかけてもらい、リュウガの下向きの片目から
涙が頬を伝ったが、それさえもふき取らずにいた。

「では傷が多少治るまでの間、お世話になります。
しかし、今はこの者たちは、この部屋から離れないので、
三交代制で室内に寝れるようベッドを用意してください。
特にこのアツキとサツキは私の従者ですので、9つの
ベッドがあれば、この者たちも納得するでしょう」

「分かりました。すぐに手配いたしましょう。他にも
何かありましたら何でも言ってくだされ」

「ではお言葉に甘えて、言わせて頂きます。
私はこの二名ですら知らずの間に鍛練を続けてきました。
これまで一日も欠かした事はありません。
ですので1日1時間だけ軽い稽古をお許し頂きたい。
これからは、エルドール王国とイストリア王国を守る為に
命も惜しまず戦う日に備えての事ですので、お許しください」

リュウガは自ら防具を外していき、今の体の状態を見せた。
アザだらけで、普通の人なら立つ事も出来ないであろうと
思わせる程の傷であったが、彼は構えを見せると、壁一面に
つけられている蝋燭ろうそくに対して、彼は左手を
手刀のようにして、一文字に振って見せた。

蝋燭はあかりを灯していた部分だけ切り落とされた。
その見事な技に黒き者たちも感銘を受けたようであった。

「このような状態でも、これくらいの事なら私にはできます。
それに‥‥‥アツキ、俺の黒衣を持って来てくれ」

アツキは言われた通り、黒衣を両手で持って王たちの前に
立つと、リュウガに視線を送った。
彼が頷くと、そっと手を添える形でロバート王に手渡した。
アツキが支えていたので、その重みを体感する事ができたが、
平常時からこれを着ているのかと思うだけで、重い息を吐いた。

アレックス王もやはり同様の面持ちを見せて驚いていた。

「リュシアンも同じように着ていました。我々は日常から
鍛練し続けてきました。充分に気をつけてでも稽古は
できます。続ける事に意味があるのです」

「分かりました。では1日に1時間だけ鍛練してください。
ミーシャは泣いておりましたので、明日にでも会ってやって
ください。元気なお顔を見れば、あの子の不安も消えるでしょう」

「分かりました。ご理解頂きありがとうございます。
この者たちはいずれも相当な手練れです。何か問題が
起きそうな時はいつでもお力になれるでしょう」

「重ね重ねのご配慮ありがとうございます。
勝てた勝負だと言う事は、各国の者たちにはバレては
いないでしょう」

「リュシアンはいずれ借りを返すと言っていました。
あの者は真に強き者です。既に何かイストリアに関係
する何かが起ころうとしているのでしょう。
そうでなければ、あのように言葉は選ばなかったはずです」

「リュウガ殿は何もかも見透かすように見えるのですか?
確かに問題はありますが‥‥‥手の打ちようが無かったの
ですが、ヴァンベルグ君主国家は雪国で、我らは雪国での
戦いには不慣れで、どうすることもできない状況でした。
そう言っておられたのですか‥‥‥貴方の行動に感謝致します」

「それでは、言われたものなどはご用意致します。他にあれば
何でも仰って頂ければ御用意致しますので、いつでも入口の者
にお言いつけください」

二人の王は礼を述べて出て行った。

リュウガはアレックスの言葉から、相当な難題である事を
知ったと同時に、リュシアンは何か無茶をする気であることを
知ってしまった。


第一章 第八話 目覚め始める者たち




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