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万夫無当唯一無二の戦武神・呂布奉先軍記物語 第二章 第1話 地公将軍 張宝

張梁が倒された事は疾風の如く
大陸全土に広まっていった。

朝廷軍に属する者たちは、この機に
乗じて功績を上げようと攻勢に出た。
それは示し合わせたように一斉に
動き出した。

張角は張宝に、最南端にある交州の
合浦がっぽ郡の城と南荊州に位置する
零陵城を制圧するよう命じた。

張宝は、副将の剛の者で強者として名を馳せて
いる波才に三万の軍を与えて、
合浦城に向かわせた。
自身は7万の兵を率いて
零陵城に向けて行軍を開始した。

それと同時に張梁の腹心でもあった副将の
張燕に使者を送り、兵士をまとめての
合浦城の左にある益州と交州の境にある
│牂牁《そうか》郡の城を制圧するよう命じた。

これにより荊州の零陵城、交州の合浦城、
そして益州の牂牁城でお互いに連係する事を
可能にした。

いずれの郡も州の中では最南端に位置する所に
城がある事から、零陵城は荊州を、合浦城は楊州、
そして牂牁城は益州へと守備兵は一切いない状態
でも、全く問題なく全兵力を以て、山を利用し、
攻め込む事を可能にしていた。

——————————————————

その頃、呂布は襄陽城にて術師により、激しい
鍛練を課せられていた。

呂布は体は非常に大きかったが、素早い動きも
出来る男だった。今、武神と呼ばれた男が
蒼天を見上げて、大きく呼吸をしながら
地面に倒れている男だった。

そして再び立ち上がると、いつもは重く感じない
方天画戟が重く感じるほど、打ちのめされていた。
呼吸も荒々しくなってはいたが、術師に向けて
武器を構えた。
「今一度、お相手くだされ」

呂布は納得がいかなかった。術師であるのに
術を一切使わずに、徒手だけで何度も地面に
倒されていた。

術師は術は一切使わないと言った。
体術のみで闘うと断言した。
対峙はほんの一瞬で、呂布から仕掛けても、
呂布が後の先を取っても、全く通用しなかった。

勝ち目が見えない。
暗闇のように何も見えない
ように感じた時、彼は目を閉じた。
呼吸を徐々に整えながら、
精神統一でもしているかのように、
その息は音も消えるほど
小さな息吹となっていった。

呂布の心の中には一切の揺れも無い湖を連想
していた。その静まり返った湖に僅かな揺れ
を感じ取った瞬間に、目を閉じたまま呂布は
回転を加えた戟を放った。

その刃は術師の芯を捉えた。が、不思議な事
に戟の僅かな揺れから、金属類は使わない
と言っていた以上、素手で鋼を流された
ような感触を覚えた。

相手が並みの相手なら一撃で終わっていた程の
威力を秘めていたのに、目を閉ざしているが
故か、他の四感が目覚ましい働きを見せていた。
戟が外側から内側に流されているのを感じた。
感じずともそれしか手は無かった。

内側に流された意味は一瞬の隙間で理解できた。
外側に流せば術師の身は呂布の射程に入り、
捕まれる恐れがあったからだと。

しかし、呂布はその内側に流された勢いを利用
して、戟を腰に回して普段よりも格段に速く重い
一撃を一回転させた力も乗せて、外側に逃げた
術師に追撃を喰らわせた。

(この一撃ならどうだ!?)と言わんばかりに
開眼して己の槍先に目を向けた。
術師は両手を使ってその刃を見切り、そして
挟んで受け止めていた。
両者が目を合わせた時、同時に二人は
不敵な笑みを浮かべていた。

呂布は即座に戟を引く時に軽く回転を加えた。
両手で受け止めたままなら、軽いが手傷を
負わせる事ができるようにと。

術師は全てを見通すように片手で刃に打撃を
加えてきた。戟に回転を加えていただけあって
力を抜いていた事が仇となり、咄嗟に柄を強く
握ったが、戟に加えられた力によって、戟を
追う形で体勢が大きく吹き飛ばされかけた。

