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お一人様限定ホラースポットツアーⅤ

「警視、おかえりなさい」

「何か進展はあったか?」

「はい。例のバスは大型車レンタル会社から
レンタルされたものだと分かりました。
今年、」

真田に目を向けたら隣に女性が立っていた。

「そうか。皆、ちょっと手を休めて聞いてくれ。
こちらは警視庁公安部の警視である片山 沙織さんだ。
事件の担当はうちと、公安部でする事になった。
片山さんはその繋ぎの役目として来てくれた。
今回の事件は相当厄介だと、上が判断した。
だから内密に事件を解決させるために来てくれた。
早速だが公安が調べた資料が送られてくるが、
外部に凄腕のハッカーがいるので、
そこはホワイトハッカー部署と協力して、
情報は完全にロックしてくれ。
どこにも情報が洩れないように頼んだぞ。
この事件は機密扱いとして捜査に当たる。
分かったか?」

「「分かりました!」」

全員の声が響き渡り、
真田は自室に聡美を招き入れた。

「それでは皆、仕事に取り掛かってくれ」

彼はそう言ってドアを閉めた。
そして背広を脱いで、きりッとしたネクタイを
グイッと引っ張り緩めてから席に着いた。

そして立っている彼女に向けて、視線はデスクに
置かれている資料に目を通しながら声をかけた。

「そこの椅子で、あのデスクで作業してくれて
構わない。この部屋にあるものなら
何でも使ってくれ。
足りないものがあれば、私の部下に命じてくれれば
いい」

「分かったわ。ありがとう」

彼女は大胆な行動に出ても一切顏に出さない真田に
対して、不思議に思えた。

彼女の視線に気づいた健太郎は、自分の周りを
見回したが、何も無いことから自分を見ている事に
気がついた。

「どうかした?」

「いいえ。いつもそんな感じなの?」

真田は眉間にしわを寄せて一呼吸ほどの間に考えたが、
答えは見つからなかった。

「そんな感じとはどういう意味かな?」

「悪い意味で言ったんじゃないわ。ただ‥‥‥
いえ。なんでもないわ」

彼女は平然と部下たちに嘘を告げた時の冷静さに
感心していた。
頭のキレも鋭く、決断力の速さも的確な人物だと
間近に見てそれを体感した。

彼の部下たちがこの人を見る目は、疑い一つ無い
瞳をしていた。
しかも警視庁公安部との合同捜査になると伝えた時、
普通なら顔色が変わるはずなのに、
彼の言葉に対して、絶対的な信頼関係が築かれていない
と不可能なほど、彼は部下たちからこれほどまでに
信頼されているのは、私が調べた限りではどこにも
いなかったわ。

彼女は気持ちを切り替えて、自前の高性能ノートPCに
改良を加えたものを鞄から出して、慣れた手つきで
自分が前もって設置した監視カメラに接続して行った。

そこにはあの彼女が予約した料亭を映したものまで
あった。真田は一瞥しながら、彼女が見つからなかった
理由を知った。
事前に主要な場所にはカメラが設置されていて、
あのツアーの集合場所まで映し出されていた。

真田はそれが目に入ると、彼女の席の横に椅子を並べて
見入り始めた。

「このカメラの設置はいつから?」

彼女は呟くように静かに言った。

「ごめんなさい。設置したのは最近よ。
以前、夜に設置しようと行った事があるけど、
あそこには何かの気配を感じたわ。
あのもう使われていないトンネルの奥には、
まるで何かが私を見ているような、
不気味な感じがしたの‥‥‥だから期待を裏切るよう
だけど、設置したのは昼間なの」

真田はその言葉に強い反応を示した。

「昼間に行ったのか!?」

「でも安心して、見つかってないわ。
あのツアーは条件付きだから応募する人は多いけど、
ほとんどの人は審査に通らず落とされるの。
私が調べた限りでは、ツアー終了から
次のツアーまでの最短期間22日後だったわ。
そして私が設置したのはツアー終了から
五日後にしたの。
何かを仕掛けているのなら、それを回収に行くのは
翌日以降になる。
でも、運営側も何かを仕掛けているのなら
出来るだけ早く回収に行くはずだと思ったから、
五日後に設置にいったの。
その前には絶対に行動すると思ったから」

真田は彼女の用心深さと適切な行動である事は
認めたが、相手も同様に、その場所を監視する
のであれば、聡美やトンネルが見えるある程度
離れた場所に監視カメラを設置するであろうと
考えていた。

仮にそうであれば、探りを入れていた聡美の存在は、
既に相手にはバレている事になり、内部に内通者が
いるのであれば、全ての情報が流れてしまう事になる
と瞬時に思った。

運良く公安部であると言う事を利用して、
聡美の存在は脅威では無いように、
情報操作する必要がある事を真田は知った。

最も問題となるのは、聡美の経歴になるであろうと
思った。
彼女の本当の経歴がバレれば、相手は脅威と取る
ことになる。多少、頭が回る者なら毒殺なども
署内で行う事も簡単にできる。

真田は難しい知恵の輪を解いて行くように、
最善を求めて知恵を絞った。

どうにも出来ない事は、彼女が監視カメラを
仕掛けた事になるが、これはそれほど難しい問題
では無いと健太郎は思っていた。
公安の人間だと言う事は、もう既に敵に伝わった
可能性もある。
彼女個人としてなら、敵は彼女一人を警戒したはず
だが、聡美が公安の人間だと知れば
彼女はあくまでも命令に従った公安部の人間だと
思うはずだ。

しかも皆には繋ぎ役として派遣されたと思っている
以上、誰から見ても、危険を冒してまで排除しよう
とは思わないはずだ。

公安はガードが非常に難い。しかも警視庁公安部の
者たちは誰もがエリートだ。
その中の一人だと、仮に私が敵ならそう見るだろう。

ここは流れに任せた方が安全だ。
もしも、経歴を偽装した事がバレれば、
間違いなく怪しいと見て来るはずだ。

そのためにも、公安部の人間に動いてもらう
必要がある。彼女は最初から一人で動いていたが、
いつから敵に彼女の存在がバレたのかは不明である
以上、公安部の人間に彼女が行った場所に行って
もらうのが最善だ。

真田は雲が流れて消えて、太陽が顏を出すように
最善の答えまで考えた。
自分の席に戻ると、彼は電話を手にして警視庁に
電話をかけた。

その様子を横目に見ていて、聡美は不思議に思っていた。
わざわざ固定電話からかける意味を探っていた。

彼女は長い間、警察の内部を観察してきた。
内部に共謀者がいると分かってから、慎重に行動して、
居場所も1日に何度も変えながら、誰にもバレないように
動いてきた。

そして、本来なら長居はしないはずである真田健太郎に
目をつけた。
彼女は最初、真田健太郎が警察内部の黒幕なのでは?
と考えていた。

もう何年も警視として、捜査一課の指揮を執っていた
事を知り、警視庁にいるはずの男が、何故、長い間、
所轄の警察署に居座っているのかが理解出来ずにいた。

時間はかかったが、今ではこの事件の最高責任者として
頼りになる人で良かったと、彼女は心の底から思っていた。

「真田健太郎です。IDは2wss6821zxです。
公安部の考之郎に繋いでください」

それほどまでの人が一体何故、一番情報の洩れやすい固定
電話でわざわざ取り次いだのかは聡美には理解できずにいた。

「兄さん。はい、ああ、なるほど。こっちは一つ手がかりが
見つかりました。いや、匿名で公衆電話からのものだったけど
一応部下に向かわせたけど、人気の無い所で監視カメラも
無かったから、この情報を公安部との合同捜査情報として
共有しようと思って連絡しました。
その電話の情報だとツアーの始まりの場所に、
一人の男性が何かを取りつけようとしていたらしいから、
その手の事は、うちよりも公安部の方が有能だからお願いします。
ええ、はい。わかりました。それじゃあお願いします」

真田は電話を切ると、不思議な顏をした聡美に目を向けた。
「君でも分からないなら、種まきは成功したと言えるね」

聡美は目の前にいる健太郎の表情を見ながら、思慮していたが、
種まきと言われて、その意味を理解した。

「どうやら、分かったようだね」

彼女は静かに何度か頷きながら理解を示していた。

「でも、これだけでは内部の内通者が誰なのかは特定できない。
小さな布石を幾つも並べる事で、相手の姿も見えてくる。
これは言わば第一投の始まりに過ぎない」

健太郎は敢えて考之郎に安全な回線からで無く、
情報漏洩をする事に対しての違和感を、
兄弟での電話のやり取りとして、薄い内容の話をしていた。

しかし、二人の会話を誰かが聞いているのであれば、
動きを見せるような事を話す事によって、
誰が動いて、誰が見るのかを探るために、話を持ちだした。

実際には彼女の仕掛けた監視カメラはあったが、
健太郎は探したが無かったと伝える事により、
仮に見つけられなかっただけでは?
と思わせるように、秘密裏に動く事に慣れている公安に
話を持ち掛けた。