呂布はその時、舌打ちをした。戟を手放す
べきであった事に対して、後悔からの舌打ち
だった。

完全に両者の射程でもある呂布の腹部に
入ってきた男の眼を見た時、武神と
呼ばれた男の顏は恐怖を覚えた。

術師の拳が目で捉える事が出来ない程の
速さで、体の大きさとは全く見合わない
一撃一撃の重くて鋭い威力を以て、
武神の体が弱ってきた時それを見逃さず、
体でしか感じる事は出来なかったが、
最後に放たれた一撃は、これまでで一番
力強い拳であったため、呂布の体が
宙を舞う高さまで打ち上げられた。

彼はその間に後悔の念を感じたが、
まだまだだとでも言うかのように、
大きく浮かせられた体に太陽を隠す
ように影が出来た。

(まだ終わりじゃないのか‥‥‥)

術師も得物を狙う鷹のように飛翔して、
呂布よりも高い空中から拳による
乱れ打ちを、その巨体が地面に
落ちるまで、打たれ続けた。

最後の拳を放った瞬間に、その拳を
支点として踵落としをトドメのように
打ち込まれた。

呂布は全く動けずにいたが、顏は笑み
をこぼしていた。

その笑顔に近い笑みは、世界の広さを
知った顏だった。術師はその顏を一瞥
した後、まだまだ精神は強くなる事を
諦めていないと確信して軽く口元が
緩んだ。

呂布が一歩も動けずに仰向けに
横たわっていると、何者かが風のように
駆けてきた。

痛みを堪えながら顏を少しだけ術師の
方へ向けて見た。男女の二人組と何か
良からぬ事を話している様子だった。

「なるほどな。そいつは厄介な事になる」
「どうなさいますか?」
呀月あつき、張宝の強さをどう見る?」
「張宝だけが相手なら何とか倒せますが、
あれほどの包囲網を突破するのは至難の技
でしょう」
「確かにな。紗月さつきのほうは?」
「北部の黄巾賊は変わらず優勢です。しかも、
張角も動くような感じでした。冀州きしゅう
完全に張角の支配地にあって、兵力は20万ほど
いる模様です」

呀月と呼ばれる若い男は呂布に目を向けた。
「師よ。彼を使えば、荊州は私と紗月で何とか
しますが?」
師と呼ばれる男は、厳しい目つきで首を横に振った。

「万が一にも、お前たちを失う訳にはいかん。
零陵城には私が向かう。お前たち二人は│牂牁《そうか》城へ
向かえ。兵力は5万で将は張燕だ。益州の兵たちは
戦いに慣れていない。攻めるのが困難だからだ」

二人は黙ったまま話を聞いていた。

「│牂牁《そうか》城を制圧されたらマズい事態に
なる。油断するな、どこに術師がいるか分からん
からな。呂布には波才の後を追わせる。波才も武に
於いては黄巾賊の中では勇名な奴だ。
呂布には三千騎の配下がいるので、
追いつけるはずだ」

「しかし、波才の軍は三万います。10倍の軍勢でも
勝機はあるのでしょうか?」
「呂布はまだ弱いが、ヤツはヤツなりに強くなろう
としている。諦めない男は強くなる。それに加えて
あの体格だ。武に於いては既に相当な強さがある。
術師との戦いのコツさえ掴めば、恐ろしいほどの
力を得る事になるだろう。実戦が何よりの鍛練と
なる。お前たちもそうだったようにな」

「わかりました。では妹と私は張燕と、奴の副将
たちを倒して四散するまで見届けた後、荊州城に
向かいます」

「御師匠様、では行って参ります」

紗月は片手で何も無い所に掌を突き出しすと、
全く別の景色が見えるものが、広がっていった。
充分に広がりを見せた後、呀月と手を繋ぎ、
その中に入って行った後、直ぐに消えた。
また先ほどまでと変わらない風景を目にした。

呂布は戟を杖代わりにして立ち上がると、
荒い息を吐き出しながら、術師に尋ねた。

「今のは一体? あれも術なのですか?」

「そうだ。10年前、お前の父である丁原殿
に招かれて泊まった次の日、お前たちと
分かれた後、旅路で子供を売り渡る奴隷
商人と出会った。俺と出会ったのは不運
だったな。囚われ身となっていた子供たち
は親元に返したが、あの双子の両親は
その奴隷商人に目の前で殺された。
最初は口も利けないほどだったが、
面倒を見るうちに懐かれてな」

「ではたまたま術師の才能があったという
事ですか?」
術師は目を閉じて珍しく何か悩んでいる
様子を見せた。
「才は確かにあったのだろう。だが、
それが開花するには荒治療が必要になる。
俺が益州にほど近い村に立ち寄った際、
盗賊共に丁度襲われていた時、予想外
にも盗賊の中に術師がいた。
俺の油断からあの双子が捕まり、血で
錆びついた鉈を双子の首元に押し当てて、
俺はその場では攻撃を止めて、助けた後
皆殺しにしようと思ったが、兄妹の目が
赤い炎を宿したのだ。それは火属性を
開眼した時に発するものだった」

「それは珍しいことなのですか?」

「珍しいどころの話では無いわ。絶対に
有り得ない程のことだ。鍛練も無しに
突然にして術師になったのだからな。
お前はまだ術師の恐ろしさが
分からないのか?」

「いえ、十分に分かってます」

「いいか? 才能があるものでもすぐに
術師になれる訳では無い。日々の鍛練の中
で目覚めるものだ。ただし、例外もある。
生命の危機的状況に陥った際にのみ極める
者は確かにいるが、僅か12,3歳で
開眼した例は無い。しかも双子ゆえか、
同時に火属性を極めた。怒りや命の危機
に極々希に開眼する者たちはいるが、
あの双子は例外だ。あの美人の娘が
使った術は水属性の術だ」

「二つの術を極めていると言う事ですか?」

「そうだ。二人ともが違う系統ではあるが、
二人とも2つの術を極めている。
しかも17歳足らずでだ。まあ俺は15歳で
2つ極めていたがな」
自信のある顏でそう言い放った。

「さっきの女性が使った術は何なのですか?」
呂布は実に不思議そうに尋ねてきた。

「あれは遠い場所でも見たことがある場所へ
なら、どこにでもすぐに移動できる術だ。
二人ともお前と同じ年だが、強さに関しては
桁違いに強い。最近の鍛練でお前も相当強く
なったのは自分でも気づいているだろう。
武のみならば、天下で10指には入るはずだ」

呂布はそう言われて、正直驚いていた。
そこまで自分が強くなっているとは思って
なかったからであった。

「そこでだ。あの二人は今、益州にいる。
張梁の副将であった張燕という術師が、
五万の兵を引き連れて│牂牁《そうか》城を
攻め取り、益州制圧の足掛かりにするつもり
のようだから、阻止するために行かせた」

「張宝はここより南の零陵城へ進軍中だ。
零陵城へは俺が行く。お前は零陵城よりも
更に南の交州の合浦城へゆけ。張宝の副将
である波才が三万の軍勢を率いて向かって
いる。奴は武勇では勇名を馳せた武人だ。
あっさり倒せば指揮系統を失い雑魚どもが
散乱することは、お前も承知しているだろ
う。見事討ち取って奴の首を持って来い。
これ飲んでいけ。道中で体は回復する」

「分かりました。必ず首を持ち帰ります」
呂布は悠々と先頭を行き、南の零陵城を
迂回してそのまま南へと下って行った。

数日の距離であったが、秘薬のおかげで
見る見るうちに傷口は塞がり、痛めた
体も復活し、以前よりも遥かに力を
増している事を実感した。

昔のように自分の力に自信がついた
呂布は、再び自分を取り戻していた。
武神と呼ばれていた頃の顔つきに
戻っていた。

背後についていた張遼は呂布の背中を
見て、何か異様な力を感じ取っていた。
みなぎる力強さは以前にも
増していたが、それとは全く違う異質
な力が備わっているように見えた。