健太郎の行動は外部から見れば至って普通のように見える
ものであったため、共同捜査を口にして、一課では見つける
事は出来なかったとした。

聡美はこの何気ない健太郎の鋭い一面を見て、部下たちからの
信頼が絶大である事を知った。

この至って問題とはなりそうも無い事であっても、
監視カメラが仕掛けられているかもしれないという
気持ちを抑える事は、それほど手強くない相手なら
何かしらの命令された任務の時に、内通者は外部のツアー
関係者にこの話を伝えて、監視カメラを探させるはずだと
考えていた。

健太郎と考之郎の会話の中には阿吽の呼吸が見事に
なされていた。兄である公安のトップの考之郎も、
相当な切れ者だと彼女は思った。

そこには健太郎の秀でた賢さを知っている兄や、
父等からすれば、無意味な事の為にわざわざ話して
くる訳がないという、直感に似た洞察力があった
からこそ、普通の報告の会話として終わらせていた。

聡美が気づいた時は、真田が電話を切った後であって、
彼女も賢いからこそ、健太郎や考之郎の賢さは、
ずば抜けているものである事を理解できた。
大抵の人は肩書だけでの勉強においての賢さしか
無い人が多い中、この兄弟は本当の意味で賢い事を
知って、彼女の中に再び希望の明かりが広がっていた。

単なる会話の中にも多くの意味が含まれていた。
まるで詰将棋のように、相手を徐々に追い込んで
誘いの布石を打った健太郎が、聡美には次に何を
するのか読めずにいた。

彼女は健太郎とは全く違う方法で調べていたが、
自分の時は動けば動く程、追い詰められていた事に、
二人の会話から気づかされていた。

彼女は日が経つにつれて、移動回数は確かに多く
なっていたが、それはあくまでもランダムな場所
を選ぶ事によって、見つからないようにするための
移動であったが、同じように自分も知らない内に
追い込まれていた事を知り、冷たい汗が背筋に流れる
のを感じていた。

ノックの音で聡美はいつもの自分に戻って、
涼しげな顏をした。

「入れ」

「失礼します。動きがありましたのでご報告にきました」

真田は冷静な面持ちで、背筋を伸ばして頷いた。

「先ほどお話した大型専門のレンタル会社に、例のツアー
と同じバスの予約が入りました。
今日から五日後の朝9時から、7日後の朝9時までの三日間の
予約した事を、ハッカー部より連絡がありました。
今年に入ってから9カ月の間にあった7回のレンタル期間とは
一致していませんが、一応ご報告しておくべきだと思い、
お伝えにあがりました」

「今年に入ってそのバスのレンタル回数だけの場合なら、
一致しているんだな?」

「はい。今回で8回目のレンタルになります」

「しかし、レンタル期間は一致していない。
レンタル期間の最短と最長期間は?」

「1回目が一番短く2日間で、5回目のレンタルでは4日間
レンタルされています。前回のレンタル期間は今回と同じで
三日間されていました」

「分かった。ハッカー部には引き続き調べるよう
伝えてくれ。ご苦労だった」

「はい。分かりました。失礼します」

部下が部屋から出て行き、聡美は真田に話しかけた。

「どうするの? タイミングが良すぎて明らかに罠だと
思うけど、滅多に無い機会チャンスでもあるわ」

真田は何か考えていた。聡美の声は聞いていたが、
全く別の事に、彼の考えは向けられていた。

少しの間を空けて、彼は聡美に目を向けた。

「どうやら黒幕は相当な切れ者のように思える。
君の言う通り、今回は罠だと思う。
今回はこれまで通りなのか、そうでなければ
タイミング的には確かに良すぎる。
出来レースのように思えてくる。
今回の参加者が誰なのかが分かれば見えてくるが、
どうするべきか‥‥‥」

聡美よりも遥か先まで読んでいた健太郎は、
見た事もないほど悩んでいた。

「今回は公安部に任せる事にしよう。
私の考えが正しければ、これで何かが見えてくる」

「一体どういう事?」

理論に強い彼女は、健太郎が何を考えているのかが
分からず苛立ちを覚えていた。

「今はまだ話せる段階じゃない。あくまでも推測の
域を越えてないからね。だけど、これで何かが
分かるはずだと思う。自信もあるけど不安もある
から今はまだ話せない」

健太郎は再び考之郎に連絡をして、今回の監視役は
公安に全て任せる事にした。





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