「ご報告します。波才の軍は未だ到着
しておりませぬ。しかしあと数里の所
まで迫っております」

「将軍、如何なさいますか?」
張遼が馬を並べて尋ねた。
「我らが合浦城に入れば、無用な死者
が増える事になるだろう。それに俺は
守りよりも攻勢を得意とする」

「ではどこかで待ち伏せしましょう。
幸いな事にまだ森の中を進軍中であり
ましょう」
呂布は黙ったまま頷き、言葉を発した。
「張遼、お主に3千騎を預ける。森から
抜けた死角に伏兵して待っていろ。
敵が森から逃げてきたら待機して中軍に
攻勢を仕掛けろ」

「将軍! それではお一人で行かれる
おつもりですか!?」

「俺は目立つから伏兵には向かん。
奴等の背後から攻撃する。
敵将の波才は剛の者だと聞いた。
奴は俺が倒すから、お前たちは
波才の重臣たちを始末しろ。
それで戦は終わるはずだ」

「分かりました!」

呂布は張遼の言葉が耳に届くと
同時に、森の中へと消えて行った。

張遼は右手にある合浦城とは逆に
ある左手の広場に騎兵隊を待機
させて敵が出て来るのを待ち構えた。

少しの間がある間に、張遼はいつの日か
平和をもたらしてくれる主が見つかる
までは、絶対に死なないと誓いを立てた
8人の戦友のうち、騎兵隊に所属していた
成廉せいれん郝萌かくぼう、を呼びつけた。
そして声を潜めて話し始めた。
もしもの場合に備えて、自分が死んだ
時には騎兵隊の指揮を執って貰いたいと
切に願った。

その真剣な眼差しに、友の心に根付いた
新たなる主である呂布への期待と希望を
託した、過去に誓いを立てた主は呂布だ
と物語っていた。

両名は張遼のその熱い想いに、約束の時
がきた事を知り、涼やかな顏で、口では
なく、頷く事によって硬い決意の表明と
した。

暫くすると、一名、2名と続けざまに森
から逃げるように走りながら出て来た
兵士たちが、その後を追うように大勢
の黄巾賊たちが、陰に潜む張遼たちの方
へは目もくれず合浦城の方角へ、我先に
と逃げて行った。

一騎の騎兵が森の獣道を疾駆させながら
日の差す所まで出て来ると、強く手綱を
引いて馬はいななきながらその場で
止まった。

続々と森から出て来た兵士たちに刃を
向けてると、「静まれい!」と大きく
声を上げると、兵士たちはその騎兵に
対して、背後を気にしつつも恐れながら
立ち止まった。

「敵は一騎の荒武者に過ぎん。
不意をつかれて波才殿はられたが、
我と程遠志が逆に不意を突いて、
二人がかりで襲いかかればに出れば
難なく倒せる! 分かったら合浦城に
向かった者共を呼び戻してこい!」 

張遼は馬上から振り返り、成廉せいれん
郝萌かくぼうに頷いて見せた。

両名は更に後ろに控えている騎兵隊に、
いつでも行けるよう手を上げて張遼の
合図を待った。

張遼はもう一人の敵が来たら突撃の合図
を出す用意をしていた。
今まで幾度も戦いに身を投じてきていて、
緊張や鼓動が変化を起こす事など一度と
して無かった。

自分でも何故だか分からないが、槍を握る
手は汗ばみ、激しい心音が脈打つのを感じて
いた。

身体が何か分からない異変を感じていたが、
それは恐れからくるものなのか?
私は幾度となく戦いに参戦してきた。
負けた事は一度だけ、心までもが屈した。
乱世を正す呂布に、希望の芽が生まれた
瞬間を感じた。

これまでとは全く違う、意味のある
大義のある戦いだという事を悟り、彼は
落ち着きを取り戻して、間もなく来る瞬間を
待った。








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